第2話 三人娘と、“必要十分プレゼン”

翌週・月曜の朝。

新しい会社のフリーアドレスフロア。


天井は低めだけど、窓は大きい。

観葉植物がところどころに置かれていて、

コンセントタップとモニターアームがやたら元気だ。


俺――朝倉 光は、

入口で一回だけ深呼吸してから、受付のピンポンを押した。


「本日付で入社しました、朝倉です」


「はい、聞いてますー。プレゼン支援チームの朝倉さんですね」


受付嬢がにこっと笑って、

ゲストカードじゃなくて社員用カードを差し出してくる。


(ちゃんと……社員なんだな)


少し変なところで安心してしまう。


 



プレゼン支援チームのエリアは、

フロアの一番奥にあった。


パーティションも壁もなくて、

ただ四人分のデスクがL字にくっついているだけの小さな島。


そこに、すでに三人が座っていた。


一番手前でノートPCをカタカタやっているのは、

ショートボブで眼鏡、姿勢が良すぎる子。


「朝倉さんですよね? 白石 ことねです。労務から“人の時間が無駄にならない資料”作りたくて、ここ来ました」


名刺の肩書きは「プレゼン運用/労務」。


その隣。

ロングヘアをざっくりひとつに結んでいて、

ポストイットが手首に大量に巻かれている子。


「春日 紗良(かすが・さら)です。元法務で、“読めない資料は違反と同じ”って思ってて……。条文とケンカしないスライド作りたいんです」


肩書きは「プレゼン規程/コンプラ」。


一番奥。

パーカーにデニム、椅子をゆらゆらさせながらモニターを見てる子。


「城戸 結衣(きど・ゆい)です〜。UXデザイナーやってました。読みたくない画面が嫌いです。“見た瞬間やる気がなくなるスライド”をこの世から消したいです」


肩書きは「プレゼンUI/UX」。


三人がこっちを見る。


なんだこの、“全方位から攻めますチーム”みたいな布陣。


ことねが、椅子ごとくるっとこっちを向いた。


「聞いてますよ、朝倉さん。“三枚だけで御堂課長に楯突いてクビになった男”」


「噂の盛り方やめてくれる?」


紗良がくすっと笑う。


「御堂さんの前で枚数減らすって、普通にパワハラ案件踏みに行ってますよね」


「いや、あっちはハラスメントって自覚ないからタチ悪いんだよ」


結衣がくるっとモニターを回して見せてきた。


画面には、

御堂のプレゼン動画が切り抜かれた社内リーク動画。


タイトル:

《動く、光る、うねる、説教される。御堂プレゼン60分ノーカット》


「これですよね? 前の会社、これが標準だったって」


「誰がうちの社内ネットに上げたんだよそれ……」


「Twitterにも流れてましたよ? “#創造神プレゼン”でバズってました」


(あいつ、全国デビューしてたのか……)


ことねが、ホワイトボードの前に立つ。


「じゃ、最初の仕事、決めましょうか」


 



ホワイトボードの真ん中に、

ことねが大きく文字を書く。


【このチームのゴール】


「上からは“プレゼン改善チーム”って説明されてますけど、私たちの中では、目的をもっとはっきりさせたいです」


「はい」


「案、出してください」


三人が一斉にペンを持つ。


俺は、迷わずこう書いた。


“必要なぶんだけPowerPointを使っても怒られない世界を作る”


「あ、いいですねそれ」


結衣がすぐ隣に丸をつける。


紗良も、少し考えてから書き足した。


“読まなくても意味が取れるもの以外は、プレゼンと呼ばない”


ことねが自分の案を書く。


“会議時間とスライド枚数の関係を“ルール化”する”


「どれも似た方向なので、まとめますね」


ことねは三つを一本線でつなぎ、

下に書き直す。


【ゴール】

・会議時間から逆算した“必要十分な枚数”でプレゼンできる会社にする

・意味が伝わらないスライドは、何枚あっても却下

・ルールを“仕組み”として残す


「……“御堂システム”の真逆ですね」


「御堂システムって何」


「“枚数が多いほど偉い教”です」


全員が頷いた。


 



次に決めたのは、

「このチームの最初の仕事」だった。


結衣がバン、と別の色で書く。


【ミッション1】

社内標準「プレゼン10分=スライド上限6枚」


紗良が眉をひそめる。


「6枚って、どういう根拠で?」


「体感ですけど、

 “1分1枚”だと説明が薄くなるケースが多いんですよね。

 10分で6枚くらいが、ちゃんと話せる上限かなと」


ことねが数字を書き足す。

・1枚あたりの説明時間:約90秒

・10分会議だと、質疑込みで6枚が限界


「この上を使いたい人は“理由付き申請”にしましょう」


「理由って?」


「“どうしてこんなに枚数がいるのか”を説明してもらう。“なんとなく盛りたいから”は却下」


紗良がうなずく。


「“枚数が多い=仕事した感”っていう文化に効きますね」


結衣がモニターを操作して、

簡単なテンプレートを表示した。

1. タイトル・結論

2. 背景・問題

3. 提案内容

4. 期待される効果

5. コスト・リスク

6. 決めてほしいこと


「最低限これだけ。“この中に入らない要素”を増やしたくなったら、それは別会議」


「動画は?」


「“この6枚の中でどうしても必要なときだけ”で。“とりあえず雰囲気で動画差し込み”は禁止」


俺は思わず笑ってしまった。


「御堂が聞いたら怒るぞ」


紗良が首をかしげる。


「御堂さんってそんなに?」


「“機能は全部使ってこそ礼儀”って言ってたからな。アニメーション、トランジション、動画、全部」


ことねがさらっと言う。


「その人のせいでクビになったわけですよね?」


「まあ、そうですね」


「じゃあ、その人は“このチームのラスボス”でいいんじゃないですか」


結衣が即乗る。


「いいですね、“創造神御堂”ラスボス設定。うちのシステムが社内に広まったあと、どこかで公開プレゼン対決とかしてほしいです」


「勘弁してくれ」


と言いながら、

俺の中で「三枚であいつを黙らせる」って目標が、

少し強く輪郭を持った。


 



話はそのまま、

「御堂式プレゼンの何が一番きつかったか」に移った。


ことねがペンを構える。


「朝倉さん、教えてください。御堂さんのプレゼンって、具体的にどこがしんどかったです?」


「……どこから言えば」


「全部」


「全部か」


少し考えてから、指を折っていく。


「まず、時間が守られない。30分会議で60枚出してきて、ほぼ毎回時間オーバー」


「典型的ですね」


「次に、“世界の話”がやたら長い。うちの会社とほぼ関係ない海外事例を10枚くらい見せてくる」


「それ、下界の声じゃなくて“雲の上の声”ですね」


「それから、動画が多い。でも動画の内容は、後ろの資料に全部文字で書いてある」


紗良がうなずく。


「紙で配ったときに、“後から資料だけ読んでも分からないように”ってやつですね。法務観点だと、あれ一番嫌いです」


「なんで?」


「“ちゃんと説明した/聞いてないほうが悪い”を証拠化したいだけだからです。責任を分散させるためにプレゼンを増やすタイプ」


(言い方が鋭すぎるなこの人……)


結衣が最後にまとめる。


「つまり、“盛るための機能”が多くて、“分かりやすくするための機能”が少ない」


「そうですね」


ことねがホワイトボードに太字で書く。


【御堂式の問題点】

・時間と枚数が連動していない

・中身より機能の多さで評価される

・聞き手の時間コストを誰も数えていない


「じゃあ【必要十分プレゼン】の定義はこうにしましょう」


ことねは隣に書き足す。


【必要十分プレゼン】

・会議時間とスライド枚数に上限がある

・見た人が“何を決めるか”だけ分かる

・“機能を全部使ったか”ではなく、“話が早く終わったか”で評価される


「“早く終わるほど褒める文化”にします」


「最高かよ」


俺は本気でそう思った。


 



その日の午後。

さっそくひとつ、仕事の依頼が来た。


《新サービス企画レビュー、資料30枚 → 減らしてほしい、でも“御堂式”には逆らえない感じの空気》


送信者:営業部の若手。


ことねが言う。


「初仕事ですね。どうします?」


「まずは、“この会議の時間”から逆算しましょう」


紗良が資料の1枚目を開く。


「90分会議ですね。質疑応答に30分取るとして、説明は60分」


結衣がすぐ電卓を叩く。


「“ちゃんと見せる”前提なら、1枚あたり2分。上限は30枚……って、今ちょうど30枚ですね」


「でもこれ、“ちゃんと見せる”枚数じゃないですよね?」


スクロールしていくと、

・ロゴが回ってるだけのタイトル

・真っ白なスライドに「イメージです」の一言

・ほぼ同じグラフが色違いで3枚

・引用元が不明な海外の写真


などなど、「御堂の弟子か?」って内容が続く。


「これ、8枚くらいに削れるやつですね」


結衣がニヤニヤしながら言う。


ことねが整理する。


「まず、“決めるべきこと”を洗い出しましょう。この会議で決まらないなら、スライドからも落とします」


ホワイトボードに二行。

・この企画を進めるかどうか

・進めるなら、最初にやるべき検証は何か


「この二つが決まれば、あとは細かい検討は別の場でいいはずです」


「つまり、“今日の会議でなくていいスライド”を全部落とす」


紗良が、資料のスライド一覧を見ながら言う。


「“世界の成功事例集”は、検証フェーズで見るので十分ですね」


「動画も、今はサムネイルと説明一行だけでいい。“後でリンクを見る時間”をあげれば済む話です」


結衣がバシバシとスライドを非表示にしていく。


最終的に、30枚→9枚になった。


「9枚……“限界だけど、まあギリ許す”ラインですね」


ことねが会議時間を書き直す。


「説明40分、質疑20分。“時間内に終わるプレゼン”を標準にしましょう」


「これで営業部に提案してみましょうか」


俺は深くうなずいた。


「“御堂式に逆らえない”って言ってたけど……、成果が出るなら、誰も文句言えないはずです」


結衣がスマホをちらっと見せてくる。


旧会社のチャットスクショ。

また御堂が、50枚超えの資料を“今夜中に見ておいて”と投げている。


「向こうは向こうで、まだ創造神ごっこしてますね」


「ごっこって言ったら殺されるぞ」


「じゃあ、異世界の邪神ってことにしときます」


「それはそれで怒られるだろ」


ことねが、ホワイトボードに最後の一行を書いた。


【いつか:創造神 vs 必要十分プレゼン】


紗良が横に小さく、「公開プレゼン対決」と添える。


結衣はにやにやしながら、

その下にこう書き足した。


「三枚で神を黙らせる日」


それを見て、

俺の中でひとつ、はっきりと目標が決まった。


――あいつを倒すために、

ここでちゃんと“必要十分”を作る。


そのためなら、

スライド三枚だろうが六枚だろうが、何枚でも使ってやる。


“全部の機能を使う”んじゃなくて、

“使う理由がある機能だけ”で勝つために。

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