第8話 6枚で10分の地図
全社会議まで、あと3週間。
月曜の朝。
新会社の会議室B。
ホワイトボードの前に、ことねがでかい模造紙を貼った。
真ん中に太いペンで、こう書いてある。
6枚で10分
その下に、番号付きの箱が6つ並んでいた。
1.表紙&目的
2.今どこにいるか(現状)
3.何がまずいか(課題)
4.どう変えるか(提案)
5.変えたらどうなるか(影響・メリット)
6.明日なにをするか(次の一手)
ことねが振り返る。
「……とりあえず、こう整理してみました」
結衣がパッと顔を輝かせる。
「いいですねこれ。“どこまで行ったか”がスライドの番号だけで分かる」
紗良は腕を組んで、じっと模造紙を見る。
「順番も自然ですね。“現状→課題→提案→影響→次の一手”。教科書的だけど、それが一番強い」
白石が後ろの席からぽん、と手を叩いた。
「よし。じゃあ今日は、“6枚で10分を本当にやる日”だ」
全員の視線がこっちに集まる。
俺――朝倉 迅は、覚悟を決めてタイマーアプリを出した。
ことねがペンを持って、各箱の下に数字を書き込んでいく。
「時間配分は……とりあえずの案ですけど」
1. 表紙&目的 —— 1分
2. 現状 —— 2分
3. 課題 —— 2分
4. 提案 —— 3分
5. 影響・メリット —— 1分
6. 次の一手 —— 1分
結衣が「おお」と声を漏らす。
「“提案に一番時間を割く”感じ、良きです」
紗良がすぐに現実的なツッコミを入れる。
「とはいえ、絶対1枚1分じゃ収まらない人もいますよね。“何となくしゃべり続けちゃう”タイプ」
ことねがそっと俺を見る。
「朝倉さんとか……」
「そこまで遠回しに言わなくていい」
白石が笑いながら前に出た。
「じゃあ決めよう。“どこでオーバーしてもいいけど、6枚目だけは1分で終わる”」
「最後だけ?」
ことねが首をかしげる。
「“次の一手”が1分で収まってれば、途中で少し伸びても、全体が締まって見える。逆に、最後がダラダラすると“長かった”印象しか残らない」
紗良が頷く。
「6枚目は“明日の行動”だけ。ポンポンと箇条書きで言えば、1分で収まりますね」
結衣がテンプレを打ち込みながら言う。
「6枚目の言い方、決めちゃいません? “今日決まったのは、これとこれとこれです”って、毎回同じ言い回しにする」
「いいね」
俺はマーカーを受け取って、6枚目の箱に小さく書き足した。
・誰が
・いつまでに
・何をする
「“誰が・いつまでに・何をする”を1分で言えるなら、とりあえずプレゼンは終わったことにする」
白石が肩をすくめる。
「途中が多少迷子でも、最後そこだけ揃ってれば“今日の会議は終わった”って言えるからな」
♢ 初回テストラン
「じゃあ、朝倉くん。一本目いってみようか」
最初の犠牲者は、もちろん俺だ。
テーマは、全社会議当日にやる予定の
「新サービス“ライトプラン”の社内説明」。
スライドは、ことねと結衣が昨日までに
ざっと形にしてくれている。
1枚目——タイトルと目的。
「ライトプランってなにを解決するのか」
2枚目——現状。
「今のプラン、どこでお客さんが詰まっているか」
3枚目——課題。
「営業側・カスタマー側それぞれの“困った”」
4枚目——提案。
「ライトプランの中身と、“やらないこと”の線引き」
5枚目——影響。
「売上・サポート工数・お客さんの選択肢への影響」
6枚目——次の一手。
「明日から誰が何をするか」
「じゃ、始めます」
俺はクリックして、タイマーをスタートさせた。
……結果。
7分32秒で終わった。
「え、そんなに?」
自分でも驚いた。
もっとしゃべったつもりだったのに。
ことねがメモを見ながら言う。
「だいぶ早口でしたけど、“足りない”感じはしなかったです。ただ、たぶん質問が山ほど出るやつです」
紗良が指を折って数える。
「“やらないことの線引き”が30秒くらいしかなかったので、そこに質問が集中しそうですね」
結衣がくすっと笑う。
「でも、“10分以内にちゃんと終わる”ということは分かりました。それだけでも、昨日までより進歩です」
白石は腕を組んで結論をまとめた。
「一本目の反省。」
ホワイトボードに箇条書きで書く。
・早口でもいいけど、“禁止事項”だけはゆっくり
・質問が出そうなところは、あえて“後半に回します”と宣言
・“今日はここまででいい”ラインを最初に言ってしまう
ことねが頷く。
「“今日はライトプランの全てを決める会ではありません”って、最初に宣言すれば、7分30秒でも安心できますね」
「それだ」
俺はマーカーを受け取って、1枚目の箱に小さく書き足した。
・今日決めたいこと
・今日決めないこと
♢ 二回目テストラン
昼休憩を挟んで、二回目。
今度は、結衣がプレゼンター役。
俺たちが聴き手。
スライドは同じだが、話し方は結衣流。
「じゃ、はじめまーす」
軽い声で始まり、
図とかイラストを使って、
お客さんの“つまづきポイント”を丁寧に説明していく。
……結果。
13分24秒。
ことねがタイマーを見て、目を丸くした。
「ふ、普通に超えましたね……」
紗良はノートをぱらりとめくる。
「聞いててストレスはなかったですが、会議としては確実にタイムオーバーです」
結衣は苦笑い。
「説明してて、“ここも言っておきたい”が増えました……」
白石が、ホワイトボードの端っこに
「カット用セリフ」と書いた。
「“ここから先は別資料でやります”って言う練習もしよう」
ことねが乗ってくる。
「いいですね、それ。
“10分超えそうになったら、どこを切るか”のセリフ」
「たとえば——」
俺はマーカーを受け取って、3つ書いた。
・この先は“営業向け詳細版”で共有します
・ここから先は、サポートチームとのワークで決めます
・今日の会議で決めたいのは、ここまでです
結衣が笑う。
「“ここまでです”って、言い慣れてないと勇気要りますね」
「だから練習する」
白石が時計を見た。
「じゃあ、あと1本。“途中で10分になるパターン”を、わざと作ろう」
結衣が再度プレゼンター。
ことねがタイマー担当。
9分30秒になったところで、
ホワイトボードに隠された“ベル”を鳴らすことにした。
結果。
9分32秒でベル。
結衣は一瞬だけ固まったあと、
深呼吸して言った。
「……ここまでが、今日“共有しておきたいこと”です。この先は、営業とサポートのワークで詰めていきます」
タイマーは10分3秒で止まった。
ことねが「ギリギリセーフ……!」と拍手する。
紗良がメモを見てまとめた。
「“途中で切る勇気”はこのくらいでいいと思います。“全部言えなかった”悔しさよりも、“時間を守った安心”が画面に出てました」
結衣はまだドキドキしながら笑っていた。
「ベル鳴った瞬間、頭真っ白でした……、でも、なんとかなった」
俺はホワイトボードを見上げる。
6枚の箱。
その下に書かれた小さなルールたち。
・1枚目で“今日決めないこと”も言う
・6枚目は“誰が・いつまでに・何をする”を1分で
・10分になりそうなら“ここまでです”を言う
「……これを、“6枚テンプレの地図”って呼ぼう」
ことねが目を丸くする。
「地図?」
「うん。“迷わないための地図”。“話したいことの全部”じゃなくて、“今日そこまで行けば安全”って線を決めた地図」
紗良がペンを回しながら頷いた。
「地図があれば、宇宙の人とも戦えますね」
結衣が笑う。
「創造神vs地図かあ。タイトルだけ聞くと勝ち目なさそうですけど」
白石は、いい意味で真顔になった。
「いや、地図を持ってるほうが強い」
♢
同じころ、旧会社。
御堂は自分のチームを集めて、
「宇宙セッション」の構成をホワイトボードに書いていた。
ボードの上に、でかく数字。
30枚 / 10分 = 20秒/枚
若手Aが引きつった笑顔になる。
「20秒……」
御堂は迷いなく、四角を30個描き始める。
「いいか。“1枚で言いたいことを1つに絞る”なら、20秒はむしろ長い」
若手Bが恐る恐る手を上げる。
「アニメーションとか、トランジションは……」
御堂はニヤっと笑った。
「全部使うに決まっているだろう」
若手たちの肩が揃って落ちる。
「アニメーションは“子羊の目線”を誘導するためにある。トランジションは“場面転換の祝福”だ。設計者が入れた機能は、神の道具だ。使わぬまま眠らせるのは冒涜である」
若手A「……創造神、今日はいつにも増して神ですね」
御堂は真顔だ。
「今日も神だ」
ボードに、構成を書き込んでいく。
1〜5:世界観(サービスが生まれた理由)
6〜10:機能一覧(全部)
11〜15:ターゲットユーザーのストーリー
16〜20:画面遷移・UI紹介
21〜25:売上シミュレーション
26〜28:導入スケジュール
29:Q&A
30:祝福とクロージング
若手Bが小声でツッコむ。
「“祝福とクロージング”ってなんだろう……」
御堂は、ペン先をコンコンとボードに当てて言う。
「“今日この場にいたすべての子羊に、理解と行動の祝福があるように”と締めるのだ」
若手A「10分で?」
「10分で」
御堂は時計を見る。
「では、リハーサル1本目。“神速モード”でやる」
タイマーを10分にセットし、
自分でスタートボタンを押した。
♢
結果。
17分32秒。
御堂が息を整えながら、
ペットボトルの水をひと口飲む。
若手Aは、正直に言った。
「……聞いてて、めちゃくちゃ面白かったです。でも、ぜんっぜん終わらないです」
若手Bも頷く。
「“世界観”だけで5分くらい使ってます。“宇宙が生まれた日”のくだり、ドラマとしては最高なんですけど……」
御堂はしばらく黙ってから、
ホワイトボードの前にもう一度立った。
「削るのは構わない。だが、機能を削るのは許されない」
若手たちが顔を見合わせる。
「じゃあ、どこを削るんです?」
「言葉だ」
御堂は、30個の四角のうち
1〜5の横にこう書き込んだ。
・“世界観” → 図と1フレーズで済ませる
・詳細は“読み物スライド”に回す
若手Aが「あ」と声を上げる。
「“読み物スライド”?」
御堂はうなずく。
「30枚全部を“口頭で説明する”必要はない。“読むための宇宙”と、“話すための宇宙”を分ける」
若手Bがメモを取りながら言う。
「じゃあ、10分の中でちゃんと話すのは何枚くらいに絞るんです?」
御堂は少しだけ考えてから言った。
「15枚だな」
若手A「半分……」
御堂は静かに続ける。
「15枚は“光の宇宙”。残りの15枚は“文字の宇宙”。どちらも必要だ」
若手Bがぽそっと呟く。
「なんか、かっこよくまとめましたね」
「かっこいいのではない。そうしないと10分で終わらないだけだ」
御堂は改めてタイマーをセットした。
「もう一本だ。今度は“光の宇宙だけ”を口で回す」
リハーサル2本目。
10分18秒。
さっきよりはマシになった。
若手Aが拍手する。
「おお、かなり近づきました」
若手Bもにやりと笑う。
「これ、最後に“祝福”入れてもギリギリいけそうですね」
御堂は息を整えながら、
自分のPCの画面を見つめた。
“タイトルスライド(案)”
新サービス「ライトプラン」
〜宇宙の一部を、10分で覗く〜
「……下界の子らよ。お前たちが“必要十分”を見せるなら、こちらは“宇宙の断面”を見せよう」
誰に向かってでもなく、そう呟いた。
♢
夕方。
新会社の会議室。
ことねがノートPCを閉じて言う。
「じゃあ、“6枚テンプレの地図”、これで本番用として確定にしましょう」
結衣がプリントアウトしたテンプレを三つ持ってきて、各自のファイルに綴じていく。
紗良はそのテンプレの端に、小さく付箋を貼った。
・10分を守る理由
→「聞き手の時間を奪わないため」
・6枚にする理由
→「誰でも真似できるように」
・“今日決めないこと”を言う理由
→「終わったラインをハッキリさせるため」
「これ、当日“聞かれたとき用”の答えです」
「聞かれるかな」
俺が言うと、紗良は淡々と返す。
「聞いてきそうな人が、一人いますよね」
……創造神。
結衣がふっと笑った。
「御堂さん、きっと“なぜ6なのだ、7じゃダメなのか”って真顔で聞いてきますよ」
ことねが真面目に返す。
「“月曜から金曜+締め1枚”って言います」
「いいねそれ」
白石が最後にまとめた。
「よし。“地図はこれで行く”と決めた。あとは、歩き方を体に覚えさせるだけだ」
全社会議まで、あと3週間。
神と下界の10分勝負に向けて、
こっちはようやく“地図”を手に入れた。
そのころ旧会社では、
創造神が30枚の宇宙に半分だけ光を当てる方法をひたすら練習していることを、
俺たちはまだ知らない。
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