インタールード ―無垢の神―
箱丸祐介
プロローグ
いつの世もいきなり親しい知人が消えれば親しかったものは心配し、何日も何週間も何か月でも探してしまうものだろう。
足跡の1つに至るまで調べつくし、八方塞がりになって冷静になってからやっと実感が湧いてくる、「あぁ――—あの人はもう居ないんだ」と。
年を越すごとに少しずつ思い出だけが鮮やかになって、少しずつ忘れていってしまう。
それが日常を過ごす、ということなんだろう。
だからこそ戻ってきつつある日常の中で彼らに来た一通のメールは、色々な思いと心を躍らせ、気分を盛り上げる。
「久しぶりに会わない?」
「この3年間でなにがあったのか、話そうと思うんだ」
メールへの返事を済ませた後、高鳴る胸の鼓動を抑えるのもやっとの
状態、約束の日時は明日の午後6時。
「やった、じゃあみんなで宅飲みで決まり! 場所は実家じゃなくてアパートで住所は送っておくから。おすすめのお酒とかあったら買ってきてよ」
明日はいい日になりそう――なんてテンプレートみたいな言葉を言って、ベッドに横になる。
そして迎えた約束の時間、少し早く着いてしまった2人はアパートの外で買い物袋を持って立っていた。
片方は女性で身長は170くらいの標準的な身長で黒髪のショートカットで、身動きの取りやすい服装に身を包んでいた、名を雪白優花(ゆきしら ゆうか)
もう1人は2m近い巨体に筋肉質な身体を持つ屈強な男、名を大成(たいせい)
本来なら3人の共通の知り合いがもう1人この場に来ているはずだったのだが、急な仕事が入ってしまい来れなくなっていた。
「今はこんなところに住んでるんだね若葉さん」
「あぁ、久しぶりに会うのにいきなり自宅というのも少し気が引けるが」
「何かあるのかもね3年前に居なくなったときも、色々な場所探したのに見つからなかったし」
「雄大さんもこれればよかったんだがな」
「もしかしたら2人は私達の知らないところで会ってるのかもね、じゃなきゃ仕事より若葉さんを優先すると思うし」
「あの人も色々あるんだろう、秘密主義だしな」
2人は毎日のように仕事で同じ時を過ごし、私生活も共にしている程の関係でアパートへも2人で一緒に来ていた、そんな2人の元にまたメールが届き2人は手首に着けている時計型の端末を見る。
差出人は宅飲みの誘いをしてきた一式若葉からだった。
「酒を買うのに15分くらい遅れるから先に家の中に入って待っていてくれ、鍵は開いてるからさ」
同じ文章に目を通した2人は目を合わせる。
「そういうことなら荷物も重いし先に入って待ってようか」
「そうだな」
2人はアパートへと入り、若葉の部屋の玄関を開ける。
中は綺麗に整頓されており、普段から綺麗にしているのだろうとわかる、買い物袋を降ろした2人はリビングのソファーに座り、室内を見渡す。
「綺麗な部屋、相変わらず綺麗好きなんだね」
「あぁ、それにしても1人暮らしにしては随分と家具が多いな」
「お客さん用とかじゃない? あれクローゼットが開いてる」
「俺達しか入らないとはいえ、玄関にも鍵を掛けていないし不用心だな」
「ちょっと抜けてる所はあるからね。あれ、これ見てよ」
クローゼットの戸を閉めようとした優花の目に若葉の物とは思えない、小学生高学年から中学生くらいのサイズの服が見える。
「親戚の子の服とかかな?」
「そうじゃないか? 親戚が居るなんて話は聞いたことが無いが」
「まぁ身を隠してたくらいだし、話せない事情もたくさんあるだろうから詮索はしないでおこうか」
ソファーに座り直し若葉の帰りを待とうと腰を下ろしかけた時、インターホンが鳴り、その音が室内に響き渡った。
「はーいっ」
「待て優花、相手が誰かわからないのに出るのは」
「もしかしたら宅配かもしれないし、そうなら受け取ってあげないと可哀そうでしょ?」
「いや、だとしてもだな」
何気なく音に反応した優花が大成の制止も聞かずに玄関のドアが開かれる。
現れたのはローブを纏い全身を隠した少女、ローブが所々血や泥で
汚れているが、ローブの中から見えた少女の顔はそんなものが着く場所にはいかないであろう思春期程の年頃に見えた。
「若葉さんの家なのに若葉さんが居ない? あなた達は…?」
最初は笑顔を浮かべていた少女の顔が徐々に曇っていく、それは家に帰って来たのに、見慣れない顔の者たちがいることに対する直感的な危機感からか、それとも若葉が居ないが故か。
大気が揺らめいた、少女を中心に部屋の至る所から蜃気楼のように空間が震える。
「何っ!?」
「下がるんだ優花!」
優花が体を仰け反らせた瞬間だった、優花と大成の身体が宙に浮かび透明な触手のような物に締め上げられる。
服越しの部分は柔らかく感じるがそうで無い部分は少しでも動かしたら切れてしまいそうな程刃物のような鋭い感覚が走る。
少女の顔は怒りと殺気を浮かべ、その深緑の瞳は今にも心臓を止めそうな威圧感を感じさせる。
「若葉さんは?」
怒気を込めた声で、しかし触手で潰してしまわないように理性も保ちながら抑えるような声で言う。
「私達は…若葉さんの友達よ…若葉さんは多分…もう少ししたら帰って…」
怯えと不安を強引にかき消して声を絞り出して言う、そして同じ感情を少女からも感じた。
「あなた達は若葉さんの友達…? 虚空神話の人じゃないの?」
「虚空神話…?」
持ち上げられた優花の背中から背負っていた物が床に落ちる、それが一生懸命に弁解しようとしていた自分たちの首を絞めるとは思わなかった。
カタッと音を立てたそれは、折りたたまれた特殊な形の白い棒。
それは少女の目には何かの武器のように見えてしまった。
「武器っ!? やっぱりそうなんですね!?」
「あなた…これが視えるの??」
触手の締める力が強まる。
「もう、いいです」
死を覚悟する大成が無理矢理振りほどこうと力を込めた時だった。
閉まっていた玄関のドアが開き、開いたドアから一式若葉が姿を現した。
「ただいまー。ごめんね、お酒買うのにちょっと手間取ってさ」
ビニール袋を片手に聞き覚えのある声が聞こえてくる、それを聞いて1番に反応した少女が2人の束縛を解いて若葉の元へと向かう。
「若葉さぁん!!」
少女が若葉に抱きつく、周りなんて気にせず必死になりながら彼女の身体に顔を埋めて泣きじゃくる、母親の帰りを待っていた子供のように、先ほどまでとは違い純粋無垢な子供のように。
それを見た若葉も状況を把握したのか優しく抱き返した。
「おかえり」
と優しく言って。
少し気を失っていた2人は気が付くと机の上にはグラスに注がれた酒と広げられたお菓子、そしてリンゴジュースがコップに注がれていた。
目を覚ました2人に気まずそうに目くばせしながら先ほどの事を黙っていて欲しそうに少女が目で合図を送る。
若葉は先ほどのような異常な事態も知らないのだろう。
「ほら、2人ともいつまで寝てるんだ? 今日はとことんまで飲むぞ!」
「は、はい」
それから飲み会が始まり、少し間を置いて自然と3人の視線が集まった少女が口を開く。
「お、お2人は初めましてですよね、私は冰鞠(ひまり)って言います」
「初めまして、私は優花。こっちの大きいのが大成っていうの、よろしくね」
先ほどの事など何もなかったように優花が率先して自己紹介を返す、大成の方は顔には出ていないものの警戒心が嫌でも高まっている。
「あの、パパなら知ってるのかもしれないけど2人の関係って?」
「えっと…あの…」
ばつが悪そうに冰鞠は言葉を詰まらせる。
「私が代わりに説明するよ、雄大も知らないことだ。ちょうど3年前くらいに出会ったんだ、それから2年くらい一緒に暮らしてたんだけど」
雰囲気で次に出る言葉を察したのか、冰鞠の表情が固まる。
「冰鞠は1年前に突然消えた。外におつかいに行ったきり、消えてて…ずっと今のいいままで探してたんだけど、手がかりすら見つからなくてさ。ねぇ、冰鞠ちゃん1年間どこで何をしていたの? それにさっきまで着ていたローブ、血と泥が着いてたけど本当になにがあったの?」
「私、誘拐されていたんです、1年前のあの日からずっと」
それから先は言葉が出てこないのか、冰鞠はしばらく唸っている、その様子を見た若葉が再び冰鞠を抱きしめた。
「大丈夫冰鞠ちゃんが帰ってきてくれただけで本当に嬉しいから、ゆっくりと時間をかけて現実に向き合ってくれればそれでいい」
「俺からも聞きたことがあるんですが、さっき君から神の力に近い物を感じたんだが、それに君にはこれが視えているよね?」
「えっ、あの、それは…」
大成から出た問いに冰鞠は動揺を見せる。
「これは本来、神の力を持つ者にしか視えない代物なんだが」
どんどんと詰め寄る雄大の頭を優花がはたく。
「変な事言わないの! 冰鞠ちゃんが困惑してるじゃない! 気が利かないあんぽんたん!」
「すまない、どうしても気になってしまって」
「本当にそういうとこはパパそっくりなんだから、ごめんね冰鞠ちゃん気にしなくていいからね」
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます」
「神の力?一体何を言ってるんだ大成、もう酔ってるのか?」
酒の入ったグラスを口に付けながら不思議そうな顔で若葉が口を開く。
「そうですよね! ね! 冰鞠ちゃん」
「はっはい」
(神が平気で街中に居るとはいえリミッターと偽装があるから普通の人に見えてるし宇宙人の皆も結構受け入れられてるもんね、若葉さんは神の力なんて知らないよね)
「そういえば! 若葉さんは3年間冰鞠ちゃんと過ごす以外に何をしてたんですか?」
「ん、あぁ。まぁやってみるか」
―————
「ってことだ」
「「え?」」
何かを聞いたような感覚が残る、アルコールが原因だろうか? 話は聞いた気がする、そんな感覚が2人を襲っていた、もちろんアルコールを飲んでいない冰鞠も似たような表情を浮かべていたが。
「えっと、若葉さんは何かを話してて、でも何を話してたか、覚えてない?」
「あぁ、やっぱりだめか」
「やっぱり?」
「呪いみたいなもんでね。私が勝手にそう呼んでるだけだが、情報の伝達が上手くできなくなるような、不思議な物なんだ、他人にうつったりすると嫌だから、君たちの元を離れたんだ」
「そんなことが、パパは知ってるんですか?」
「いや、あいつともこの3年間は会ってなかったよ、元々数年単位で行方不明になるなんてよくあることだろ?」
「まぁそれは否定できないですね」
「それでこっちに移り住んでからずっと調べててね、人にうつる物じゃないってわかったから、これからはまた前みたいに遊んだりできるよ」
「あれ、じゃあどうして冰鞠ちゃんとは一緒に暮らしていたんですか?」
「うーん、上手く言えないんだけど。冰鞠ちゃんは大丈夫な気がしててさ、君たちの言う不思議な力って奴を感じたのかもしれないね」
それからも時間は過ぎて行った。楽しい時間、酒を飲みかわし次第に瞼が重くなってきた2人は瞼を閉じた。
目を閉じてからどれくらい時間が経ったのだろう、違和感を覚え目を開けるが、意識がはっきりとせず、首に違和感も感じる。
朦朧とする意識の中、悲鳴のような声が聞こえた。
「ば…け…も…の」
「え、違う。私じゃない」
「やめろ…来るな…近寄るなぁぁぁ!」
その言葉を耳にした、口にしたのを最後に3人の意識は途絶える。
残された冰鞠は慌てふためいていた。
「そ、そうだ。救急車…呼ばないと」
【一式若葉を殺せ】
「何を…言ってるの? いやだそんなの」
【じゃあ、なにも見ちゃダメ】
「ねぇ! これはあなたがやったの?」
【見ちゃダメ】
「ねぇ! 何なの!! あなたは一体」
【見ちゃダメ】
「あなたは一体なんなの!!」
静まり返ったアパートの室内に冰鞠の自問自答のような声が響く、自分の中に居る何かに問いかける声だけが。
ただ、響いていた。
同日――17:00 スぺラトニック医療施設
「ふぅ、今日は暇ね。その方が助かるんだけど、アマリちゃんこれ今日のお給料。いつもありがとう」
胸元まで伸びる長い銀髪で白衣姿の女性が、もう1人室内に居た白髪で私服姿の女性をアマリと呼び腕についている時計型端末を合わせる。
ピロン! という効果音が響き、白衣の女性は椅子に座る。
「大丈夫ですよ、私にはこれくらいしかできませんし、今は雄大様もいませんから」
白衣の女性と違い私服姿で診察室に居る彼女は医療従事者には見えないが、お互いに信頼しているようだった。
「神奈さんもお暇な時くらいは少しは休んだ方がいいですよ」
「そうね、といっても仕事が無いわけじゃないから、ゆっくりはできないけど」
そう言って神奈は手元の資料に手を伸ばし中身へ目を通す。
「それにしても、もう2.3年くらい帰ってきてないんだっけあいつ、心配じゃないの?」
「そう、ですね。でも雄大様は絶対に帰って来るって言ってましたから、大丈夫ですよ」
心から心配するような表情を一瞬見せたアマリはすぐに明るい表情に戻り、笑顔を神奈へ向ける。
「多分またゼロ様からのお仕事を受けてるんだと思います、今は近くに居るみたいですけど」
「わかるんだ、羨ましいわね」
そんな少し変わった、ただ2人にとっては当たり前の日常会話を塗り替えるように、普段は聞く事の無いコンクリートを砕くような音が、地面からではなく2人が居る階層よりも高い場所から聞こえてくる。
その異音を気にして窓の外を見た神奈の目に人の形をした何かが見える。
ビルの谷間を飛びながら窓を突き破って現れたのは汚れたローブを纏った少女とその両腕に力なく抱えられた男性。
「た、助けてください!」
何かに潰されたかのように喉が押しつぶされ、傷跡には黒い跡がついている、男性は詳しく見るまでもなく確実に死んでいる。
「神奈さん」
「無理よ、私たちは医者であって、生き返すことなんて―――」
言い切る前に2人の身体を何かが締め上げ、2人の華奢な身体に痛みが走る。
痛みに耐え少女を見た神奈の目に少女の涙が映る。
「それに…ねぇ…これが人に物を頼む態度なのかしら?」
声を振り絞りながら手元にあったペンへと手を伸ばし自身に巻き付く何かへと突き刺す。
それに反応して締め付けが一瞬強くなるが、拘束はすぐに解かれた。
「お願いします」
涙交じりの声と共に少女が頭を下げる。
「はぁ、しょうがないわねわかったわ、出来る限りの手は尽くす。でも、期待しない方があなたの為よ」
「っ、お、お願いします」
男性の身体を持ち上げストレッチャーに乗せる、手遅れなのは確実だろう。
それでも2人は手術室へと向かった
気が遠くなるほどの時間を過ごして、いつの間にか時計の針は20時を過ぎていた。
男性の身体は全くと言って良いほど治らない、治るわけが無いのだが。
しかし、変わった点もあった首にあった黒い傷跡が大きくなっているのだ。
それ以外に変化はないそのはずだった、傷跡が沸騰し男の全身を覆いつくすまでは。
「アマリちゃん! 離れて!」
肉片が膨らんだガムのようにくっつき初め、人の形を成していく。異形と化した彼は沸騰する身体を動かし、人間のように歩き初め神奈へと近付いて拳を振り下ろした。
「っ」
知性の無く振り下ろされた拳は神奈の手に当たるが、痛みは無かった。
触れた先を確認すると男の体にあったようなのと同じ黒い傷跡が出来ていた。
(動きは遅い、ここで戦っても勝算は無いわね)
「アマリちゃん! 逃げるわよ!」
もう1回締め上げられるのは勘弁してほしい、そう思いながらも逃げる事を優先した。
部屋を出た2人は少し走った先で他の医者とすれ違う。
「あ、神奈さんこの辺で緑っぽい黒っぽいワンピースを着た女性を見かけませんでしたか?」
「見てないわね、そんなことより―――」
「わかりました! その患者さん逃げ出してしまったんで、見かけたら202号室に戻るように伝えてください! それでは!」
「ま、待ちなさい! そっちは」
「な、なんだこいつ! うわぁぁぁぁぁ…ぁぁぁ」
悍ましい悲鳴がこだまする、やがて人間には認識できないくぐもった音へと変化していきフェードアウトする。
悲鳴を聞いた他の人々が黒い異形を見て、その場はさらなる混乱に巻き込まれる。
「アマリ! 神奈!」
騒ぎを聞き連れた男性が1人、少女の手を引きながら2人の元に駆け寄る。
手を引かれている少女は2人に先ほど男を押し付けてきた少女だった。
2人のよく知る男性に、この状況であまり会いたくない少女、どうしてこんな状況になったのか、それは2人が手術室に居た時間に戻る。
目を覚ました優花と大成は横たわるベッドから視線を横に移すと見慣れたジャケット姿の男が立っていた。
「目を覚ましたか、お前ら2人の生体モニターに異常が出たって真美から報告があってな、何かと戦ってるのかと思ったんだが。何事もなかったみたいで安心したぜ」
「パパ」「雄大さん」
同時に男の名を呼んだ2人は徐々に喉の痛みを自覚し、咳き込むように血を吐く。
「喉の内側を切られてるみたいだな、無理に喋るな」
落ち着いた口調で話す男は白いジャケットに上半身を包み、両腕に機械を装着し左肩にはナイフ、薄目に見えるジャケットの中には銃がチラついている。
腰回りにも歩くとじゃらじゃら鳴るほどの物が入った小型ポーチが3つほど着いており、戦闘員のように見えた。
「大丈夫、それより冰鞠ちゃんと若葉さんは?」
「若葉は隣の病室に、冰鞠ちゃんって子なのかは知らないがお前らの居たアパートの女の子なら今は外に居るよ。それより、いったい何があった?」
「俺達にもよくわかりません、記憶が途切れ途切れで」
「それより、冰鞠ちゃんは外に居るの?」
「あぁ、その子もだいぶ動揺してるみたいでな。少し散歩でもして気を落ち着かせて来いって言ってある」
「そっか。ねぇ、若葉さんの所にいってもいい?」
「別にいいが、傷はあとで治してやるよ」
ベッドから身体を起こし、3人で隣の部屋へと向かう。
「よっ、若葉生きてるか?」
「ゲホッゲホッ、2人とも大丈夫だった?」
喋るのを辛そうにする若葉の元へと近付き、心配するように顔を見る。
「こっぴどくやられたみたいだな」
「だいぶね、久しぶり雄大」
「久しぶりの再会がベッドの上ってのも面白い話だがな。俺らの場合は、無い話でもないか。何があったか覚えてるか?」
「ゲホッ、冰鞠ちゃん、雄大は知らないかもしれないけどもう1人女の子がいてね、その子から透明な何かが出てきて喉を貫いたんだ。あの時の冰鞠は冰鞠じゃないみたいだった」
「それって…」
答え合わせをするように優花と大成は目を合わせる、間違いないあのアパートの一室で若葉がいなければ殺されていたかもしれないその力が、同じ状況と経験が若葉と自分たちに再び襲い掛かったのだろう。
一瞬の静寂を切り裂くように、病室のドアがノックされる。
そのノックの主が誰か察したのか若葉は顔を青くしドアから離れようとする。
怖い物しらずというわけではないが、状況を良く知らない雄大がドアを開くと、その先には冰鞠が立っていた。
「お、戻って来たのか」
迎え入れようとした雄大と若葉達3人の間にはかなりの温度差があった。
「やめろ! 来るな!」
顔を合わせずらそうにしながらも、若葉たちの方を見る冰鞠との間で、先に声を上げたのは半狂乱する若葉の声だった。
若葉から冰鞠へと向けられる目は、アパートの時のような愛らしい子供を見る目ではなくなっており、強い恐怖に駆られていた。
そして近くにあった花瓶を割り、その破片を手に握って冰鞠へと向ける。
「若葉さん、信じてください! あれは…私じゃないんです!」
そう言った冰鞠の眼は深緑へと染まっていき、徐々に大気が揺らめく。
異常な現象を見た優花と大成は身構え、若葉は4人の間を強引に抜け出し病室の外へと逃げる。
「若葉さん!」「若葉!!」
優花と雄大が声を上げ、優花が大成と共に部屋の外に走った若葉を見る。
「優花! 大成! 若葉を追え!」
「パパは?」
「俺はこの子について置く、若葉よりはこの子の方が心配だしな!」
「わかった!」
走り出した2人を見送り、雄大は少しかがみ膝を着いてへたり込む冰鞠を目を合わす。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい、自分でも何が何だか…わからなくて」
「そうか、俺もよくわからないけど、まぁ人間生きてりゃ色々あるさ。そういや自己紹介がまだだったな、こんな状況でするもんでもない気がするが、俺は雪白雄大(ゆきしら ゆうだい)さっきまでいた2人の親だ。正確にいうと片方は違うんだが、そういうどうでもいい話はしなくていいよな?」
「はい、私は冰鞠っていいます、色々あって若葉さんと少しの間一緒に暮らしていました」
「あの変わりもんと一緒に生活できるとは、追いかけたい気持ちはわかるが、今は少しだけ落ち着いてくれ、相当厄介なことになってるみたいだしな」
雄大がずっと半泣きだった冰鞠の頬をハンカチで拭い、頭を撫でる。
「まぁ大丈夫だ、あの2人ならなんとかなるさ」
落ち着きを取り戻し始めた冰鞠となだめる雄大の病室に悲鳴が聞こえる。
「おいおい、今日は忙しい日だな畜生」
ドアを開け悲鳴のした方に目を向けた雄大に冰鞠のつぶやきが聞こえる。
「次こそは上手くやらないと」
「そうだな、頑張ろうぜ。ってそれよりだ何か起きてるなら助けに行こうと思ってるんだが、来るかい?」
「はい、行きます」
上手くやらないとの意図を読めなかった雄大は冰鞠の手を引き悲鳴の方へと駆け出した。
そして、時は戻って逃げる神奈たちと合流した雄大。
「どういう状況だ!?」
「よくわかんないけど、死体が動いたのよってその子は!?」
「知り合いか? 俺の知らない所では有名なんだな冰鞠は」
「有名って言っても悪名に近いけどね! 今を含めてその子のせいで2回くらい殺されそうになってるわよ!」
「相変わらずやかましい奴だ」
2人の後ろを見た雄大と冰鞠の前に異形が映る、繋いでいた2人の手が離れ、冰鞠は放心状態になっているのかふらふらと異形の元へと足を進めている。
「有田さん…ごめんなさい…」
「冰鞠ちゃん!待て!」
冰鞠の肩を掴もうと伸ばした雄大の手が届く前に、神奈が冰鞠の前に立ちはだかって頬をビンタする。
「おぉっと」
「あなた、いい加減目を覚ましなさい! 何が合ったかは知らないしどうでもいいけどあれはただの肉塊なの! もうあなたの知ってる人じゃないのよ!」
他人から突きつけられる2度目の現実、彼女の瞳には悲しみが深く映る。
「でも、だって有田さんは、あんなに、私に優しくしてくれたのに」
再び冰鞠の目に涙が溢れる。
「ったく、言い方を考えろ。冰鞠ちゃん、あの人は君にとって大切な人、なんだよな?」
「はい」
「悪いんだが、あの人を止めさせてもらうぜ?」
少し先を見ていた異形に殺された人の死体が雄大の目に入る。
「ダメ! 有田さんを傷つけないで!!」
透明な触手が雄大を止めようとしていた、しかし触手が雄大を掴む前に雄大は動き出していた。
「カガリ!」
叫んだ雄大の手から黒い霧を纏った刀が現れ、有田と呼ばれていた異形を切り裂く。
その瞬間を見せないように神奈が冰鞠の顔を隠すように抱きしめていた。
「安らかに眠れ、化けて出てこないでくれよな」
「全く、私以上に酷な事してくれるじゃない」
「どう…して…」
「自我は無かった、早く楽にしてやるのが一番だったんだ。これ以上死人が出る前にな。気持ちはわかるが、許してくれとは言わない恨んでくれていい」
「呼んでも無いお客さんも来たみたいだし、早くここから離れましょう」
ドタドタドタと重厚な無数の足音が聞こえる。
「スぺラトニックじゃないな、招かれざる客の相手まではしてる暇は無い。アマリ、神奈と一緒に先に行け、冰鞠ちゃんは俺が連れてく」
「はい、雄大様も直ぐに」
今にも泣き崩れそうな冰鞠をお姫様抱っこで持ち上げて顔にハンカチをかぶせ死体を見せないように、2人に着いていくようにその場を後にする。
「ごめんなさい、有田さん」
遠ざかる黒い遺体に小さい声が聞こえた。
「さよなら」
若葉を追いかけた優花と大成は病院の出口で若葉にやっと追いつき、その手を掴んだ。
「若葉さん! 逃げてどうするんですか!?」
「とにかく逃げないといけないだろ! 今のうちに逃げないとまた何をされるか…」
「雄大さんや俺達も居ます、本当に冰鞠ちゃんが危険だというのなら止めなければ!」
「あれは冰鞠じゃない、私の知っている冰鞠はあんな、あんな化け物じゃなかった!」
2人の記憶に無い所で起きた悲劇の瞬間を思い出したのか、若葉は足を震えさせていた。
「でも、闇雲に逃げたって…」
「とにかく遠い所に行くんだ、アパートには戻れない。昔の家に戻るのもありだけど、そこまで追いかけてきたら…いっそ高飛びもありかもしれないな」
「せめて一緒に行きましょう、私達なら若葉さんを守ることだって…」
「そう、だね。でも」
「ねぇ、どうして2人は私を追いかけてきたの?」
「それは…」
咄嗟に「パパに行けって言われたから」と続けようとした言葉を止める、多分若葉が求めている言葉はそうではないだろう。
言い淀んだ言葉の先までその眼で見透かしたように若葉は言葉を続ける。
「2人からしたら私の方が怪しく見えているんじゃない? 私の言っている冰鞠にされた事が本当かなんて、今の君たちには判断が難しいんじゃないか?」
「でも、私は若葉さんを信じたいです。少しくらい怪しくても私達も冰鞠ちゃんに透明な触手みたいな物で締め上げられましたし」
「でも、冰鞠は救急車を呼んで私たちを助けようとしたんじゃないか? 実際には雄大が先に来たとはいえ、3人を1人で運ぶのは難しいだろうし、私があの子に酷いことを言っているように見えると思うけど」
若葉が一際真摯にそう切り返す、先程も見せた全てを見透かすような眼が、再び優花の心を深くのぞき込んでいるようだった。
「私は結構質問に答えたからさ、今度はそっちが答えて欲しいんだ」
いままでの焦りが嘘かのように落ち着いた言葉が巻き付くように退路を断っていく。
「わかりました」
「私と一緒にどこまでも着いてきて本当に守ってくれる? 信じてくれる?」
「もちろんです、どこまででも若葉さんの安全が確保されるまでは」
「その後は? それにもし途中で私が真面目に生きてる人間じゃないってわかっても、それでも私を守ってくれるの? 例えば私が罪のない人を殺そうとしても」
「それは…それが本当に正しい事で必要な事なら」
「そっか、ありがとう色々と答えてくれて。優花の事よくわかったよ。大成も同じ気持ちだろう?」
「はい」
そういうと若葉は少し肩を落として2人に背を向け、歩き始める。
「ごめん、変な事聞いて。私は行くよ、冰鞠の事とか今後の事で頭が一杯でさ気が動転してたみたいだ、1人で行かせて欲しい」
「待ってください!」
「ついてこないで! 1人にさせてくれ…」
「でも! 若葉さんを1人には―――」
言葉を続けようとした優花は突然意識を失った、隣に居た大成も同様に…
そして、目を覚ました時には再び病院のベッドの上だった。
時間はかなり過ぎている、周りに居た雄大達4人が心配そうな表情で2人の目覚めを喜ぶ。
「どうやら説得は失敗したみたいだな」
「パパ…それにみんなも」
「その感じ、雄大さんはなにかご存じなんですね…」
「まぁ、色々とな。あんまり人に話すことじゃないんで話してないが、そっちでなにがあった?」
「それは―――」
少しの間記憶に残っている若葉とのやり取りを共有し、間を置いて雄大が口を開く。
「なるほど、あいつらしいな。俺の配役ミスだったことは謝るがいくつかわかったこともある。
まず1つ、喉の内側の傷と2人の記憶の一部欠落は冰鞠ちゃんではなく、若葉が原因の物ってことだ。記憶の欠落に関しては呪いがどうとか言ってたんだろうが。
もう1つは何かしらの大きな目的が若葉にはあるんだろうな」
「よくわからないわね、後者の方は完全な推測じゃないの?」
「いやぁ、それがそうでもない。病室から出て行った時といい2人が追いかけて行った後の事といい、若葉のやつは普通に喋ってたんじゃないか?」
「確かに、言われてみれば」
「ということは、だ。冰鞠ちゃんやお前ら2人にはそう見せる演技が必要で、それに対するメリットがあったんだろう。俺には全くと言って良い程思い浮かばんが」
「仲間を欲しがっているように感じました、ですがその目的までは」
「会って真意を確かめる、暴走してるなら止めるしそうじゃないならぶん殴ってでも正気に戻す」
「どちらにせよ実力行使ね」
「それともう1つ聞きたいことがある、今度は冰鞠ちゃんに」
「私…ですか…?」
雄大の推測を聞き、理解が及んでしまったのだろう。暗くうつむく顔を上げ雄大へと向ける。
「君はどこで何をされていたんだい? そして虚空神話はどうして君を追っている?」
優花達が眠っていた間神奈と共に防犯カメラの映像を確認し、病院内へ侵入した者達の正体を探っていた3人は、その正体が虚空神話の者達であること。
その者たちが有田だったものの残骸を処理し、少しの間何かを探すように病院内を探索していたのを見ていた。
「どうして、それを知っているんですか?」
「さっきからニュースが虚空神話で起きた事件の事で持ちきりでな、なんでもかなりの被害者がでたとか、それに変異する前の有田って奴の服装。病院に来た奴ら同じような服装だった。
色々な推理要素を加味した上で予想で言ったんだが、当たりだったみたいだな。聞いといてなんだが話さなくてもいい、赤の他人には話ずらいことがあるだろうしな。
それよりも俺は君がどうしたいかの方に興味がある、若葉を探したいんだろ?」
「私は、若葉さんと過ごしていた1年前のあの日常に戻りたいです」
そう言った冰鞠は自身のスカートのすそを両手で強く握る、何かを決意したように。
「だから、もう一度若葉さんに会ってちゃんとお話したいです」
「なら、取り戻そうぜその日常ってやつを、そのためなら俺はいくらでも力を貸してやる。若葉のやつに言いたいことがあるのは俺もそうだしな」
「私も、若葉さんを信じたい。パパ程付き合いが長いわけじゃないけど、それでも大切な人だから」
「そうだな、俺も手伝う」
「私は雄大様に仕えるのが仕事ですから、それを抜きにしても冰鞠さんに協力したいです」
「この流れで私は嫌、とは言えないわね。それに、この手の傷も治し方がわからないし、ついでにってことでちょうどいいわ」
雄大の言葉に神奈以外は賛同し、神奈自身もしぶしぶといった表情ではあるが頭を掻きながら了承する。
「といっても正直今の状態じゃ手詰まりだな、なにから探したもんか」
「あの、私を助け出そうとしてくれた有田さんのお家へ行ってみませんか? 虚空神話の方だったので何かヒントがあるかもしれません」
「そうね、それ以外じゃ虚空神話へ強行突破するくらいしかないし」
「道中、雄大さんが質問された事も答えられる範囲でお話しします」
「無理しない範囲でな、車回してくるから少し待って―――」
言葉を遮る音が病室へ響く、音を出したのは雄大の携帯端末だった。
着信を確認した雄大は電話に出る。
「もしもし?」
「は? いたずら電話か? 切っちまうぞ?」
「ったく、次から次へと…わかった、直ぐに向かうから場所を教えろ」
電話を切った雄大の表情が一変する。
「神奈、他の連中とその有田ってやつの家に向かってくれ少し遅れて合流するから」
「ん、わかったわ」
「冰鞠ちゃん、俺がいない間に神奈にいじめられる事があったらあのアマリってお姉ちゃんにいうんだぞ」
「そんなことするわけないでしょ! 急いでるなら早く行きなさい!」
「おう、じゃあな! また後で」
急ぎ足で部屋を出ていく雄大を見送った一行は微妙な距離感で車のある場所へと歩き出す、まだ少し拭えていない恐怖感を感じている優花と大成。
そして目の前で異形と成り果てたとはいえ、大切な者を失う悲しみを幼い子供へ与えてしまった、見せてしまった罪悪感を抱える神奈とアマリは。
ゆっくりと歩を進め、有田の家へと向かうのだった。
HO5
あなたは??????????前からの一式若葉の友人である、今の一式若葉の??が??であることは知っているが、元々????だった彼女と親しくしていたため仲良くしていた。
HO1と同じく3年前から一式若葉とは音信不通になっていた。
インタールード ―無垢の神― 箱丸祐介 @Naki-679985
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