いものこ
平賀・仲田・香菜
いものこ
落ち葉が一枚、俺の足元へ転がってきた。乾いた風からの贈り物。公園のベンチも尻が凍るほどに冷たい、晩秋の空気はひどく静かだ。吐いた息は細く、白く、消えていく。
俺はふと考える。
新緑に芽吹き、真夏の太陽を燦々と浴びた葉がある。その輝きはほんの数ヶ月。枯れ、色落ち自らさえ地に落ちた葉はまるで消耗品。
しかし役目を終えた落ち葉を儚い、美しいと人々は賞賛する。それはきっと、老人がそうありたいと願った価値観の押し付け。身を粉にして働いた自分を若者は敬えと言っているのだ。
落ち葉を踏み潰すと、かさりと音を立てて粉々に砕け散った。
「何考えてるか当ててみよっか」
俺の思索は無慈悲にも中断された。顔を上げると、ゆづが紙袋を抱えて立っていた。肩までの髪を揺らしながら、当然みたいな顔で隣に腰掛けてくる。
買ったばかりというダッフルコートからはまだ新品の臭いが香っている。そのコートは高校生になったばかりの我々にとって、安い買物ではなかったのだろうと見てわかる。
「どうせ落ち葉を集めて焼き芋したいなあとか思ってたんでしょ?」
「どの口が俺の内面を語るんだ。俺はそんな芋ファーストな頭をしていない」
「えー? だって落ち葉といえば焼き芋でしょ? セットでしょ? 教科書に載るレベルだし、はるか古代から伝わるわらべ歌にもなってるでしょ?」
「載らねぇし歌われねえよ」
ゆづは満面の笑みで紙袋を漁る。
「いいからいいから。焼き芋しようと買ってきたよ!」
袋の中身を覗くと――。
「里芋! 山芋! じゃがいも! タロイモ! キャッサバ!」
「さつま芋は?」
「買ってない!」
「なんで肝心のさつま芋だけないんだよ! それよりもキャッサバ!? 芋四天王でも落第レベルだろ!」
「でもね? キャッサバはね? タピオカになるんだよ!」
「どうでもいいな……」
「我儘ばっかり言って、ゆづちゃんはぷんぷんだよ」
いや、おかしなことを話しているのはお前だろ。俺が言葉を選ぶ前に、ゆづは袋の底から何かを取り出し――。
無言で食った。
なんの前置きもなく、当然のように。
焼き芋を食べていた。
「おい待て待て待て! 芋を焼く前提の話してたよな!? なんで完成品を買ってんだ!?」
「だってぇ、生のより焼いてるほうがすぐ食べられるし」
「そういうことじゃないんだよ! 焼き芋したいのに焼き芋買ってきちゃ駄目って話だよ!」
俺の黄昏は風前の灯だ。
今、ゆづの口内で芋と共に甘く咀嚼されている。情緒の風味ゼロ。別に焼き芋がしたかったわけでもないが、ため息は俺の感傷ごと吐き出されていた。
「……ひと口くらいくれても良くない?」
「無理だよ。これ渡したら焼くつもりでしょ? “焼き焼き芋”になっちゃうよ」
「だから何!? 二回焼いたら爆発でもすんの!?」
「責任、取れる?」
「上目遣いの無駄遣い!」
夕日は沈みかけ、空は暗色に近づいていく。本来ならば、街灯とともに、胸の奥にもしんみりとした灯りがともる時間帯だ。
だが眼前の現実は。
「ん〜おいし〜。ほくほくぅ」
幼馴染の女子高生が一人で芋を完食しようとしている様だけだった。
「……帰る」
「え、なんで?」
「ベンチで黄昏てても腹の足しにならねぇんだ」
芋食ってるゆづをみてたら胸はいっぱいーーこれは飲み込んでおこう。これも腹の足しにはならないが。
ゆづはぽかんと目を丸くさせたあと、にへっと笑った。
「じゃあさ、冬になったらもっといっぱい芋買って、二人で芋煮会しようね!」
「考えとく」
帰るころには、夕日は完全に沈んでしまった。落ち葉は風に転がり、ベンチには芋の香りだけが残る。俺の情緒は跡形もなく吹き飛んだが――どうせ風が吹けば全部飛ぶ。落ち葉のように。
ゆづが楽しそうに歩く背中を見ながら、俺は諦め混じりに思った。
――キャッサバはタピオカになるのか。
そして、俺は腹が減った。
いものこ 平賀・仲田・香菜 @hiraganakata
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます