【初夜】

 初夜…というものは些か緊張するものだ。

 どのような怪物を前にしようと

 古から伝わる龍を相手にしようと

 濁流の如く押し寄せる群れを幾度となく押し返そうとも


 この如何ともし難い感情の昂りは勝らないだろう。


 里の太陽

「香澄」は皆が愛し皆を愛し

 全てを慈愛で包み込む女であった。


 幼き頃からその柔和な立ち居振る舞い

 柔らかな微笑み

 優しげな歌声


 全て全て

 皆を魅力することは自明の理であった。


 そんな存在に

 心を惹かれぬものは有るのだろうか?

 きっと有りはしないのだろう…。


 愛さない理由がない。

 愛されない理由がない。


「香澄」というものには

 選ばれないという事柄とは無縁だろう。


 今夜、その太陽を

 独占するのだ…。


「香澄」は聡く美しい

 そして何より

 操を捧げることに関して殊更に

 厳格だったのではないだろうか


 純真無垢

 清廉潔白


 これほどまでにこの言葉があろうか?


 今夜

 そんな女の純潔を散らすのだ。


「後悔はないか」


 静かに問いかけた

 目の前の女にか…

 それとも…


「何を仰ります。後悔などある筈もありません。貴方と真に結ばれたい。この心はそう思い震えております」


 殊勝な、それでいて決意の篭った言葉だ。

 迷いはない…と。


 ならば己が取るべき行動はただ一つのことでしかない。


「香澄…」


 幾度となく口にし

 幾度となく呼びかけ

 幾度となく噛み締めた名前


 その呼びかけへの返答を待たずして

 柔らかな唇を静かに塞いだ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る