聖書知ってる? 天国への道① 誰も天国へ行けない V.1.1
@MasatoHiraguri
第1話 第0話 天国への道
<天国とは、天国への道とは?>
(私自身はキリスト教徒ではありませんが、新約聖書を体育会的素の心で読めば)天国とは、次の自分の人生への(魂の)準備期間・待機場所のこと。此処へ行く資格を備えるために、肉体が生きているあいだ、自分(の魂)を鍛える(物理的・精神的)場と期間が「天国への道」ということになる。
実際に、天国への道を見出し、そこを歩む(魂を鍛錬する)ことで天国へ行き、そこから再び自分の人生を歩む。そうやって何度も自分の人生を繰り返し、いま以て濃い魂を醸造しているのがイエス・キリストである、というのが私の解釈。
状況証拠(たしかな事実の証言や文書・物件に基づかず、情況によって推定した証拠)とはいえ、新約聖書に書かれた彼の言行は、その証明となるのではないか。
(しかし、「俺は一回こっきりの人生で良い」という人は、天国のことなど考える必要はないのです。)
30歳程度の若者にしては、あまりにも真理を突いた彼の言葉と絶対の自信に裏打ちされた迷いなき行動を見ると、到底この男がたった一度の人生でここまで悟りきり・真理に到達したと考えることはできない、ということなのです。
<引用始め>
13:54そして(イエス・キリストは)郷里に行き、会堂で人々を教えられたところ、彼ら(大衆)は驚いて言った、「この人は、この知恵とこれらの力あるわざとを、どこで習ってきたのか。
13:55この人は大工の子ではないか。母はマリヤといい、兄弟たちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。
13:56またその姉妹たちもみな、わたしたちと一緒にいるではないか。こんな数々のことを、いったい、どこで習ってきたのか」。
<引用終わり>
「自分の人生の繰り返し」とは、味噌や酒の発酵のようにして魂が醸造(発酵作用)され本当の自分(の魂)が形成される、ということであり、その意味では、イエス・キリスト(の魂)とは既に完成(発酵し終わり)し、神の子として「栄光の座につく」こととなったらしい(「栄光の座につく」とは神と同等の存在となる、ということか)。
<引用始め>
19:27そのとき、ペテロがイエスに答えて言った、「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従いました。ついては、何がいただけるでしょうか」。
19:28イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。
19:29おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。
<引用終わり>
<天国への道 旧約聖書>
<引用始め>
道を踏み外して死を招くな。
自らの手の業で滅びを引き寄せるな。
(平栗注:「滅び」とは、天国への道というサイクルから外れ、自分の人生を一回こっきりにしてしまうこと)
神が死を造られたわけではなく、
命あるものの滅びを喜ばれるわけでもない。
生かす(平栗注:何度も人生を送る)ためにこそ、神は万物をお造りになった。
世にある造られた物には価値がある。
滅びをもたらす毒はその中になく、陰府(よみ)がこの世を支配することもない。
義(平栗注:正しい道・真理に基づいた仕組み・流れ)は不滅である。
神を信じない者は言葉と行いで自らに死を招き、
死を仲間と見なして身を滅ぼす(平栗注:「死」とは一回の人生で消えていくこと)。
すなわち、死と契約を結んだのだ。
死の仲間としてふさわしい者だから。
<引用終わり>
<天国への道 新約聖書>
<引用始め>
3:2『なんぢら悔改めよ、天國は近づきたり』
3:3これ預言者イザヤによりて、斯く云はれし人なり、曰く
『荒野に呼はる者の聲す「主の道を備へ、その路すぢを直くせよ」』
<引用終わり>
第1話 誰でも天国へ行く資格があるが、誰も天国へ行ける者はいない
「(天国へ行くために)完全な人になりなさい。そうすれば、誰でも天国へ行ける」とイエスはいうが、下記に引用した「完全」を達成できる人など誰もいない(のではないか)。
<引用始め>
5:21昔の人々に『殺すな。殺す者は裁判を受けねばならない』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:22しかし、わたしはあなたがたに言う。兄弟(平栗注:友人・仲間)に対して怒る者は、だれでも裁判を受けねばならない。兄弟にむかって愚か者と言う者は、議会に引きわたされるであろう。また、ばか者と言う者は、地獄の火に投げ込まれるであろう(平栗注:殺すどころか、人に対して腹を立てたり、不満の気持ちを抱くことすらしては、天国へは行けない)。
5:23だから、祭壇に供え物をささげようとする場合、兄弟が自分に対して何かうらみをいだいていることを、そこで思い出したなら、
5:24その供え物を祭壇の前に残しておき、まず行ってその兄弟と和解し、それから帰ってきて、供え物をささげることにしなさい。
5:25あなたを訴える者と一緒に道を行く時には、その途中で早く仲直りをしなさい。そうしないと、その訴える者はあなたを裁判官にわたし、裁判官は下役にわたし、そして、あなたは獄に入れられるであろう。
5:26よくあなたに言っておく。最後の1コドラント(昔の貨幣の単位)を支払ってしまうまでは、決してそこから出てくることはできない。
5:27『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:28しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。
5:29もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。
5:30もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。
5:31また『妻を出す者は離縁状を渡せ』と言われている。
5:32しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、不品行以外の理由で自分の妻を出す者は、姦淫を行わせるのである。また出された女をめとる者も、姦淫を行うのである。
5:38『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:39しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。
5:40あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。
5:41もし、だれかが、あなたをしいて1マイル行かせようとするなら、その人と共に1マイル行きなさい。
5:42求める者には与え、借りようとする者を断るな。
5:43『隣人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:44しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。
5:45こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。
5:46あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。
5:47兄弟だけにあいさつをしたからとて、なんのすぐれた事をしているだろうか。そのようなことは異邦人でもしているではないか。
5:48それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。
第2話 (天国へ)招かるる者は多かれど、選ばるる者は少し
天国とは、行こうと思って行けるところではなく、神(大自然・絶対真理)から選ばれた人のみが行けるところ。
第22章
22:1
イエスまた譬をもて答へて言ひ給ふ
22:2「天国は、ひとりの王がその王子のために、婚宴を催すようなものである。
22:3王はその僕たちをつかわして、この婚宴に招かれていた人たちを呼ばせたが、その人たちはこようとはしなかった。
22:4そこでまた、ほかの僕たちをつかわして言った、『招かれた人たちに言いなさい。食事の用意ができました。牛も肥えた獣もほふられて、すべての用意ができました。さあ、婚宴においでください』。
22:5しかし、彼らは知らぬ顔をして、ひとりは自分の畑に、ひとりは自分の商売に出て行き、
22:6またほかの人々は、この僕たちをつかまえて侮辱を加えた上、殺してしまった。 22:7そこで王は立腹し、軍隊を送ってそれらの人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った。 22:8それから僕たちに言った、『婚宴の用意はできているが、招かれていたのは、ふさわしくない人々であった。
22:9だから、町の大通りに出て行って、出会った人はだれでも婚宴に連れてきなさい』。 22:10そこで、僕たちは道に出て行って、出会う人は、悪人でも善人でもみな集めてきたので、婚宴の席は客でいっぱいになった。
22:11王は客を迎えようとしてはいってきたが、そこに礼服をつけていないひとりの人を見て、
22:12彼に言った、『友よ、どうしてあなたは礼服をつけないで、ここにはいってきたのですか』。しかし、彼は黙っていた。
22:13そこで、王はそばの者たちに言った、『この者の手足をしばって、外の暗やみにほうり出せ。そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。
22:14それ招かるる者は多かれど、選ばるる者は少し』
<これこそ新約聖書における「神目線の平等」というもの>
天国についてイエスが述べた譬え話ですが、天国を運営する?神の無心・恬淡(心がやすらかで無欲なこと。あっさりしていて物事に執着しないさま)・天真(自然のままで飾らない)さ。これをよく語っています。
天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、出かけて行くようなもの
20:1天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、出かけて行くようなものである。
20:2彼は労働者たちと、一日一デナリの約束をして、彼らをぶどう園に送った。
20:3それから九時ごろに出て行って、他の人々が市場で何もせずに立っているのを見た。 20:4そして、その人たちに言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。相当な賃銀を払うから』。
20:5そこで、彼らは出かけて行った。主人はまた、十二時ごろと三時ごろとに出て行って、同じようにした。
20:6五時ごろまた出て行くと、まだ立っている人々を見たので、彼らに言った、『なぜ、何もしないで、一日中ここに立っていたのか』。
20:7彼らが『だれもわたしたちを雇ってくれませんから』と答えたので、その人々に言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい』。
20:8さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、『労働者たちを呼びなさい。そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払ってやりなさい』。
20:9そこで、五時ごろに雇われた人々がきて、それぞれ一デナリずつもらった。
20:10ところが、最初の人々がきて、もっと多くもらえるだろうと思っていたのに、彼らも一デナリずつもらっただけであった。
20:11もらったとき、家の主人にむかって不平をもらして
20:12言った、『この最後の者たちは一時間しか働かなかったのに、あなたは一日じゅう、労苦と暑さを辛抱したわたしたちと同じ扱いをなさいました』。
20:13そこで彼はそのひとりに答えて言った、『友よ、わたしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたではないか。
20:14自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にも最初のあなたと同様に払ってやりたいのだ。
20:15自分の物を自分がしたいようにするのは、当りまえではないか。それともわたしが気前よくしているので、ねたましく思うのか』。
20:16このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう」。
天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなもの
25:14また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。
25:15すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には5タラント(昔の貨幣の単位)、ある者には2タラント、ある者には1タラントを与えて、旅に出た。
25:16 5タラントを渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに5タラントをもうけた。
25:17 2タラントの者も同様にして、ほかに2タラントをもうけた。
25:18しかし、1タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。
25:19だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。 25:20すると5タラントを渡された者が進み出て、ほかの5タラントをさし出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに5タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに5タラントをもうけました』。
25:21主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。
25:222タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに2タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに2タラントをもうけました』。
25:23主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。
25:241タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。
25:25そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。
25:26すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。
25:27それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。
25:28さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、10タラントを持っている者にやりなさい。
25:29おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。
25:30この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。
<種まきの譬>
13:18そこで、種まきの譬を聞きなさい。
13:19だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。
13:20石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。
13:21その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。
13:22また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。
13:23また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。
天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなもの
13:24また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようなものである。
13:25人々が眠っている間に敵がきて、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。
13:26芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。
13:27僕たちがきて、家の主人に言った、『ご主人様、畑におまきになったのは、良い種ではありませんでしたか。どうして毒麦がはえてきたのですか』。
13:28主人は言った、『それは敵のしわざだ』。すると僕たちが言った『では行って、それを抜き集めましょうか』。
13:29彼は言った、『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。
13:30収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。
天国は、一粒のからし種のようなもの
13:31また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、
13:32それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」。
13:33またほかの譬を彼らに語られた、「天国は、パン種のようなものである。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる」。
13:34イエスはこれらのことをすべて、譬で群衆に語られた。譬によらないでは何事も彼らに語られなかった。
13:35これは預言者によって言われたことが、成就するためである、「わたしは口を開いて譬を語り、世の初めから隠されていることを語り出そう」。
13:36それからイエスは、群衆をあとに残して家にはいられた。すると弟子たちは、みもとにきて言った、「畑の毒麦の譬を説明してください」。
13:37イエスは答えて言われた、「良い種をまく者は、人の子である。
13:38畑は世界である。良い種と言うのは御国の子たちで、毒麦は悪い者の子たちである。 13:39それをまいた敵は悪魔である。収穫とは世の終りのことで、刈る者は御使たちである。
13:40だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終りにもそのとおりになるであろう。
13:41人の子はその使たちをつかわし、つまずきとなるものと不法を行う者とを、ことごとく御国からとり集めて、
13:42炉の火に投げ入れさせるであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
13:43そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。耳のある者は聞くがよい。
13:44天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。
13:45また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。
13:46高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。
13:47また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。 13:48それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。
13:49世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、
13:50そして炉の火に投げこむであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
第3話 「多くの先の者はあとになり、あとの者は先になる」逆転
○ 幼な子
<引用始め>
第18章18:1そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。
18:2すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、
18:3「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。
18:4この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのです。
11:25そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。
○ 「地位が高い・権威や権力がある・皆から尊崇されている」人間よりも、むしろ、道路清掃人・日雇い労務者(
第4話 「聞きて聞けども悟らず見て見れども認めず」所にあるのが天国
<引用始め>
13:3イエスは譬(たとえ話)で多くの事を語り、こう言われた、「見よ、種まきが種をまきに出て行った。
13:4まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。 13:5ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐ芽を出したが、 13:6日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。
13:7ほかの種はいばらの地に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまった。 13:8ほかの種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。
13:9耳のある者は聞くがよい」。
13:10それから、弟子たちがイエスに近寄ってきて言った、「なぜ、彼らに譬でお話しになるのですか」。
13:11そこでイエスは答えて言われた、「あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。
13:12おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。
13:13だから、彼らには譬で語るのである。それは彼らが、見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである。
13:14こうしてイザヤの言った預言が、彼らの上に成就したのである。
『あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。
13:15この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである』。
13:16しかし、あなたがたの目は見ており、耳は聞いているから、さいわいである。
13:17あなたがたによく言っておく。多くの預言者や義人は、あなたがたの見ていることを見ようと熱心に願ったが、見ることができず、またあなたがたの聞いていることを聞こうとしたが、聞けなかったのである。
<引用終わり>
続く
2025年11月07日(金)
V.1.1
平栗雅人
聖書知ってる? 天国への道① 誰も天国へ行けない V.1.1 @MasatoHiraguri
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