第5話
「うーん、なんかイマイチなデザインばっか…」
小さく呟くと、青年に頭を叩かれた。
「たっ!」
いったいなぁ…。
どんだけ乱暴なんだよこの王子?
ガラスの中のぐるぐると巡っていた水が揺れる。
「だって、なんか数字が書いてあるやつばっかだし。シンプルなの魔法でつくりたい…」
店主がいないことを確認してぶつぶつと呟いた。
数字、そんなに好きじゃないしさ…。
今は赤い屋根の装備屋を物色している。
青年の言っていた通り、街の家は全てガラスでできていて、その中に流動的に水の粒子が蠢いている。
「言っとくが、この世界では電卓魔法以外の魔法の使用は認められていない」
えー。
「でも、電卓魔法で作ればいいじゃん」
数字遊びを考えるのは難しそうだが、できる気がする。
『1+1=田』みたいに。
「魔法で無から物質を作り出すには体力がいる。武器を生成するのでも、服を作るのでも」
青年はいつもの説明口調に入っているようだった。
「電卓魔法で作られたものは、いわゆる数字の粒子でできている。電卓魔法に必要な力は──」
「発想力、魔力、あと日光」
青年のセリフを私が引き取った。
説明されっぱなしも、あんまりいいものじゃない。
ペースが崩れたのか、青年は店内のものを物色し始めた。
自分だけの世界観を持ってる人っぽいなぁ。
青年はいつのまにか持っていたリンゴを弄びながら口を開く。
ここ、装備屋だよね?
「それも必要だが、最後に必要なのは数字把握能力。人の体のほとんどが数字でできているのはしっているか?」
「人の70%が水なのは知ってるけど」
人を見たって、数字が見える!なんて人はいないでしょ。
「たとえば、身長、体重。これも数値化できる。心拍数、体の酸素濃度、体の巡っている血液の速さ、水のパーセンテージも、数字でできている」
それで?
「電卓からものを生成すると言うことは体の中から数字を取り出し、数字の粒子を魔法で実体化させると言う行為そのものだ」
ん?
どういうこと。
数字って粒子があるんですかね?
「だから体力を消耗する。数字を扱うのも難しいから、こう言うものたちになるんだ」
青年は棚の一番上にあったド派手なアロハシャツを指さした。
だれが着るの、あんなの。
どうやったら数字からあんなのができ────
「…!」
私は息を、呑みすぎと言うほどに呑んだ。
それは、青年の背後に絶壁と言ってもいいくらいの肉の壁が現れたからだ。
その人は左目に眼帯をしていて、腰にはサーベルを引っさげている。
うわぁ…もしかして、店主さんじゃないですよねー…。
「うちの装備がそんなに不満か」
店主だったー…!!!
や、ばい、のか?
青年の顔を見る。
青年の顔には───────『881《ヤバい》』と書かれていた。
比喩、ではなく。
881ってヤバい、なの?
8と8で読み方がちがうのがなんだか変だ。
感情が数字に出るのってなんかめんどーってそんなこと言ってる場合じゃない!
ずっしーん…ずっしーん…。
ガラスの中の水を波立たせながら店主は私たちに近づいてくる。
ヤバい。
これは、確実に、摘み出されるパターンだっ!
私の予想通り店主は私と青年の首根っこを掴み、私たちを街道に放り投げた。
ぴっしゃん。
派手な音をたてて数字の道にダイブした。
う、全身数字まみれ…。
私の左耳には「√」が引っかかり、指の間には「569569÷7」が挟まっていた。
青年は不満そうに頭の上の「n!」をはたく。
「よし、決めた」
青年は立ち上がりながら口を開いた。
決めたって、なにを?
「ここの街で買うのは諦めよう」
「えー…」
一応嫌がったものの、城下町には装備屋が一つしかないと言うのを聞いて、諦めざるを得なかった。
服掴まれたせいで首元よれた…。
あんな店主、今時いるもんなんだね。
この世界にほんとーに危機が来ているのか、不安になるほど(その方がいいんだけど)平和だ。
魔法少女にならなくて済むかも?なんて。
「ねえ、魔王ってどこにいるの?」
青年が振り返る。
「んー、どこだっけ」
おい。
世界救う気ある?
「あ、あそこだ」
青年が思い出した!とものすごい勢いで空を指差す。
そこには、はるーか、とおーくにある、紫のもやもや。
いや、遠すぎね?
「そう。これから長い道のりだ」
ながいって。
魔法少女は勇者パーティーみたいに長く旅するもんじゃないでしょ。
「途中で仲間集めも必要だから」
「えーっ。次の街はどこにあるの?」
「ここから3日歩いたところ」
遠いって。
どっかで馬車でも捕まえれないかな。
青年の視線の先には────童話の挿絵をくり抜いたような、森が生い茂っていた。
街道はまっすぐ、深緑の森へと伸びている。
多分、次の街に行くには森を抜けなければならない、と言ったところだろうか。
うさぎ化する青年と、ロリコンエルフの旅が、ようやく始まる────。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます