剣が鈍い
@rawa
第1話 セーブポイント
※本作は「朝が遠い」シリーズの一編です。
本作から読んでもお楽しみいただけます。
前作→https://kakuyomu.jp/works/822139838253942649
【登場人物】
夜露 無義(ムギ)…主人公。勇者見習い。
野隈 浅火(アサヒ)…ムギの幼馴染み。
鴻巣 瑛嗣(エージ)…ムギの元彼で友人。
高取 イズナ…アサヒの彼女。
魔法使い…ムギが作った夢の世界の管理人。
✕✕✕
【野隈 浅火(のくま あさひ)】
眠れない。こんな夜には、面倒な幼馴染みからメッセージが来る気がする。
《よっす、アサヒ》ほらな。
《ムギ。俺の真似か、それ?》
《うん。最近、彼女さんと喧嘩した?》
《関係ねーだろ》
《僕と話したいの?こんな時間に起きてるなんて》
《寝れないだけだ。そんな日もあるだろ》
《僕はそんな日しかないけどね》
《なんだよ、ムギ》
《んー、眠れなくて》
《お前もかよ》
《寝ても勇者稼業に駆り出されたりして疲れるしね。それに、ちょうどいい抱き枕がないから》
《あー、彼氏と別れたんだっけ》
《エージを抱き枕になんてしてないよ。僕はアサヒのものだからね》
《はいはい》
ふざけてはいるけど、この間の交際失敗は中々に尾を引いているのだろう。友人には戻れたらしいけど、こいつらの性格だとまた面倒なことばかり考えてうだうだやってそうだ。
《そう言えばムギ、前に彼氏の性癖を歪めたとか言ってたな》
《うん。エージを変態にしちゃったかもしれない》
《何をやらかしたんだよ》
《やらかすもなにも、僕みたいな人に飼われる時点で相当だけどね。彼がやたら僕の料理と裁縫を誉めるから、色々と餌付けをしてあげたんだ》
《あー、お前の飯旨いよな。秘密基地で食ったが、あれは好きだぜ》
《ふふん。あれを食べさせた以上、もうアサヒの舌と内臓はすっかり僕のものというわけだ》
それは言いすぎだけど。なんというか、あったかくて残るんだよな、ぼーっと。
魔法とやらの関係でこいつの情念が何かしら悪さをしているのか、単純に依存性の高い何かを混入させていたのか…いや、真面目にコイツならやりかねない。
《エージにも効果覿面で、お菓子もお弁当もずいぶんとおねだりしてくれたよ。この度友達になったわけだけど、これからも定期的に餌付けして僕から離れられなくしてやろうと思う》
《ずいぶんと気に入ってんだな、そいつのこと》
《無害で可愛いから。アサヒと違って、素直に尻尾を振って好きって伝えてくれるし》
そりゃ何よりだ。
《料理は分かったけど、お前の言い方がキモいだけで胃袋を掴むのは普通のテクニックじゃねーか?性癖が云々ってのは良くわかんねーな》
《裁縫の方だね。ほら、僕って演劇部に入ったって言ったじゃん。小道具を準備する余りで、時々気まぐれで変なものを作ったんだよね。当初僕はまだまだエージに警戒心を持ってたから、色々とマスコット的なの装着させてみたんだよ》
彼氏と実験動物を履き違えんなよ。
《エージは大人しく言うことを聞いてたんだけど、『そろそろ怒らないのかな。言いたいことがあれば聞いてあげるよ』って問い詰めたら、写真で良いから僕にも同じ格好をしてほしいって。ペアルックだ》
気持ち悪い空間過ぎる。頭が湯立ってる時期の当人だけで封印しとけ、そんなものをよそに聞かせるな。
《エージのこと、コスプレ大好きにさせちゃったかも。見るのも、するのも》
《…まあ、それで目覚める奴はどのみちいつか踏み外してたんだろーよ。真面目で優しいだけじゃムギの相方は務まんねーとおもったが、多分に漏れずチキンでムッツリなだけの変態だったか、彼氏。お前の警戒心を解けただけでも、大したもんだけどな》
《エージもすごいけど。僕も一時期よりは、男が怖くなくなってるのかもしれない。誉めて》
《おー、今度会ったら撫でてやるよ》
《すぐそういうこと言うね、むしりとるよ》
《冗談でもやめろ》
まあこいつの場合、男が怖いというのは欺瞞であり、言い訳だ。本来的にはムギは可愛い物好きで、シンデレラ願望が強い。ちんちくりんなりに、おしゃれにも興味がないわけではないだろう。本来、壁を作らなければ普通にやっていけるはずなのだ。
だがムギは、自分が母親のような女になるのを恐れている。モンスターに、ねばついた視線で見られることを恐れている。
異性としての行為に近づくことで、俺の親父と浮気した母親に似てきてしまうような気がして──吐き気がするくらい恐れている。
だったら俺から離れれば良いのに、僕の勇者だから離れたくはないと言う。面倒臭い奴だ。
というか、あらゆる意味で必要以上に意識しすぎなのである。
《とりあえずな、ムギ。餌付けだのコスプレだのそういうバカみたいな身内ノリはあんまり外に撒き散らすな。周りも迷惑したろうが》
《エージ以外なら、アサヒにだけだよ?愛妻弁当ってキャプションで画像を送ったりとか、あなたの飼い犬ですって媚びた衣装を着て踊ってみたりとか》
それをうちの彼女に見られたのが喧嘩の原因なんだよなあ…。我ながら良く許されたもんだ。
《で?その変態になっちまったエージとは、ちゃんと友達できてんのか》
《うん、彼は真面目な子だから。時々禁断症状が出たらクッキーで口封じしたり、キャストの衣装を見せ合いっこして収めてる。動物もの以外だと、勇者や魔法使いの衣装が特にお気に入りみたい》
《それ、見てる側は気まずすぎねーか》
《うん。エージが僕にデレデレ過ぎて、僕も心を開いているから、早く付き合ったらって言われてる。付き合った結果こうなんだけどね》
頭がおかしくなりそうだ。未練たらたらで全然友達になれてねーじゃねーか、あのコミュ障。
《まあ良いのさ、別に襲ったりされなさそうだし。今度簡単な小舞台をやるから、彼女と見に来てくれると嬉しいな》
《へー、どんな演目だ?》
《『どうせナイフしかないんだ』ってタイトル。オリジナルだよ》
《…脚本、お前だろ》
《なんで分かったの!?》
《センスの痛々しさかな…》
《さすが、よく見てるね。アサヒは本当に僕をよく見てる。そして僕だって、負けないくらいアサヒを大事に思っている。いつかきみ彼女と僕を見比べて、どちらがお似合いか気づくことを願ってるよ》
《なら、会うか?》
《え?》
《高取も、お前に会いたがってたぞ》
変な誤解を持たれたままというのも、ムカつくし。
いい加減、彼女にこのちんちくりんを紹介してやらないとな。
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