第7話 公開セッション、神と下界のタイマン

月曜。午前10時。

新会社の会議室B。


いつもの4人+部長の白石が集まっていた。

テーブルの上には紙コップのコーヒーと、

昨日のイベントアンケートの集計。


ことねが、A4を配りながら言う。


「アンケート、だいたい出そろいました」


1枚目の上のほうに、でかい文字。


今日いちばん役立ったセッションは?


1位:「10分で終わる“必要十分”プレゼン」

2位:「創造神が語る“宇宙プレゼン”」


票数、ほぼ僅差。

コメント欄には、


・御堂さんの話はショーとして最高

・実務で使うなら“6枚ルール”かな


みたいなことがぎっしり書いてあった。


結衣がにやっとする。


「“宇宙”と“実務”って並べられてる……いいですね、この感じ」


紗良は冷静に数字を見ている。


「両方残ってるの、むしろチャンスですよね。“どっちか消せ”って話になってない」


白石が腕を組んで、資料から顔を上げた。


「……で、御堂さん本人からは?」


俺はスマホを机の真ん中に置いた。

画面には、さっき届いたメール。


差出人:御堂 誠

件名:続きは「どこかで」ではなく——


ことねが「タイトルの時点で嫌な予感が」と小声で言う。

開く。


朝倉くん


“続きはどこかで”とあったので、差し出がましいとは思いつつ、こちらから「どこか」を提案します。


公開セッションで、一度正面からやりませんか。


テーマ:

「10分で終わる“必要十分”vs 30枚で魅せる“宇宙”」


ルール案:

・同じテーマ(例:新サービスの社内説明)

・同じ時間(10分)

・事前配布資料なし

・録画・社内共有あり


創造神としては、一度“下界の声”と

正々堂々、光の下で向き合ってみたいのです。


御堂


結衣「タイトルそのまま来た……」


紗良「“録画・社内共有あり”ってさらっと書いてますけど、失敗したら一生残るやつですよね」


ことね「創造神、逃げ道をきっちり塞いできますね……」


白石が俺を見る。


「やるか、どうするか」


 



少し間を置いてから、俺は言った。


「受けるしかない、と思います」


全員がこっちを見る。


「御堂さんの“宇宙”がすごいのは、もう社内全体が知ってます。ここで逃げると、“必要十分”のほうが“ケチつけるだけの側”に見える」


結衣「アンチみたいな立場になるってことですね」


「そう。俺たちがやりたいのは、“宇宙を否定すること”じゃなくて“終わる会議を増やすこと”だから」


ことねが、ゆっくりうなずく。


「“10分で終わる世界”を見せるのが目的、でしたもんね」


紗良は腕を組んだまま、別の角度から言う。


「ルール、こっちからも条件出しておきましょう。あっちの案のままだと、“30枚で10分”は観客としては面白くても、“真似してほしくない側”に残る」


白石が頷く。


「やるなら、“見せて終わり”じゃなくて、“終わったあとにどう真似されるか”まで含めて設計しよう」



ホワイトボードに、大きく四つの枠。

1.テーマ

2.時間と枚数

3.ルール

4.勝ち筋(=何を見せたいか)


ことねがペンを走らせる。


俺は順に言っていく。


「1. テーマ。たぶん、“新サービスの社内説明”って案、悪くないです。誰が聞いてもイメージしやすい」


紗良「“日常にあるもの”のほうが、観客の目線も揃いやすいですね」


「2. 時間と枚数。時間は向こうも“10分”って書いてるので、そのまま。枚数は——」


ことねが俺を見る。


「こっちは6枚ですか?」


「うん。向こうは、制限つけないでいいと思う」


結衣「いいんですか?」


「いい。“時間の中で終わらせるかどうか”がテーマだから」


白石が笑う。


「“枚数制限なし”は、創造神へのお土産だな」


「3. ルール。

 ・事前配布なし

 ・録画はOK

 ・質疑は5分

 ここまでは向こう案どおりでいいと思います」


紗良が慎重に言う。


「追加したいのは、“終わったあと”。“視聴者に真似してほしい点を3つずつ言う”ってルールどうです?」


ことね「“やめてほしい点”じゃなくて、“真似してほしい点”」


「そう。そうしておけば、御堂さんも“宇宙の中から、必要なエッセンス”を言葉にしないといけない」


結衣がすぐスライド案のメモを作り始める。


「4. 勝ち筋。これは、“タイムアップで終わらない”こと」


ことね「10分でちゃんと“結論と宿題”まで行き着く」


「うん。それさえできれば、“枚数が少ないこと”自体は、もうどうでもいい」


白石が手を叩いた。


「よし。条件はそれで行こう。あとは——御堂さんをここに引っ張り出すだけだな」


 



PCをプロジェクターにつないで、

画面をみんなで見ながら返信を書く。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

御堂さん


ご提案ありがとうございます。

公開セッション、ぜひやらせてください。


条件について、こちらから3点だけ追加提案です。

1.テーマ:「新サービスの社内説明」で統一

2.枚数:御堂さん側は制限なし、こちらは上限6枚

3.セッションの最後に、

 「視聴者に真似してほしい点」をお互い3つずつ口頭で共有


10分という枠を、

“聞き手の時間を守りながら使いきる”ことを

こちら側のゴールとしています。


日程等、ご調整いただければ幸いです。


朝倉


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


結衣「“枚数:御堂さん側は制限なし”って、だいぶ挑発ですね」


ことね「“6枚にしてほしい”って言わないんだ?」


「言わない」


俺は肩をすくめる。


「そこで止めたら、御堂さんから見た“宇宙”が半分になっちゃうから」


紗良「こっちは、“宇宙を切り詰めさせる側”じゃない」


白石がうなずいた。


「じゃあ送ろう。——創造神への公式招待状だ」


送信ボタン。

カチ。


 



同じ頃、旧会社・会議室。

薄暗いプロジェクターの明かりの下、

御堂がメール画面をスクロールしていた。


「……ほう」


若手の一人が、おそるおそる聞く。


「どうでしたか?」


御堂は、メールを読み上げるように口の中で繰り返す。


「“御堂さん側は制限なし、こちらは上限6枚”……、“視聴者に真似してほしい点を3つずつ”……」


椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。


「下界の子らよ。創造神に向かって“制限なし”を提示するとは、なかなかの度胸だ」


若手A「怒ってます?」


「怒ってはいない」


御堂は笑った。

いつもの、ちょっと怖い笑顔。


「“自分たちの領域だけ縛って”、“こちらの宇宙には手を出さない”。それは、礼儀をわきまえた挑戦だ」


若手B「“真似してほしい点を3つ”ってルールは?」


「いいルールだ」


御堂はPCを閉じた。


「“真似させる責任”は、創造神にもある」


若手たちは顔を見合わせる。


「じゃあ……受けるんですね?」


「もちろんだ」


御堂は、スマホを取り出して

短い返信を書いた。



⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

条件、すべて了解しました。

日程は、来月の全社定例に合わせましょう。


下界の子らへ。

光の下で、正面から会おう。

御堂

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


送信。

彼は立ち上がって、

ホワイトボードに「構成案」とだけ書き始めた。


・導入:神の名乗り

・機能紹介:宇宙

・現場の声:下界

・まとめ:祝福


若手Aがぽつりと言う。


「“下界”って、あの人ほんとに言うんだな……」


若手B「でも、顔は本気ですよね」


御堂はペンを止めずに答える。


「本気じゃない創造なんて、誰にも届かない」


 



夕方、新会社。

白石が役員会議室から戻ってきた。


「OK出たぞ」


会議室で待っていた俺たちに、

軽く親指を立てる。


「“10分プレゼン公開セッション”、全社会議のメイン枠でやっていいってさ」


ことね「マジでメイン……」


紗良「失敗したら、一生再放送されるやつ」


結衣「編集版で“やらかし集”とか作られたらどうしよう……」


白石は笑った。


「怖いなら、“10分を守る側が一番落ち着いてる”って画面を見せよう」


俺は深呼吸した。


「じゃあ、“6枚で10分”を本当にやる準備、ちゃんと始めましょう」


ことねがペンを構える。


「“6枚で10分”のテンプレ、今日から“自分たち自身”にも適用ですね」


結衣はノートPCを開きながら言う。


「創造神の宇宙を、“同じ10分の枠”で隣に並べるんですね」


紗良が静かに笑った。


「どっちが正しいかじゃなくて、“どっちが明日使いたくなるか”を、みんなに見てもらえばいい」


白石はドアの外の廊下を見て、ぽつりと言った。


「……御堂さん、絶対燃えてるな」


俺も、昨日のメールと

あの“遊びたそうな目”を思い出して、

同じことを思った。


(こっちも、燃やす)


心の中で、そっと決める。


——神と下界の10分勝負まで、あと1か月。

 “必要十分”の本番が、ようやく見えてきた。

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