第1話

「生徒会の仕事のあと、もし時間があれば、駅の南口に来てくれませんか。」


手紙を開けなくてもわかる。去年からこの時期になるとずっとこんな感じだ。

岐阜県多治見たじみ市。夏場は埼玉県熊谷くまがや市などと並び、

全国トップレベルで暑い町。


しかし、冬場は夏と対象的に、たまに気温がマイナスにもなるまあまあ寒い土地。


年中蒸し暑いくせに、この時期だけ冷えるし乾燥する。

まあおかげで空気が澄むから星がきれいなのは嬉しいところだけど。


そんな満点の星空と、多治見駅南口のイルミネーションが重なると

それはまあきれいなわけで。

そうとなると駅に割と近いうちの高校では

有名な告白スポットとなるわけで。


私は、本気で好きだと思った人がこれまでにいない。

なんか勝手に「一軍女子」とか呼ばれてるけど、正直どうでもいい。


高校になったら初恋があるだろと思って受験生を終えたけど、

そんなこともなかった。


付き合ってみたら好きになったりするかなって思ったりもして、

告白してきた男子と付き合ってみたことも3,4回ある。

デートにも何度も行った。普通に楽しかった。

ハグやキスを求められたこともあった。やってみた。

なんか外国のスキンシップみたいだった。

結局付き合った誰とも恋愛関係に発展できず、別れた。


うちの学年に「一軍女子」と呼ばれる子は、私の他に5人いる。

その4人はいつも誰かと付き合ってて、デートの写真がインスタに載るたびに羨ましくなる。


でも好きな人なぞ居ないから、そのデートの時間を生徒会で潰して

帰ったら勉強、そんな日々の繰り返し。


そんなんだから、口数もだんだん減っていって、

勝手にクールキャラになって、勝手に高嶺の花にでっち上げられた。


高嶺の花なんて、恋に溺れる女の子の理想なのかもしれないけど、

正直私は辛いばかり。だって好きな人がいないんだもん。

モテても、今の私なら、

うまく恋愛感情操って金を巻き上げるくらいしかできないんだろうな。

そんなことする勇気、私にはないけど。


今日もそんなことを考えながら仕事を着々とこなし、

寒い夜道を歩いて駅に向かう。


玲奈れなさん、好きです。僕でよければ付き合ってください。」


いつもどおり。うれしいんだけど、

とくに好きとも思わないし、興奮するのも、もう飽きた。


「ありがとう、でもごめんなさい。」


テンプレートとなってしまった言葉を返し、改札に吸い込まれに行く。

そして、いつもどおりオレンジの電車に乗り込み、

最寄り駅まで揺られる。


だんだんと近づいてくる、名古屋市中心部の光。

でも、私はその光が嫌い。だって、星を邪魔するんだもん。

さかえのあたりとかもうちょい空に光が漏れないように工夫できないもんなのかな。


そんなことを考えていれば、もう目的の駅につく。県をまたぐとはいえ、短い距離。


「もうじき夏の大三角も見納めかなぁ。」


ちょっと前にさそり座が見れなくなって、

これからは、冬の大三角や、オリオン座、牡牛座なんかの季節。


ギリシャ神話によれば、勇敢なオリオンはさそりに刺されて夜空に上った関係で、

さそり座とオリオン座は基本同じ空に出ないみたいなのがあるんだっけ。


「微分が怪しいから今日はそこやろっかな。」


そんな事を考えながら、アパートのエレベーターボタンを押した。

慣れすぎたせいか、このとき、もうすでにさっきの告白は記憶から抜けていた。



「..き......い。」


「おき.....い...。」


「レ....おき....さ..い....。」


松崎まつざき玲奈!とっとと起きなさい!!」

「へっ!?」


やばい。お母さんがフルネーム呼び捨てで起こすってことは結構な時間だ。

速攻スマホの画面を触る。

「7:13」

液晶ディスプレイは残酷だった。今から準備したとて、電車の時間的に遅刻ほぼ確定。


テレビを付けてニュースをインプットしつつ、身支度を始める。

「続いては、今日の星座占いです!今日の1番は、牡牛座のあなた!」

「残念だったわね。今日はそんなことなさそうよ。」

お母さんひどすぎるって。


でも確かに、喜んでいられる余裕は無い。たまたま寝癖がないから、今日はアイロンを省こう。

「牡牛座のあなたの今日のラッキーアイテムは、ノートです!」

はいはい、そうですか。どうせなら「新しい出会い」とか行ってくれないかな。


ゼリー飲料を口に加えて家を飛び出す。いつもより28分遅い。

学校に普通に間に合う最後の電車も、もう発車してしまっている。

エレベーターは待つと遅いから階段を駆け下りる。


「少女漫画なら角でぶつかってとかあるんだけどなぁ。」


でもあいにく、ルート的に駅まで角を曲がることはない。

期待は多治見で降りてからかな。



「お客様にご案内いたします。中央線は、

千種ちくさ駅での人身事故により、名古屋方面の電車は運転を見合わせていま〜す。」


車掌の声が高らかと響く。

この見合わせが中津川なかつがわ方面行きなら都合よく遅延証明が出せるからいいんだけど

あいにく反対側だ。本当に今日はついてない。


改札機にICカードを押し当てる。

「ピンポーン」

「クッソ」

焦りでうまくさわれなかった。クッソ。

これ本当に星座占い1位なのかな。


「なお、金山かなやま駅での列車の接続の遅れ、

 ならびに鶴舞つるまい駅で急病のお客様を救助したため、

 多治見、中津川方面の電車も、最大15分の遅れが出ております。」

「え!?」

不意に声が出た。星占いはやっぱり外れてなかったのかも。

これで遅延証明書をもらえるから安心。

こればっかりは急病人の人ありがとう。本当にごめんなさい。


「まもなく、5番線に、快速、中津川行きが参ります...。」


「おまたせいたしました、8時5分発の中津川行きで〜す。

 この電車、約13分遅れての到着で〜す。お急ぎのところご迷惑をおかけしまして

 誠に申し訳ございません。5番線、中津川行き快速が到着で〜す。」


これが例の、学校に普通につけるギリギリの電車。遅れてくれてマジで感謝。

おかげさまで走る必要なくなったわ。


しかし、私はまだ気づいていなかった。

電車が遅れてくれたことで走る必要がなくなり、

角でぶつかって恋が始まる可能性が消えたことを。





ーーーー

あとがき


今作もお読み頂き、ありがとうございます。

作品の感想をお寄せいただけると幸いです。


今作、高ピッチで更新しているため、

少々大変かもしれません。申し訳ございません。


どうぞよろしくお願いします。

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