第27話

 南側の戦場に巨人ギガントが現れた頃――西の平原に、重々しい『黒い影』が迫っていた。

 それは、荒れ狂う闇の奔流ほんりゅうのような念魔ねんまの一群。

 その先頭は、人型の上位念魔・魔人だった。その姿は人に近いが、まとう気配はまるで異質。


「今頃、巨人は南の戦場で暴れているだろうな」


「いかに強き剣士がいたとしても、恐怖が蔓延まんえんすれば邪念じゃねんは連鎖する」


「ははっ、これでは勇者だろうが大魔導士だろうが、ひとたまりもない」


 この奇襲こそが、南部戦線を一気に崩壊させると確信していた。


「このまま突撃すれば、一網打尽いちもうだじんに……」


 先頭にいた魔人がふと言葉を止め、視線を前に向けた。

 その視線の先――丘の頂に、一人の少年が立っている。

 風になびくあおき隊服の裾。右手は軽く背に添えられている。


「こんにちは」

 

 静かに芯の通った声が響く。


「こいつは……」


「ん? 僕のこと、知ってるんですか?」

 

 にこりと微笑む少年。

 魔人たちは口を結び微動だにしない。


「自己紹介した方が良いですね。僕の名前はヒユウ。イズルとミカの息子で、タケイとマヤの弟。そして、ユウとパジャマのヒーローです!」


 最初は照れながら、最後は嬉しそうに名乗る。

 念魔ねんまとしては、探していた人物に名乗られる必要などない。だが、少年はまるで客人を迎えに来たかのように悠然としている。

 その異様さに、魔人たちの空気がよどんだ。


「改めまして、こんにちは。思ったよりも遅かったですね」


 ヒユウの声は確かに彼らの『心』に響く。


「遅かった……だと?」


「この数を前にして、貴様……!」

 

 挨拶は返らず、ヒユウがため息をつく。


「さっき、笑い声が聞こえてましたけど、何か楽しいことでもあったんですか?」


「ふははは。いや、これからが楽しいのだ」


 魔人の赤黒い瞳が揺れ動く。


「貴殿たちを邪念の一部にするという、最高の愉しみが待っている」


「……そうですか」


 ヒユウはほんのわずかに姿勢を正す。空気が震え魔素が満ちる。

 柔らかな眼差しの奥に、覚悟の光が宿った。


「じゃあ、僕はそれを全力で止めないといけませんね」


 年齢と力は釣り合うはず――という常識は、この少年の前では意味をなさない。


「念魔の一部を南へ向かわせろ。その動きで奴をかく乱するのだ」


 ミノタウロスが獣魔じゅうまを引き連れて駆け出した。


「あっ! そっちは、いけませんよ!」


 ドンッ! ドンッ! ドオオオォォン!!

 

 大地が揺れ、空気が裂け、光が走る。

 炸裂さくれつした爆裂魔法の威力は、南側の戦場で使われたものとは桁違いだった。

 愛馬のファルはすでに南門へ向かわせた。巻き込む仲間もおらず、魔力を阻害する結界もない。

 放たれる魔法は完全解放された魔力によるものだ。


「なんだ、この威力は!」


 ヒユウ本人は両耳を押さえ、目をぎゅっと閉じている。


「……あ。すみません、音がすごくて」


 そっと目を開けてバツの悪そうな顔をする。


「皆さんが遅かったので、少し準備しておきました」

 

 にっこり笑って肩をすくめる。

 魔人たちが、この少年相手に戦力を割く余裕がないことを悟る。


「全軍でかかれ! あちらは構わん、巨人ギガントに任せておけ!」


 その言葉に、ヒユウの眉がわずかに動く。


「巨人? 巨人ですか?」


 驚きではない。余裕と確信を感じさせる声音。


 ドゴォォォォンッ!!!

 

 遥か南から地鳴りのような轟音ごうおんが響く――巨人が倒れた音だ。


「巨人は、たった今、いなくなりましたよ」


 ヒユウの笑顔は『誇り』そのもの。


「僕の親友は、最強の剣士なんです」


 魔人たちは再びわらう。


「ということは、貴殿は一人ということだ。はっきり言えば、貴殿の魔力以外にも他の力を感じたから様子を見ていただけだ」


 それが出現を遅らせたとでも言いたげな魔人である。


「そうなんですよ。カインとシホの幻惑げんわくを作るの、けっこう苦労したんです」


「だが最終的には一人だとばれたがな。勇者とは孤独なものだろう? 大事な局面を独りで背負う」


 魔人の嘲笑に、ヒユウは少し考えるように目を上げた。


「独り? 違いますよ。僕は、独りじゃありません」


「……は?」


「心の中にみんながいるので、独りではないですよ」


「はっ……くだらん幻想を。そこにいなくてはどうやって戦うんだ?」


「そこにいても、心の中にいない方が問題です」


 ヒユウの声は今までで一番力強かった。


「でも、心の中にいれば、いつだって一緒にいられる。見えませんか?」


「……ああ、見えんな」


 ヒユウは笑った。その笑みはどこか寂しさを含んでいた。


『見えない人には、見えない。信じてる人には、ちゃんと見える』


 いつも父が、笑いながらそう言ってくれた。


『父さんの心には、いつもヒユウがいる。独りじゃないんだよ』


 だから自分も、そう思えるようになった。


 家族も。仲間も。手を伸ばしてくれた人たちも。それに今も――


〈ヒユウ、作戦どおりだよ。念魔ねんまには、ヒユウを動揺させるしか術がないみたいだ〉


〈ふふふ、そうみたいだね、ロイ〉


 ずっとロイが思念しねんをくれていた。


「それでは、独りではない貴殿に、この念魔の全部を受けとめてもらうとするか」


 魔人が皮肉を込めて告げると、念魔たちが一斉に身構える。


「ええ、いいですよ」


 ヒユウが右手を横に伸ばす。掌に光が集まり、一本の槍となって顕現けんげんする。


「ここから先は一歩も通しません!」


 その声は鋭く、強く、大地に響き渡った。

 心槍しんそうを構え、ヒユウが一歩、踏み出す。

 念魔の前に、堂々と立ちはだかっているのは――滝中たきちゅう全員が想いと憧れをせる『勇者』の姿だった。

 西の平原を舞台に、ヒユウただ一人の決戦が始まろうとしている。

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