第47話 召喚

 俺は祭壇の前に立ち止まると、組長たちが到着するのを待った。


 祭壇には綺麗な花々が丁寧にいくつも置かれている。祭壇の隅には、たぶん昨日はなかったはずの色とりどりの和菓子が供えられていた。誰かが今日、この場所を訪れたのだろうか。


 ふと見上げると、空は抜けるような一面の青が広がっていた。


 と、組長が看護師に支えられながら、祭壇の前へと到着した。その両脇に千弦と柴崎が立つ。


 その他の組員たちも、続々と階段を駆け上がって到着しつつあった。


 俺は再び空を見上げて遥か遠くに見える一筋の飛行機雲を眺めながら、全員が揃うのを待った。


 しばらくして、千弦が落ち着いた声音で言った。


「全員揃ったようだ。それで、どうするつもりだ?」


 俺はその言葉を合図に、振り返った。


 右から千弦、看護師、組長、柴崎と並んでいる。そしてその後ろには、組員たちが綺麗に整然と並んでいた。


 いつの間にやらソルスは俺の真横に来ている。


 俺は一度ソルスと顔を合わせるも、すぐに組員たちに向き直った。


「今からある儀式を始める。驚くと思うが、まあ騒がずに見てほしい」


 俺はそう言うと、再びソルスに向き直ってうなずいた。


 ソルスは己の役目を言わずとも承知していたようで、すかさず踵を返して後ろを向いた。


 すぐさまソルスが着ている白のダブルのスーツが、黒く変じはじめた。


 組員たちがどよめく。だがすぐに先ほどの俺の言葉を思い出したか、鎮まった。


 だが変化はそれだけではない。スーツの裾が段々と上下に伸びていく。またも組員たちの声が漏れ聞こえ出す。


 しばらくすると、すでに蒼黒く染まりきったスーツはもはやスーツの体を成していなく、上は頭を完全に覆うまでとなり、下は屋上の床すれすれくらいにまで伸びきっていた。


 組員たちのざわめきが止まらない。何事が起ったのかとあちこちから声が上がる。


 だがそのささやかなざわめきも、次の瞬間には悲鳴と変わった。


 ソルスがゆっくりと踵を返して振り向いたからだ。


 振り向いたソルスには、下半身がなかった。横隔膜の辺りでぶっつりと切断され、血がしとどに滴り落ちている。顔はフードに覆われているため良く見えないが、いつものように双眸が爛々とフードの陰で輝いている。わずかに見える顎は焼け爛れているように見え、より一層不気味さを増していた。


 誰も彼もが、大なり小なり悲鳴を上げた。

 

 悲鳴を上げなかったのは、すでに見ている千弦と、組長だけであった。


 柴崎も、千弦から話は聞いていたようだが、わずかにうめき声を上げている。


 他はかなりの阿鼻叫喚だ。特に女性看護師は腰を抜かさんばかりとなっている。そのため横にいる千弦が、倒れないように看護師の身体を支えていた。


 そりゃあそうだ。こんな姿を見たら、誰だってこんな反応になる。


 にしても、さすがは組長だ。老いたりといえども腹は据わっているようだ。


「これか、お前が言っていたのは」


 組長が横の千弦に向かって言った。


 千弦は恭しく首を垂れた。


「はい。奴が死神である証拠です」


 組長はゆっくりと顎を引き、うなずいた。


「凄いものだな。電話で聞いた時には半信半疑であったが、こうやって実際に見てみると、生々しくて死神であることを信じざるを得んな」


 そりゃあそうだ。質感がどうみたって本物だからな。作り物とは天と地だ。


「どうやら完全に信じてくれたようだな」


 俺はそう言うと、ソルスに向き直った。


「じゃあ、頼む」


 焼け爛れたソルスの顎が不気味に動く。


「ああ、わかった」


 ソルスはすかさず右手を天に向けてかざした。


 と、その手に突然大鎌が現れた。


 組員たちがまたもどよめく。


 だがソルスは気にすることなく、その大鎌を中空に振るった。


 途端に黒い稲妻が幾本も走り、音もなく空間に亀裂が入った。

 

 と、ソルスが間髪を入れずに、もう一度亀裂と交差するように大鎌を振るった。


 亀裂が十字を刻んだ。


 と、その交差部分から空間がめくれた。


 大きなどよめきが起こった。


 それもそうだろう。何もないはずの空間に亀裂が走り、その奥から漆黒の闇が顔を出したのだから。


「話すがいい」


 ソルスはそう言うと、空間を滑るようにしてめくれた空間から離れた。


 しばらくして、漆黒の空間に二つの光が生まれた。


「戻ってきたぞ、春夏冬葉子」


 俺がそう呼びかけると、二つの光がまたたいた。


 そして――


「嗚呼、令司さん、お父さん、それに、みんな……」

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