空白の世界で生きる『私/俺』が、知らないはずの人を想う理由

キリ

遠回りな嘘と、焼きたての時間


「この、クロワッサンを3つほどくださいな」

「はいはい、クロワッサン3つですね〜」


 人がほとんど通らない、町外れの一角で今日も俺は、パンを焼く。

 

 子供の頃から、ずっと夢だった『パン屋さん』夢は叶った……叶ったが、子供の頃思い描いていた時よりも、ずっとずっと過酷だ。

 


「ほんと、いつもありがとうねぇ……」

「いやいや、うちは常連さんには優しいんですよ!!いつもお買い上げありがとうございます〜」


 でも、思い描いていたよりもずっとずっと楽しい。


「よし!そろそろ日も暮れてきたし、早めに店を閉め──ん?」


 ただでさえ人が通らない外れ通りに、この太陽の沈む時間になるとまず人は通らない。

 今日は早めに切り上げようかと、表に出ると……


「えっと………迷子?」

「───だれが幼女…っ!」

「言ってないよ!?」


 パンが並ぶガラスケースに、張り付くように顔を覗かせる少女・・が立っていた。

 とても、容姿の整った少女だ。

 ここらじゃ珍しい真っ白の肌、肌寒い風に靡く綺麗な長い金髪、華美に寄りすぎることなく、気品だけを静かに身に纏った装いも相まってまさに絵本に登場するお姫様のようだ。

 

 迷子かどうか聞いただけなのに、変な勘違いをされてる気がする……。


「うーん…」


 答えを聞くことができず、とりあえず肯定と受け取り、迷子なら騎士団かに届けようかと考えていると、少女が小さな口を開く。


「………これなにパン?」

「え?あ、あぁ…これは『アラコパン』だ。『アラコ』って言う苦い種をすり潰して生地に練り込んだ物だな」

「………そう」

「………っ!」



 なんだこの気まずい空気は!?

 ここ最近会話したのなんて爺さん婆さんだけだし、こんな物静かなガキなんて知らねぇよ!俺の知ってるガキは、うるさくてバカな奴だけだぞ。


「………これ、買う」

「え?か、買うのか?」

「うん、ダメ?」

「い、いやいや、お買い上げありがとうございます!ほら、じゃあお釣りの15ルピー」


 たまにこうやって見に来るやつはいるが、見て帰るやつが大半だ。

向こうからしたら試しに見に来るだけなんだろうが、俺からしたら冷やかしと何も変わらない。

 それに比べたら、一つでも買ってくれる少女に、どうしてもお礼を伝えたかった。


「……」


 お釣りを渡してすぐ少女は何も言わずに、パンを持ってささっと帰ってしまった。

 まだ12歳ほどに見えたため時間的にも少女1人で少し心配だが、整った服装からして貴族の娘で間違いないだろうし、まぁ大丈夫だと思う……

 


 とても不思議な子だったな……そう先ほどの出来事を耽りながら、俺は店を閉めた。






 今日も今日とて、朝から晩まで暇である。

 昨日の不思議な出来事が嘘のように、いつも通りの毎日が始まった。

 

「お買い上げありがとうございました〜」


 いや、こういうのが1番平和なのだろうな。

 最近、世間では色々騒がしい、俺も気をつけなくてならない。


「やべ、アラコパン新しいの焼かねぇと…」

ビタンッ。

「うわぁっ!?」


 パンのガラスケースを見た瞬間、ビタンッと大きな音と共に昨日の少女がガラスケースに張り付いていた。


「いててて……」

「………大丈夫?」

「その状態で心配すんなよ!」

 

 思わず勢いよく尻餅をつき、痛がる俺にガラスケースごしに張り付いたまま少女が心配するように声をかけてくる。

 

「………アラコパン、2個」


 と思ったが1ミリも心配してないなこいつ。

 でも、俺の焼いたパンが気に入ってくれたのは素直に嬉しい。


「お買い上げありがとうございます。ただ、今から焼くとなると少し時間がかかるけど、いいか?」

「待つ」


「………」

「………」


 また、この地獄のような空気だ……。

 とりあえず、何か話したほうが……くそ、爺さん婆さんとは普通に話せるのに!



「そ、そういえば最近寒くなってきたよな〜」

「………」

「やっぱ寒くなってくると麦が育たなくてな、パン屋としてやってらんねぇよ」

「………」

「麦を取るのって楽しいんだぜ?こう、麦をムギッとな?」

「………」


 死にてぇぇぇぇぇーーーー!!

 せ、せめて何か言って欲しいんだけど、こいつ感情が見えねぇ……


「………」

「………」


 パンも空気読んで、さっさと焼けろよ!





「はい、じゃあピッタシ貰います。お買い上げありがとうございました〜」

「………」


 はい、今回は完全に俺のミスですねこれは……いままで接客業をやってきた俺のプライドはもうズタズタだ。

 少女は結局、最後まで何も喋らずに帰ってしまった。俺は今日、また常連客になりえる人を失ったようだ。





 なんて、そんな考えは杞憂に終わった。

 それからというもの、少女は毎日毎日同じ時間にアラコパンを買いに来た。

 少女は何も喋らないが、日に日に、彼女と時間を共にしているとだんだん心の内から打ち解けている気がした……そんなある日。


「店主さん」

「なんだ?」

「わたし、不老不死なの」


 それが、冗談でもなんでもないことを俺は分かっていた。普段喋りすらしない彼女が、そんな冗談なんて言うはずもない。

 だからこそ、俺は少女の言葉を信じて答えた。

 

「へー…」


 考えうる最悪の一手。

 つい、爺さん婆さんとの癖で、話を流すように喋ってしまった。

 こいつと話すと、ほんとに『いつも』が出来なくなる。

 しかし、そんな俺のふぬけた返事にも意を介さず、少女は言葉を紡ぐ。


「不老不死って、何にも得しない。長い長い、終着点の無い線路をずっと走らされてるみたい」

「確かに、死ねないってのは辛いだろうな」

「────アラコパン、ここで初めて食べた。美味しいね……」

「だろだろ!?でもな、俺が作ってるから美味いんだぜ?俺以外が作っても不味いだけだ」

「………」


 初めて、彼女とまともに会話したかもしれない。いや、この会話がまともかどうか聞かれると頷けないが……

 彼女のことが、ちょっとばかし、いや結構気になっている自分がいる。


「いきなりごめんなさい。わたし、帰るね」

「あ、あぁ……気をつけて帰れよ」



 彼女が言った不老不死。

 それすなわち無限に近しいもの、俺はそれを理解できない。

 彼女のことを何も分かっていないなんて当たり前だ。だが、彼女に無限に近しいものがあることを分かった。

 彼女がなぜ、俺に不老不死だと教えたのかは分からない。でも、それがこれから、俺にとって大切な何かになる気がした。

 そう、答えのない問いに自問自答しながら、俺は店を閉めた。



 

 次の日。


「アラコパンを2つ」

「アラコパン意外食わねぇの?」

「………」

「はいはい、お買い上げありがとうございました〜」


 また次の日。


「おっ、一気に服が冬仕様に変わったな」

「寒いから」

「ほんと、元から可愛いやつって何着ても似合うよなぁ……」

「………っ!!?」

「………?」




 また次の日と、彼女は訪れ続けた。


「アラコパン2つ」

「はい、アラコパン2つね」

「……てか、いつも思うんだけど」

「………?」

「うちのパンは確かに安いのも売りだが、それにしても毎日買ってて、金は大丈夫なのか?」

「問題ない。今まで生きただけのルピーがある、逆に使いきれない」

「まぁ不老不死だもんな」

「……うん」


 

 それから、はやくも1ヶ月の時が過ぎた。

 

「こんばんわ、ガラス」


 ガラスに喋りかけてるのではなく、俺の名ガラスを呼ぶ、彼女の名は『セシル』

 

 なんでもセシルは、すでに数千年とこの世界を生きているらしい。

 不老不死の話を改めて考えても馬鹿げた話だ、と一蹴したいが、彼女が語る……何かがあっても何もない、ただ時間が過ぎるだけの人生。

 その永く冷たい時を回顧する彼女の目を見て信じざるを得なかった。

 

 セシルはあれから、毎日欠かさずこの店を訪れるようになり、おのずと仲も深まっていった。

 

 最初はほとんど会話も成り立たなかったが、今では打ち解けたのか、気持ち表情も前より顔に出てる気がする。


「アラコパンを2つ」

「はい、焼きたてのアラコパン2つ用意しといたよ」

「用意?」

「うちは、常連さんには甘いってことよ。あっ、そういえば今日から店閉めるぞ」


 だが、楽しい時間には、それ相応の反動ってのがくるもんだ。

 それは今までの経緯から分かっていた、終わりは唐突に……なんて言うしな。


「……っ!な、なんで?」

「いや〜毎日来てくれてるのに、すま──」

「謝んなくていいから!!なんで、閉めるの?」


 ここまで、声を荒げて、感情は顔に出すセシルは初めてだ。

 でも、これ・・を彼女に伝えてはいけない。伝えるなんて野暮だ。彼女を、巻き込むわけにはいかない。


「……仕入れのためだよ。冬は麦が取れないからな、今のうちに買い溜めしておきたくてな、ちょっくら遠い街にお出かけだ」

「そっか……そっか……」


 何となく、ここまで一緒にいて分かった気がする、セシルのことが、少しだけ……

 俺が彼女に初めてついた嘘。

 でも、これは彼女を守るため、そして俺のためだ。これ以上、踏み込んではいけない。そう心の中の俺が呟いている。

 俺が、俺の気持ちが、彼女を苦しめるだけだ。


「──ほんとに、ほんとに仕入れのため?」

「……あぁ、仕入れがなきゃ冬も越せないだろ、パン屋としても生活を考えても、買わないと死んじまうからな」



 嘘をつく時は、嘘に本当を混ぜると相手を騙しやすいらしい。

 だから、これも100%嘘ではない。

 実際、仕入れをしなければ冬は越せないし、仕入れはいつも遠くの街へと向かう。

 パン屋としても経営が成り立たないのも、事実だ。

 まぁその、買い手の国がこの国と戦争を始めたんだけどな。

 きっと、徴兵されただけなら、俺もこんなに落ち着いていないだろうな。

 たぶん今頃には、はやる気持ちで俺が気持ちをセシルにぶつけて玉砕してたかな……それも悪くないかもしれない……

 まぁ、どちらにせよ、死ぬのは確定してるってんなら、逆に落ち着いてくる。



「はい、まぁな……そういうことだ。悪いが、しばらく店は閉める」

「………」

「はい、アラコパンを2つ───セシル?」

「………っ!」

「あっ…お、おい!」



 彼女は顔を上げる事なく、アラコパンを受け取らずに路地裏へと消えていった。


「はぁ……」


 怒らせてしまったか、呆れられてしまったか、俺は大きくため息をつく。

 でもこれで良かった、と思うしかない。

 どんなに今の俺がセシルを傷つけたとしても、これから関わるほど俺も彼女ももっと傷つくだけだから。

 










 そして、次の日から国からの徴兵が始まった。きっと、その情報は彼女の耳にも入っているだろう。

 普段から鍛えてはいたからか、若い男の俺は真っ先に国の騎士団に入れられる。

 ただでさえ凍るような寒さなのに、戦うための犠牲でしかない俺たち奴隷には、薄い膜のテントで寝ろだとか……国のトップは何考えてんだか。

 



「ぐすっ……うぅ、母さん……」


 俺の横で寝る、まだ酒の飲める年齢にもなっていない子供の啜り泣く声が聞こえる。

 いや、横の子だけじゃない、周りのテント中からだ。

 そりゃあ、そうだよな。逃げたら国に殺される、逃げなきゃ敵に殺される。死ぬ未来が確定してるなんて、子供には耐えられないだろう。

 


 ただ俺が思ってるよりも、俺は落ち着いているのだと、再確認する。


「セシル……」


 俺に家族はいない、だからか思い出すのは彼女の顔だ。今になって、彼女への罪悪感が募ってきた。

 今頃、セシルは何をしているんだろう。

 あの後何もなきゃ良いが。

 いや……死なねぇ奴を心配しても意味ねぇか。



 辛い。死にたくない。どうして俺がこんな目に。そんな嫌な思考が俺の頭のなかで掻き乱す。

 

「……死ぬなら、一瞬がいいな」


 



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