第50話 レベッカ
「ほら見ろ。誰かいたのは間違いないんだ」
来栖が肩をすくめた。
「じゃあ泥棒でもいたのかな」
そんな偶然あるか?俺たちが来栖の実家を訪れた際、偶然泥棒が入っていたなんてありえるか?
「まあいいや。それよりも電話させてよ」
来栖が言った。俺の心に疑念が渦巻いているからか、先ほどとは異なり、その電話相手に俄然興味がわいた。
「誰に電話するつもりなんだ」
「友達だよ」
俺は眉根を寄せた。
「お前に友達がいるのか?」
「ひとりだけね」
来栖の人物像からは、友人がいるとは想像しがたい。だが――
「その友達に電話してどうしようってんだ」
「刑務所に入るわけだから、色々と頼もうと思って」
「そんなの刑務所に入った後でも出来るだろ?」
「たぶん出来るだろうけどね。事前に頼んでおいた方がいいと思ってね」
来栖の友達――一体どんな奴なんだ?
「電話は持っているのか?」
「持ってるよ。ポケットの中に」
「わかった。じゃあ電話しろ」
来栖はにんまりと笑い、ズボンのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出した。
携帯電話――俺がこちらの世界にいた頃にはまだなかった。もしかしたらあったのかもしれないが、少なくとも俺は知らない。だが今の時代には、誰もが持っているという。実際に千絃たちも全員持っていて、来栖を捕まえ戻る途中、携帯を使って組長たちに連絡をしていた。
だから来栖も持っていたのだろう。すかさず何やら操作したかと思うと、携帯を自分の耳に押し当てた。
「あ、どうも」
しばらくして相手が出たのだろう。来栖が言った。
「ええ……ええ……そうなんです。捕まってしまいましたよ」
来栖はそう言って笑った。
ちっ!この野郎、笑ってんじゃねえよ。ていうかこいつ、友達と言った割には敬語でしゃべっているな。いやそれよりも――そうなんです――ということは、電話の相手は来栖が捕まったことを知っている?
「ええ……ええ……参りました。死神とか出てきたらどうしようもありませんからね」
何だと?相手はもしや、俺たちの存在も知っているのか?
俺はそこで、慌てて言った。
「おい、ちょっと待て。俺と電話替われ」
来栖は眉間にしわを寄せて俺を見る。
「あ、ちょっと待ってください。死神の相棒が電話を替われと言っていますけど、どうします?」
来栖は携帯電話を俺から守るように両手で包み込みつつ背を向け、何度もうなずきながら相手の言葉に注意深く耳を傾ける。
と、来栖が携帯電話を耳から離し、俺に差し出した。
俺は迷わず、携帯を受け取った。
「もしもし?」
俺がお決まりの挨拶で問いかけると、しばらくして若い女性の声が聞こえた。
「貴方強いのね?名前は?」
ということは、やはりあの砂浜での戦いを見ていたってことか?
「俺は橘陣。お前は誰だ?」
「わたし?わたしはそうね、匿名希望で」
女は明るい声で語尾を上げて言った。癇に障る。ふざけている感じだ。
「名前がないんじゃ話しづらい」
「そう、じゃあ――レベッカと呼んで」
ちっ!やっぱりふざけてやがる。
「お前、何者だ?」
「あら、貴方が名前がないと呼びづらいというから名乗ったのに、その名を呼ばずにお前だなんてひどいわね」
「うるさい。レベッカなんて恥ずかしくて呼べるかよ」
「あら、やっぱり失礼ね」
「ふざけるな。どうせ本名じゃないだろうが」
「もちろんよ。それより貴方こそ何者なの?」
「俺か?俺は異世界人だ」
正直に言ってやった。だがその反応は意外なものだった。
「異世界人なんだ……へえ、めずらしい」
俺は眉根を寄せて問いかけた。
「疑わないのか?」
「疑ってほしいの?」
ちっ、ことごとくムカつく女だ。
「そうじゃない。だが普通は信じないだろう」
「わたしは信じるわ。だってもうひとりは死神なんだし」
「つまり、お前は俺たちを見ていたってことか」
レベッカは素直に認めた。
「ええ。見てたわ。今も見てるわよ。あの雑居ビルからまっすぐ国道を走っているわよね?その通り沿いの警察署に、もう間もなく着くんじゃない?」
俺は携帯を耳から外し、前を行く千弦に尋ねた。
「今、走っているのは国道か?」
千弦は振り返ってうなずく。
「ああ、そうだ」
「警察署はこの通り沿いか?」
「そうだ。もうすぐ着くはずだ」
俺はうなずき返し、再び携帯を耳に当てた。
「どうやら本当に見ているみたいだな。どうやって見ているんだ?」
レベッカが笑う。
「それは企業秘密よ。教えられないわ」
ちっ!俺は電話を替わってから何度目かの舌打ちをした。
「昨日、お前は来栖の実家の二階から俺たちを見ていたんだな?」
「そうよ。また誰かが壁に落書きでもしに来たのかと思ったら、わたしの視線に気づいて睨んできたから驚いたわ」
「それで、俺たちの跡をつけてきたのか?」
「ええ、そうよ。ただ途中で目的地が何処かわかったから、先回りしたけどね」
「先回りしたなら、何故来栖を逃がさなかった?」
「それは――」
そのとき突然、横の来栖が苦しみもだえだした。
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