パワポ3枚でシンプルに発表したらやる気がないとクビになった俺が、たった3枚でもアニメーション盛り盛りスライド48枚を作る創造神に勝てるって証明します
@pepolon
第1話 3枚と48枚と、創造神
午前九時五十五分。
旧会社・本社ビルの十三階「第一会議室」。
天井の蛍光灯は全部フル点灯、窓際のブラインドはきっちり四十五度。
プロジェクターは青い待機画面で、規定フォントの「NO SIGNAL」が小さく震えている。
長机の上には、紙コップとペットボトル水と、紙の資料がずらり。
俺――朝倉 光(あさくら・ひかる)は、自分の席の前にA4三枚を丁寧にそろえる。
1枚目:タイトル&この企画の結論
2枚目:やることリスト
3枚目:数字のインパクト
以上。終わり。
(……正直、二枚でもいけるけど)
心の中だけで言い訳して、紙の端をもう一度そろえる。
向かいの席で、同じチームの先輩が身を乗り出してきた。
「なあ光、お前ほんとにスライド三枚だけ?」
「はい。企画書は別にWordで出してますし、今日は共有会なんで」
「“共有会”っつっても、部長も役員も来んだぞ? 最低二十はいくやつだろ」
「伝える内容は三つなので、三枚で足ります」
「お前さあ……ここ、そういう会社じゃねえんだよ」
「知ってます」
そう、よく知ってる。
ここは
資料の枚数=やる気、
アニメーションの数=熱量、
音が鳴る=「盛り上がったね!」で全部チャラ。
そういう会社だ。
ガチャ、とドアが開いた。
空気の向こう側から、拍手の直前みたいな“期待”が入ってくる。
御堂 亮介(みどう・りょうすけ)。企画部・課長。
四十手前、髪はワックスでちょい立て、ネクタイはワインレッド。
片手に薄いノートPC、片手にレーザーポインタ。
首からはなぜかプレゼン用クリックリモコンが二本ぶら下がっている。
後ろのほうで、小声が飛ぶ。
「来た……御堂プレゼン」
「今日も三十超えかな」
「ていうかこの人のスライド、60枚まで見たことある」
御堂は会議室の入口で一瞬立ち止まり、
部屋全体をぐるっと眺めてから、ゆっくり両手を広げた。
「おはようございます――」
一拍置いて、天井の蛍光灯を仰ぐ。
「この会議室に集いし、迷える企画たちよ。創造神です。」
「誰ですか」
思わずツッコんだ俺に、何人かが笑いをこらえる。
御堂は、待ってましたと言わんばかりに目を細めた。
「良いツッコミだ。異端の声は、教会を賑やかにする」
そう言いながら、俺の前の三枚の紙に視線を落とす。
「それが、今日の祈りの書?」
「……三枚の資料です」
「三枚ねえ……」
御堂は、俺の資料の上に、自分のスマホをそっと置いた。
画面にはファイル名が並んでいる。
『2025_事業戦略_v12_御堂』
横に小さく(スライド数:48)。
「三枚は“メモ”だよ、朝倉くん」
「そうですか?」
「うん。プレゼンという礼拝は、“機能という祝福”を全部降らせて初めて成立する。アニメーション、トランジション、動画、図表、ハイパーリンク……、PowerPointに標準で入ってる機能は全部、“設計者という神からの啓示”なんだ」
先輩がそっと目をそらす。
御堂は続ける。
「与えられた機能を使わないのは、“いりません”って神に背を向けるのと同じ。――君、それでもこの神殿で企画を語るつもり?」
「……内容が伝わればいいと思ってます。機能は、おまけです」
御堂は、口元だけで笑った。
「そういう迷える子羊、嫌いじゃない」
「本当ですか」
「異端として眺めるぶんにはね。」
そこで部長と役員が入ってきて、会議が始まった。
◇
議題は「新サービスの立ち上げ」。
部の持ち回りで案を出す、ネタ出し会議だ。
最初に名前を呼ばれたのは、俺だった。
「それでは朝倉くん、お願いします」
「はい」
ノートPCをつなぎ、三枚だけのスライドを表示する。
1枚目:タイトル&この企画の結論
「既存顧客の“使いにくい”を拾って改善する、小さな定期サービス」
2枚目:やること(3つ)
・現場の「困りごと」を月1で聞く
・小さい改修を継続して回す
・実績をまとめて「安心の証拠」にする
3枚目:数字
・解約率が1%下がったときの年間インパクト
・やるために必要な工数とコスト
説明もシンプルにした。
「新しい機能をどんどん増やすというより、今のサービスの“もったいない離脱”を減らす仕組みです」
「初期費用は小さいですが、解約率が1%下がるだけで、ざっくりこのくらいの数字になります」
「やることは、ヒアリングと小さな改修と、定期レポートの三つに絞っています」
役員がひとり、腕を組みながらうなずく。
「まあ、わかりやすいな。リスクも低い」
部長も、メモを取りながら言う。
「こういう“地味に効くやつ”をちゃんとやるかどうかなんだよなあ……」
そこそこ、悪くない空気だと自分でも思った。
(よし、とりあえずは……)
と、そこで。
「では次、御堂くんお願いします」
声がかかった瞬間、
会議室の空気が少しだけ変わった。
御堂は立ち上がり、
ノートPCを接続しながら、なぜか上着を一枚脱ぐ。
ワイシャツの袖を肘までまくり、ネクタイをきゅっと締め直す。
「――さあ、礼拝の時間だ」
「誰の?」
「PowerPointのだよ。」
御堂は天井の蛍光灯を見上げ、
ゆっくりと言葉を落とす。
「本日の司会進行、課長の御堂です。本日の創造主も、御堂です。さあ、ページをめくって悔い改めなさい。“枚数を削れば偉い”と思っている者たちよ」
「だから誰ですか」
小さな笑いが起きる。
御堂は、楽しそうだ。
プロジェクターに映った最初のスライドは、
立体ロゴが回転するだけのタイトル画面。
「一枚目は“降臨”。意味はない。だが、ある祝福は全部降らせる。」
二枚目。
世界地図がくるっと回転し、日本だけ赤く光る。
「まず、“世界の流れ”という大きな御心を示します」
三枚目。
海外の成功事例のサムネイルが、カシャカシャと切り替わる。
四枚目。
そこへ当社ロゴを合成したイメージ映像。
五枚目。
グラフが波打つように伸び縮みする、モーフ付きの売上チャート。
そこから先は――もう、ほとんどショーだった。
・Excel連携のグラフが、自動で数字を反映して伸びる
・サービス紹介動画が差し込まれて再生される
・複雑な図が、クリックのたびに一要素ずつ飛び出す
・トリガーボタンを押すと、詳細スライドへジャンプする
御堂はクリックと喋りのタイミングを完璧に合わせてくる。
「ここ、クリックすると“下界の声”が聞けるようになっています。――はい、音出ます」
会議室のスピーカーから、現場社員の声が流れる。
『正直、今のサービスは説明が複雑で……』
『資料を読むだけで時間がかかって、お客さんの顔が見られません』
「“下界の声”を録っておき、いつでも天から降らせられるようにしておく。これが、プレゼン聖職者の役目です」
役員の一人が、「ほう」と声を漏らした。
御堂は止まらない。
「また、このプレゼンはそのまま動画として書き出し可能です。営業がどの拠点でも、同じ“福音”を配信できる。人によって説明クオリティが変わるという罪から、会社を救います。」
(すげえこと言ってるな……)
俺は内心でツッコみながらも、
技術的にすごいのは認めざるを得なかった。
御堂の声には、変な熱がある。
「PowerPointは、ただのスライド束ではありません。Excelと結び付いて“数字の手間”を減らし、動画として外に出て“説明のバラつき”を消し、アニメーションで“理解する順番”を整える。そのすべてを受け入れたとき、資料は“教典”になる。」
俺の三枚が、ますます
「学級会のプリント」みたいに思えてくる。
最後のスライドは、派手な売上予測グラフと、「未来の当社」のイメージ画像。
御堂はレーザーポインタでゆっくり円を描き、
静かに締める。
「以上です。今日のミサは、この程度にとどめておきましょう」
会議室に、自然と拍手が起きた。
部長が言う。
「いやー、相変わらずすごいな。御堂くんのプレゼンは、“やった感”がある」
役員も笑ってうなずく。
「ここまで“見せて”くれると、こっちも“任せていいかな”って気になるね」
「動画書き出し、各拠点で標準化しよう」
「世界の話もちゃんと押さえてるしな」
(世界の話、ほとんど中身なかったけどな……)
心の中でだけ突っ込みながら、
俺は三枚の紙の端を指でなぞった。
会議は、御堂の温度のまま終わった。
◇
会議後。
片付けが一段落した頃、部長が声をかけてきた。
「朝倉くん、ちょっといい?」
「はい」
「御堂くんも」
「おう。異端審問か?」
御堂は楽しそうに、リモコンを指の間でくるくる回している。
空になった会議室の隣、小さな打ち合わせスペース。
丸テーブル、椅子四つ。
壁には「働き方改革!」のポスター。
コーヒーマシンの音だけがやけに響く。
部長は椅子に座らず、
腕を組んで俺たちを見た。
「率直に言う。今日ので、はっきりした」
(あー……来たな)
御堂はテーブルの端に片手を置き、
さっきのプレゼンの続きみたいな笑顔をしている。
部長が口を開いた。
「朝倉くん。君の企画、中身は悪くない。数字の見立ても、現場のこともちゃんと考えてある」
「ありがとうございます」
「でもな」
部長は、言葉を探すように、少し間を置いた。
「この会社で“企画”をやるってことは、今日の御堂くんレベルで“見せる”ところまで含めて一セットなんだ。」
御堂が、そこで口を挟む。
「我からも、いいかな?」
「……どうぞ」
御堂は立ったまま、テーブルに少し身を乗り出した。
「朝倉くん。君の三枚、“言ってること”は理解できる。でも、PowerPointのギアはずっと一速のままだ。」
「一速で足りる場面もあると思います」
「ある。だが、ここは高速道路だ。」
御堂は指を三本立てた。
「この会社は、スライドの枚数でエンジン音を聞きたがる人たちの教会だ。君の三枚は“静かな礼拝”。我の四十八枚は“パイプオルガン全開のミサ”。――さっきの拍手で、どっちが“神に近い”と見なされるか、分かったろ?」
「…………」
部長が小さくため息。
「悪いけどな、朝倉くん。君に“御堂スタイル”を強制するのも違うと思うんだ」
御堂は、封筒を一枚、テーブルに置いた。
中身は薄いA4一枚。
見なくても分かる。
「合意退職の書式。人事は“本人の意思で”って文言だけ欲しがってた」
「御堂くん、言い方ってもんがだな……」
部長は苦笑するが、止めない。止められない。
御堂は封筒を押し出す。
「創造神として宣言する。君は、この教会の信者じゃない」
「…………」
「外にはな、三枚で祈りが届く教会がある。“文章三行で済む世界”もある。でもここは違う。ここは“機能を全部使うこと”が信仰告白になる教会だ」
(そんな教会、燃えろよ)
喉まで出かかった本音を飲み込む。
代わりに、首から下げていた社員証を外した。
パチ、と小さな音。
「……分かりました」
御堂は肩をすくめる。
「サインは今じゃなくていい。これは“神からの予告状”だから」
部長は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にすまん。でも、俺は君を否定したいわけじゃない。ただ、この会社の文化と合ってないのは事実だ」
「分かってます」
御堂が、楽しそうに笑う。
「全部の機能を使わなくても許される世界を、どこかで作りなよ。そのときは――」
指でリモコンを掲げて、ニヤリ。
「創造神が“視察”に行ってやる。神の怒りを携えて。」
「来なくていいです」
今度は口から出てしまった。
御堂は爆笑する。
「いいね、その異端っぷり。――君は君で、“別の教会”を作るといい」
笑い声だけは、妙に明るかった。
◇
その日の夜。
自分のデスクで荷物をまとめていると、同僚が近寄ってきた。
「……マジで退職の話、出たのか」
「ええ」
「悔しくないの?」
「悔しいです」
バックパックのチャックを閉めてから、付け足す。
「でも、“全部の機能使え”って言われ続けるほうが、もっと無理です。」
同僚は、苦笑いして肩をすくめた。
「……だよなあ。俺も、あのアニメーション全部覚えろって言われたら逃げるわ」
エレベーターを待ちながら、
さっきの四十八枚を思い出す。
回転するロゴ。
光る地図。
うねるグラフ。
飛び交うリンク。
流れる動画。
喋り続ける御堂。
(すげえけどさ……)
残ってるのは、「すごかった」という感想だけだ。
扉が開く。
社員証を首から外したまま、俺はエレベーターに乗り込む。
――全部の機能を使うのが礼儀、っていう教会から、今日で一回、出る。
次は、必要なぶんだけ使っても怒られない場所を探す。
あるいは作る。
いつかどこかで、
あの“創造神”を三枚で黙らせる日が来るだろう。
そう思ったら、
胸の中が、少しだけ軽くなった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます