第46話 提案

「俺たちの素性は聞いているよな?実はここにいるソルスは死神なんだ」


 俺たちの後ろの方で突如としてざわめきが起こった。これまで無言を貫いてきた組員たちが、さすがにこれはと動揺して声に出している。


 当然だな。いきなり死神なんだという奴が目の前に現れたら、誰だってこういう反応をする。実に自然な反応だと思う。


 だが正面の組長は微動だにせず、コクンと小さくうなずくだけであった。これはつまり、他の組員たちはともかく、組長にはちゃんと千弦から話が伝わっているってことだ。


 俺はそう思い、問答無用でさらに続けた。


「それで、あんたたちを或るところ・・・・・に招待したいんだが、ついて来てもらえるか?」


 組長はわずかに眉根を寄せた。千弦も同様に、不審げな顔を面に表す。


「何処に連れて行く気だ?」


「行けばわかる。もちろん悪いようにはしない。お前らを殺す気だったら、別に場所を変えなくても今すぐここで出来ることだ」


 俺たちの後背にずらっと居並んでいるであろう組員たちが、一斉に色めきだった。だが細かい事情までは聞いていなくとも、多少なりとは承知しているようで、それ以上の反応はなかった。


 なにも俺だって別に、彼らを脅そうなんてつもりはない。ただ、ここであれこれ問答していても不毛だと思っただけだ。


 千弦がため息交じりに言った。


「確かにな。お前らがその気なら、そうなるだろう」


「そうだろう?だからそういう心配はしなくてもいい。それに、なんなら組員全員に来てもらっても、こっちは一向に構わない」


 すると組長がこくりと首を垂れた。


「わかった。だがあまり遠出は出来そうもないが」


 俺は笑みを湛えてうなずいた。


「大丈夫だ、すぐそこだからな」






「ここは……」


 黒塗りの高級リムジンが音もなく止まり、後部座席に俺やソルスと並びで座る組長が、かすれた声で呟いた。


「な、すぐ近くだろ」


「ここは、葉子の……」


「そうだ。殺害現場の雑居ビルだ」


 と、リムジンの向かいの席に柴崎や付き添いの看護師と座る千弦が、ギロリと殺気のこもった視線を俺に送って寄越した。


「どういうつもりだ?」


「上に行けばわかるって。ただ組長さん、あんた足が悪いようだが、屋上まで行けそうか?」


「エレベーターがついているからな。それは問題ない。実際毎日ここには線香を上げに来ている」


 え?エレベーターあったの?あ、そうなんだ。


 まあそうか。六階建てだもんな。普通エレベーターはついているか。葉子は……まあ追われていたし、エレベーターを探す前に、目の前に見える階段を必死で駆け上がったんだろうな。可哀そうに。あらためてその時の彼女の恐怖を思うと、胸が痛い。


「じゃあ行こうか」


 俺はそう言って車の後部ドアを開けて外に出た。


 ソルスが無言で続き、看護師や千絃たちの介助を受けながら、組長がゆっくりと車を降りた。


 リムジンの後ろには、続々と車が連なって止まっている。組員総出でついてきたためだ。もちろんその中には、縄で縛られ猿轡さるぐつわめられた来栖京介もいた。


「おい、すまないがお前たちは階段で来てくれ」


 最後にリムジンを下りた千弦が、組員たちに向かって命じた。


 組員たちは一斉に首を垂れながら返事をした。


 統制がとれているねえ。なかなかのもんだ。いや、やくざってのは縦社会だから、当然と言えば当然か。でも千弦の統率力は、それを踏まえてもかなりのものに思える。若いのにやるな、千弦。


「おい、何をしている。上に行くんだろう?」


 そんな千弦が、ぼーっと突っ立っていた俺に対して言った。


「ああ、今行く」


 そう言って俺は、もうすでに雑居ビルの中に足を踏み入れている組長たちの跡を追った。


 中に入るとすぐに、件の階段が目に入る。だが組長たちはその横を通り抜けて奥に進み、通路を左に曲がった。


 跡を追って俺も曲がると、なるほど、そこには確かにエレベーターの乗降口が存在していた。


 組長と介護の看護師、千弦と柴崎、そして俺とソルスの六人でエレベーターに乗り込む。


 柴崎が閉まるボタンをイラついた様子で連打する。


 だが、築年数のだいぶ経った雑居ビルに備え付けのエレベーターらしく、扉が閉まる速度はとても遅かった。しかも閉まってからも上昇するまでの時間をだいぶ要したため、柴崎はイライラをさらに募らせた。


 そこでソルスが、いらんことを言った。


「ぷっ、ボタンを何度叩いても意味ないぞ。そうだよな?」


 ソルスは得意げにそう言って俺を見た。


 ちっ、来栖を探す旅の途中のエレベーターに乗った際に、俺が言ったセリフをそのまんま言いやがって。


 見ると柴崎が、歯ぎしりをして俺を睨みつけている。


 面倒くさい。ああ、面倒くさい。


 俺は無視を決め込んだ。


「うん?そうだろ?お前そう言っていたじゃないか」


 無視無視無視。


 と、エレベーターがようやく最上階の六階に到着した。


 チンと甲高い音が鳴って扉がゆっくりと開く。


 俺は一番にさっさと降りていく。


 後ろでソルスがまだ何か言っているが、気にせず通路を右に曲がって階段横をすり抜け、右に曲がる。


 その先には屋上へと通じるベランダがある。俺はガラスが嵌まった扉に手をかけ、すかさず開けた。


 建物内の淀んだ空気が一変、外の新鮮な空気が飛び込んできた。


 俺はそれを軽く吸い込み、ベランダに足を踏み入れた。


 出てすぐ右を見ると、屋上へと通じる細い階段がある。


 俺は迷いなく真っ直ぐにその階段へ向かう。


 たどり着くなり、一気に駆け上がる。


 その先には、以前と変わらぬ大きな祭壇があった。


 それも当然だ。なにせ昨日のことなんだから。思えばずいぶんと早かった。丸一日でここまで来れるとは、正直思っていなかった。だが決着はまだついていない。それもどういう決着になるのかも。


 俺はそこで神妙な面持ちとなり、ゆったりとした足取りで祭壇へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る