残業帰りに異世界の少女を拾いました

hashi

第1話 とある少女との出会い

終電を逃したのは、これで三日連続だった。


「……またかよ」


蛍光灯がまだ光るオフィスには、もう誰もいない。残っているのは、俺と山積みの書類、そしてブラック企業の現実だけ。


俺の名前は、佐藤悠真(さとう・ゆうま)。

27歳で、IT企業で勤務している。

残業続きで、3日連続で終電を逃し、気づけば外はいつも夜である。

休日出勤も当たり前で、上司の口癖は「若いうちは働いてナンボだ」である。

……正直、何のために生きてるのか、わからなくなっていた。


「家まで歩くか……」

会社からアパートまでは徒歩30分の距離で

人気のない深夜の道を、とぼとぼと歩く。


10月というのに、こんなに寒い日は何年ぶりだろう。

冷たい風が頬をかすめたその時──

ふと、公園の前に人影が見えた。


「……え?」


街灯の下に立っていたのは、ひとりの少女。

白銀の髪が夜風に揺れ、青い瞳がまっすぐ俺を見つめている。

薄い薄ピンクのマントに汚れた白いブーツ。

まるでファンタジー映画から抜け出したような可愛らしい少女の姿があった。


「……お兄ちゃん?」


思わず、僕は立ち止まる。

「は? 誰のこと?」

少女は首をかしげ、真剣な表情で言った。


「あなたの魂の波動……間違いありません。勇者アルスのお兄ちゃんですよね?」


……何を言ってるんだ、この子は。

寝不足とストレスのせいで幻覚でも見てるのか?

目を擦り、もう一度凝視する。


「私はリリア。兄を探して、この世界に来たんです。ルミナシア王国から」

「ルミ……何?」

「ルミナシア王国。光の女神が統べる国。でも、今は闇の王が現れて、兄が……」


彼女の声は震えていた。

けれど、その瞳には確かな決意が宿っていた。


「……すみません。少しだけ、休ませてください。魔力がもう残ってなくて……」


その瞬間、彼女の体がふらりと傾き、自分のもとに倒れ込んでくる。

反射的に抱きとめると、彼女の身体は驚くほど軽く、とてもあたたかかった。


「おい、大丈夫か?」

「ありがとうございます……やっぱり、優しいんですね」


その笑顔を見た瞬間、

灰色だった俺の世界が、ほんの少しだけ色づいた気がした。


この夜の出会いが、

社畜だった俺の人生を、想像もできないほどの物語へと変えていくとは、

この時の俺はまだ知らなかった。

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残業帰りに異世界の少女を拾いました hashi @hashikurechan

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