第6章 嘘つきの唇



「君は、嘘をついている」


彼女の唇がそう告げたとき、胸がざわついた。

でも、笑っている。その笑みは、愛を帯びている。

だから、信じたくなった。


彼女は、町の誰もが「嘘つき」と言う女だった。

過去の噂、秘密の話、何もかもが信用できない。

けれど、私にだけは嘘をつかなかった――そう思いたかった。


ある夜、彼女と二人で歩いた。

霧の立ちこめる路地裏、白い百合の匂いが風に混ざる。


「この町では、誰を愛しても無駄なのかな」

彼女が呟く。

「でも、私はあなたを愛している」


その瞬間、私は確信した。

彼女の瞳の奥に、すべての真実がある、と。


──けれど。


次の瞬間、彼女の笑みが微妙に歪んだ。

「本当に信じてる?」

その言葉が、重く胸に落ちる。


振り返ると、白い百合が三輪、地面に置かれていた。

一本は彼女が手に持っていたもの、

一本は昨夜私が置いたもの、

そして最後の一本は、どこから来たのか分からなかった。


私は息を呑む。

その花びらに、誰かの指紋がついていた。

──嘘をついたのは、彼女だけじゃない。

私も、ずっと嘘を信じていた。


唇が、もう一度微笑む。

「それでも、愛してる」


狂気と愛の間で、私は何を信じればいいのか分からなかった。

でも、ひとつだけ確かなことがある。


彼女は――確かに、私の恋人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る