第27話
南側の戦場に
それは、荒れ狂う闇の
その先頭は、人型の上位念魔・魔人だった。その姿は人に近いが、まとう気配はまるで異質。
「今頃、巨人は南の戦場で暴れているだろうな」
「いかに強き剣士がいたとしても、恐怖が
「ははっ、これでは勇者だろうが大魔導士だろうが、ひとたまりもない」
この奇襲こそが、南部戦線を一気に崩壊させると確信していた。
「このまま突撃すれば、
先頭にいた魔人がふと言葉を止め、視線を前に向けた。
その視線の先――丘の頂に、一人の少年が立っている。
風になびく
「こんにちは」
静かに芯の通った声が響く。
「こいつは……」
「ん? 僕のこと、知ってるんですか?」
にこりと微笑む少年。
魔人たちは口を結び微動だにしない。
「自己紹介した方が良いですね。僕の名前はヒユウ。イズルとミカの息子で、タケイとマヤの弟。そして、ユウとパジャマのヒーローです!」
最初は照れながら、最後は嬉しそうに名乗る。
その異様さに、魔人たちの空気が
「改めまして、こんにちは。思ったよりも遅かったですね」
ヒユウの声は確かに彼らの『心』に響く。
「遅かった……だと?」
「この数を前にして、貴様……!」
挨拶は返らず、ヒユウがため息をつく。
「さっき、笑い声が聞こえてましたけど、何か楽しいことでもあったんですか?」
「ふははは。いや、これからが楽しいのだ」
魔人の赤黒い瞳が揺れ動く。
「貴殿たちを邪念の一部にするという、最高の愉しみが待っている」
「……そうですか」
ヒユウはほんのわずかに姿勢を正す。空気が震え魔素が満ちる。
柔らかな眼差しの奥に、覚悟の光が宿った。
「じゃあ、僕はそれを全力で止めないといけませんね」
年齢と力は釣り合うはず――という常識は、この少年の前では意味をなさない。
「念魔の一部を南へ向かわせろ。その動きで奴をかく乱するのだ」
ミノタウロスが
「あっ! そっちは、いけませんよ!」
ドンッ! ドンッ! ドオオオォォン!!
大地が揺れ、空気が裂け、光が走る。
愛馬のファルはすでに南門へ向かわせた。巻き込む仲間もおらず、魔力を阻害する結界もない。
放たれる魔法は完全解放された魔力によるものだ。
「なんだ、この威力は!」
ヒユウ本人は両耳を押さえ、目をぎゅっと閉じている。
「……あ。すみません、音がすごくて」
そっと目を開けてバツの悪そうな顔をする。
「皆さんが遅かったので、少し準備しておきました」
にっこり笑って肩をすくめる。
魔人たちが、この少年相手に戦力を割く余裕がないことを悟る。
「全軍でかかれ! あちらは構わん、
その言葉に、ヒユウの眉がわずかに動く。
「巨人? 巨人ですか?」
驚きではない。余裕と確信を感じさせる声音。
ドゴォォォォンッ!!!
遥か南から地鳴りのような
「巨人は、たった今、いなくなりましたよ」
ヒユウの笑顔は『誇り』そのもの。
「僕の親友は、最強の剣士なんです」
魔人たちは再び
「ということは、貴殿は一人ということだ。はっきり言えば、貴殿の魔力以外にも他の力を感じたから様子を見ていただけだ」
それが出現を遅らせたとでも言いたげな魔人である。
「そうなんですよ。カインとシホの
「だが最終的には一人だとばれたがな。勇者とは孤独なものだろう? 大事な局面を独りで背負う」
魔人の嘲笑に、ヒユウは少し考えるように目を上げた。
「独り? 違いますよ。僕は、独りじゃありません」
「……は?」
「心の中にみんながいるので、独りではないですよ」
「はっ……くだらん幻想を。そこにいなくてはどうやって戦うんだ?」
「そこにいても、心の中にいない方が問題です」
ヒユウの声は今までで一番力強かった。
「でも、心の中にいれば、いつだって一緒にいられる。見えませんか?」
「……ああ、見えんな」
ヒユウは笑った。その笑みはどこか寂しさを含んでいた。
『見えない人には、見えない。信じてる人には、ちゃんと見える』
いつも父が、笑いながらそう言ってくれた。
『父さんの心には、いつもヒユウがいる。独りじゃないんだよ』
だから自分も、そう思えるようになった。
家族も。仲間も。手を伸ばしてくれた人たちも。それに今も――
〈ヒユウ、作戦どおりだよ。
〈ふふふ、そうみたいだね、ロイ〉
ずっとロイが
「それでは、独りではない貴殿に、この念魔の全部を受けとめてもらうとするか」
魔人が皮肉を込めて告げると、念魔たちが一斉に身構える。
「ええ、いいですよ」
ヒユウが右手を横に伸ばす。掌に光が集まり、一本の槍となって
「ここから先は一歩も通しません!」
その声は鋭く、強く、大地に響き渡った。
念魔の前に、堂々と立ちはだかっているのは――
西の平原を舞台に、ヒユウただ一人の決戦が始まろうとしている。
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