第28話

 ヒユウの目の前に魔人たちが現れたその頃――南門へ一頭の白馬が駆け込んで来た。


「ファルー!」

 

 リサの手伝いをしていたユウが、ぱっと顔を上げて駆け寄る。

 手慣れた手つきでファルの首筋をなでると、疲れきった馬体から緊張が抜けた。


「こっちだよ、ファル。りいのところに行こう」


 そう言って手綱を取りリサのところへと歩き出す。

 

「りい! ファルが戻ってきたよ」


 ファルの姿を見た瞬間、リサの胸がしめつけられた。


(ひいくん、一人で戦っているんだね)


 ファルが戻ってきた――それは、ヒユウが自ら退路たいろち、一人で戦う覚悟を決めたことを意味していた。

 リサの心に不安が広がっていく。ヒユウのことを、誰よりも信じている。だが、信じていることと、心配しないことは別次元でもある。


(ひいくんは、誰よりも優しい、でも誰よりも無理をしてしまう)


 ヒユウには超心技ちょうしんぎがある、大丈夫とも言ってくれた。けれど、胸騒ぎが止まらない。

 超心技には心源しんげんのバランスが重要であり、カンザキから、そのバランスが崩れないようにリサが支えることの大切さを教えられている。


『ヒユウが踏み込む限界の先に、必ず君の想いが必要になる』


 だがリサは今、回復班の中心にいる。


(ここを離れるべきじゃない。でも……)


 悩みと焦りが胸をかき乱していたそのとき――


「りいっ!」


 その迷いを、ユウの明るい声が突き破った。


「ひいは、僕たちがいれば負けないよ!」


 純粋で、真っ直ぐなその言葉は、リサ自身の心の奥を映したようだった。

 隣でパジャマが、腕を組みながらしみじみとうなずいている。

 リサは思わず、二人をぎゅっと抱き寄せた。


「……そうだね。ひいは、負けないね」


 ユウとパジャマがリサの腕の中で顔を見合わせて笑っている。二人の応援があれば、ヒユウの心源のバランスは何よりも安定する。

 それをロイに相談しようとした、そのときだった――


「リサ!」


 イヤホンにロイの声が飛び込んできた。


「ユウと共に、ヒユウのもとへ行ってくれ。ヒユウを頼めるのは、君しかいない」


「ロイくん!」


「ヒユウが限界を超えられるかは、リサの『想い』にかかってる」


 その言葉が、リサの迷いを断ち切った。


「ありがとう、ロイくん! 行ってきます!」


「ああ。ヒユウのこと、頼みます」


 ロイにとってもリサは幼いころから勝手知ったる友人である。

 戦いが始まる前からずっと彼女の心力値を見ていた。リサが迷いを払拭ふっしょくし、自分の意志でヒユウを助けにいくと決め、その心の強さを見せてくれると信じていた。

 そして、『ヒユウ研究家』とあだ名される彼女にこそ、ヒユウのことを託したい――ロイは、そう思っていた。

 そんな想いのロイの声は、軍師ではなく友達からの願いだった。だからこそ、リサも思う。


 ――自分がヒユウを支えないで誰が支えるのか


「ひいくん……私、行くね。」


 リサは迷いのない瞳で前を見据え、拳をきゅっと握りしめる。

 ちょうどその頃、念魔ねんまの動きが一段と活発化してきた。


「念魔の一群が、南門へ向かってきています!」


 作戦指令室に、鋭い声が響いた。

 邪念じゃねんが大気に混ざり、まるで瘴気しょうきのように漂っている中、各所で念魔が新たに出現し始めている。

 リサを出撃させれば、彼女が追撃を受けてしまう恐れがある。だが――


桜丘さくらがおか中学校が到着しました!」


 ロイがニヤリと笑う。

 リサの出撃のタイミングにぴったりの援軍到着に、思わず胸が高鳴った。珍しいロイの表情に、指令室の生徒たちも笑みを浮かべる。


「マイ、桜中おうちゅうが到着した。ありがとう」


 すぐさま感謝の通信を、桜中の生徒会長マイに入れる。


「ふふふ。ユイナとレオンを行かせてある。不足はないはずだ」


「ユイナとレオン! 隊長と副長じゃないか! 不足どころか、そっちは大丈夫なのか?」


「問題ないさ。翠中すいちゅう明中めいちゅうもいる。それに、ヒユウの所に向かうリサの支援が欲しいと、君に言われたら、全力でやらせてもらうさ」


「ありがとう、マイ」


 桜中――突出した専門はないが、剣・弓・魔法・統率、すべてにおいて高水準な『万能の精鋭せいえい』だ。


「リサ、南門前へ向かってくれ。桜中の騎馬隊と合流し、出撃するんだ」


「分かった、ロイくん!」


 リサはユウとパジャマをファルの背に乗せ、自らもまたがると駆け出した。


* * *


 同じころ、南東方面では――


「アカネ。ここは大丈夫だ。リサのもとへ向かいなさい」


 セイメイの静かな声が、アカネの心を射抜く。

 二人は、神出鬼没しんしゅつきぼつの念魔と対峙していた最中だった。邪念の密度が高くなりすぎたこの戦場で、彼らもまた『神出鬼没な存在』として動いていたのだ。


「でも……念魔が!」

 

 アカネがセイメイのそばに身を寄せながらあらがうように言った。


「私は大丈夫だ。それよりも……」


 セイメイは、ふっと優しく笑う。


「友達を救えなかった後悔は、一生消えない。そんなところまで、私の真似をしなくていい」


 その言葉に、アカネの瞳が見開かれた。一瞬、唇を結んでから――しっかりと頷く。


「はい。行ってきます!」


 そして、去る前に、彼女はもう一つの言葉を届けた。


〈すぐに戻ります〉


 口にはせず、思念しねんで――彼だけに。

 それが届いたことを示すように、セイメイは表情を緩め、そっと頷いた。

 アカネの頬がわずかに赤く染まる。思念で伝えられる関係――それは、心が通じている証だった。

 アカネは手のひらを掲げて、式神しきがみを呼び出す。風をまとった幻想的な姿の式神の背にまたがり、空へと舞い上がる。


「お願い、連れてって!」


 空を裂く疾風となって、彼女は翔けていった。


* * *


 南門前にリサが到着する。


滝中たきちゅうのリサです。お待たせしました!」


 桜中騎馬隊二十騎が、陽の光を背に受けて整然と並び立っていた。


「桜丘中学校のユイナです。リサさんを私たち桜中騎馬隊が支援します」


 先頭に立つユイナの声は、りんとしていて優しかった。


「門を出ましたら、私たちは念魔の群れに突撃をかけます。リサさんは、そのまま西へ……いえ、『右手方向』へ向かってください」


(右ね。うん、分かる)


 方向音痴である自分に『右』と言い直してくれた心遣いに、胸が温かくなった。


「ありがとうございます」


 一礼しようとしたとき、すっと現れたのは――


「桜中のレオンです」


 そう名乗った剣士は、洗練された騎士のようだった。


「お兄さんのような剣士になりたくて、日々鍛錬たんれんしています。ですので、ヒユウのもとへ向かうあなたを支援できること、とても光栄こうえいです」

 

 その大人びた言葉に、リサは慌てて頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします!」


 かしこまるリサに、レオンが微笑む。


「桜中、整列ッ!」


 ユイナの号令が響いた。その声に合わせて、騎馬隊が一糸いっし乱れぬ動きで隊形を整える。


「これより、念魔に突撃をかける!」


 ユイナの声が、一段と鋭さを増す。


「ヒユウのもとへ向かうリサさんに、念魔を近づけるなッ!!」


「おおッ!!」


 大地を震わす気迫が満ちる。


「開門!」


 ゴゴゴゴゴ……!


 重厚な音とともに、南門が開かれていく。


「出撃ッ!」


 ユイナの指示と共に、騎馬隊が風を切るように走り出す。

 砂塵さじんを巻き上げながら、リサを囲むようにして突き進む。前方には、幾体もの念魔の群れが迫っている。


「リサさん! あちらへ!」


 ユイナがリサの前で、右手を大きく掲げて指し示す。リサはファルの手綱を引き、その方向へ駆ける。


「ご武運を!」


 横で走るレオンがそう言い、胸に手を当て静かに敬礼する。

 そして桜中の騎馬隊全員が馬上でリサに敬礼を送った。それは、ヒユウのもとへ向かう者への、敬意と、願いと、未来への祈りを込めた儀式のようでもあった。

 胸に手を当てているユウとパジャマを伴いながら、リサは右手へと駆けていく。

 レオンが、ふと空を見上げる。


「ヒユウ……今度は、僕が『あなた』に勇気を贈る番です」


 呟くその先、雲間から差し込む光のなかを、疾風のようにアカネが駆けていく。

 式神の背にまたがり、空を翔けながら、まっすぐにリサのもとへ向かう。


 こうして、想いを繋ぎ、力を託し――すべては、ひとりの少年のもとへ集まっていく。

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