第5話

「私は、ウインナーコーヒーとタンドリーチキンホットサンド、

 あとビーフシチューで。」


こう注文したのが間違いだった。


このタンドリーチキンの肉がバカでかい。


そしてビーフシチューも器が思ったよりデカい。


あとコーヒーに至ってはおんなじガラスコップでメニューに載せられてる

他の喫茶店のかと思ったのに、こちらも裏切られる。


「嫌だ....太っちゃう.....。」


ぶりっ子のトーンじゃなくて、ガチトーンで言葉を漏らす姉小路。


「どんだんず....。」


いろんなところを転々としたおかげで

どこの言語かわからない言葉をこぼす伊礼くん。


ということで思わず始まった早食い番組。

コメダは食べ切れなくても持ち帰らせてくれるらしいが、

今日はだれも大きいカバンを持ってきてないのでそれも不可。


美味しいんだけど、なかなか減らない。

お得でいいんだけど詐欺はやめてほしいね。

あ、いい意味の詐欺ね。


ということで、後半、タンドリーの辛味に苦しみつつも、

ビーフシチューで相殺して完食。明日からダイエットかな。


伊礼くんも、飲み物で流し込んで完食。

私よりまだ表情が楽そう。さすが男子。


その一方で姉小路。

フィッシュフライバーガーとナポリタン(単品)を頼んだはずが、

ここの「ナポリタン(単品)」には、

まさかの一切れのバゲットとサラダがくっついている。


最後の方なんか半泣きになりながら笑顔で食べてたからね。

多分辛いのと美味しいのでめっちゃ複雑だったんだろうな。


結果、姉小路は現在トイレに引きこもり中。

「お金はあるんだ☆」って言って注文してたのが仇だったね。


今のうちにちょっとだけ仲良くなっておこうかな。

「伊礼くんって、結局どこに居たの?」

「6歳くらいまでイタリアで過ごして、そこから日本に来たんだったかな。」


「日本に来てからは?」

「あんまり順番とか細かく覚えてないけど、

 東京、埼玉、京都、神戸、大阪、青森、熊本、福井、とか、

 とにかくいろんなところに滞在したよ。」


「1箇所あたりどのくらい滞在するの?」

「場合によるね。お父さんがエンジニアの、派遣社員みたいな感じの人で

 その用件によって変わってくるかんじかな。

 短いと2,3ヶ月、長いと1年半くらい。

 しかも、たいてい当初の予定と変わるから家族もなかなか大変だよ。」


「今回はどのくらい滞在するの?」

「今回は短めって言ってたかな。」


あんまり長く関われないのはちょっと残念だな。


「姉小路が帰ってきたらさ、遅いよ〜みたいに煽ってやろうと思うんだけど、

 せっかくだし、なんかいい方言ない?」

「え?そんな方言知らないよ?」

「いやいや、さっきのヤツとか絶対方言でしょ〜?」

「あれ〜?勝手に出てたかな。」


〜〜〜〜〜〜〜

【どんだんず(Dondanzu)】


津軽つがる弁で「マジかよ」などの意味。

英語でいうところの「Oh my god」のように、

驚き、喜び、感動、不安、いろいろな用途で使えるらしい。


青森県内には複数種類方言が存在しているため、

津軽弁ではなく、青森弁というとブチギレられる...のかもしれない。

〜〜〜〜〜〜〜


「まあでも印象に残ってるのだと、“はよしねま“かな。」

「ハヨシネマ?なに?映画館?」


「違うよ。確か福井弁で、“早くしなさいよ“っていう意味だった気がする。」

「じゃあそれでいい感じにやってみよ!」



「ごめん〜お待たせ〜!」

「遅いよ!」

「ごめんて!」

「「荷物まとめはよしねま〜!」


うん、よくわからんけど、なんか違う気がする。


〜〜〜〜〜〜〜

【はよしねま(Hayoshinema)】


福井県の方言。

「早くしなさい」の意味がある。

他県の人から「早く死ね」と勘違いされがち。

福井県には北部の「嶺北れいほく」と南部の「嶺南れいなん」があり、

福井弁はいいものの、それを知らずに一括ひとくくりにしてしまうと

福井県民が(以下略)

〜〜〜〜〜〜〜



「2人ともさ、ちょっと来てほしいところがあるんだけどいい?」


姉小路にそう言われて連れられ、駅を出て南西の方向に歩いている。


コメダへの道中、そしてコメダで時間を使いすぎたせいで、現在夜の9時半。

空はすっかり暗くなっている。

やっぱり多治見や大曽根と比べると星は全然見えないね。


中京テレビの建物や、あおなみ線のささしまライブ駅を越え、歩道橋を登る。


JR、あおなみ線、そして近鉄の列車が行き交い、

その周りは背の高い建物に囲まれている。


とくに名古屋駅の方向は、街路樹に光があたり、

とおくの新幹線の光なんかもあいまってめっちゃきれい。


そこで、姉小路は足を止めた。


「ねえ...伊礼くん、ちょっと....いい?」


「どうした?」


緊張ぎみの姉小路に若干動揺する伊礼くん。


この空気...、あれかな。


いつも見てるのよりさみしいけれど、

確かに牡牛座のアルデバランと、ぎょしゃ座のカペラが2人を見守っていた。


「あの、その....。」


多くの経験をしてきた姉小路でさえも、やっぱり緊張が走るものなんだな。


「伊礼くんに一目惚れ...しました。好き..です。」


お!言った!


「あの..!もしよかったら....付き合ってください!」


そういって彼女は手を前に差し出す。


伊礼くんはつばを飲み込むような仕草をみせ、若干うつむいた。


「ちょっと待ったーー!!!!」


誰もそんなことになるとは思っていなかった。


この声はうちの学年の柴崎結衣ゆい。彼女も1軍女子。

そして、教室の席が伊礼君の隣。


子役として女優をしていて、多分中京テレビで打ち合わせでもやっていたんだろう。

帰り道でこんなことして、しかも結衣も好きなんだから、そりゃそうなるよね。


ドラマですら最近聞かないセリフだけど、

こういう展開って本当にあるんだな。


「私、あなたがこっちに来て、運命を感じました。

 私の、人生のパートナーになってくれませんか?」


結衣、多分あなた一段階早すぎると思うよ。

伊礼君、うつむいてるけど、肩が若干笑ってるもん。


彼は笑いをなんとかしずめると顔を上げて言った。


「2人ともありがとう、でも、ごめんなさい。」


めちゃめちゃキレイに、お手本のように振ってしまった。

突然来た結衣はまだしも、姉小路はとくに地下鉄のなかいい感じに見えたんだけどな。


2人はしばらくその場に立ち尽くしていた。


だから気づいていないだろうが、

その時、私には、伊礼君の右目が、

確かに赤く光っているように見えた。





ーー

今回もご覧頂き、ありがとうございました。

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