第21話 エレナがいる朝

「うーん、フィル様ぁ~」


「…………」


 快晴の朝。

 背中に柔らかい感触を感じながら目を覚ます。

 どうやらエレナが俺の布団に潜り込んで眠っていたようだ。

 

 彼女は俺の部屋に住み着くことになり、隣に布団を敷いているのだが……いつの間にか俺の背後にいた。

 寝相が悪いのかわざとなのか、どっちか知らないがこういうのは勘弁してほしい。


 ため息をついて布団から出ようとする俺であったが……エレナが背中から腕を回し、身動きを取れないようにしてきた。


「おい、起きてるだろ、エレナ」


「寝てますよ~」


「絶対に起きてるな。はぁ……自分の布団で寝てればいいだろ」


 本当に寝ていたら起こさないようにと気を使っていたが、起きているなら話は別だ。

 俺はエレナを背負う形で、強引に立ち上がる。


「おはようございまーす」


「おはよう。起きたならさっさと離れてくれ」


「もう一生離れませんよぉ。だって死に別れした恋人の気持ちを理解してくれるなら、私の気持ちは分かってくれますよね~?」


「恋人と死に別れをしたら悲しいだろう。でも俺とエレナはそんな関係じゃなかったはずだ」


 エレナが甘えてくるように頬を寄せる。

 そしてヘラヘラ笑いながら口を開いた。


「えへへ。幸せ~」


「おい。話を聞いてないだろ」


「聞いてますよ。私とフィル様は恋人みたいな関係だったじゃないですか」


「違うだろ……はぁ、もういい。今日は用事があるからいい加減に離れてくれ」


 俺たちは決して恋人同士などではない。

 しかしエレナからすれば俺は恋人のような存在だったと言い張るので、会話が成立しないでいた。

 まぁ俺からすればどうでもいい話なので、彼女のことを無視して支度をすることに。


 陽光を部屋に入れるために窓を開ける。

 その天気の良さに俺は気分よく伸びをした。


「ああ、龍王院さん! 今度は正体不明のモンスターを討伐したようですが、お話を聞かせてください!」


「他の冒険者たちが倒れていく中、圧勝したという話を伺いました。どういうことなのでしょう!?」


「片方の手足を失いはしたが、一人の冒険者があなたのおかげで生き延びることができたようです。その点に関してどう思いですか?」


「…………」


 気分を良くした瞬間に機嫌が悪くなる。

 数十名の記者がアパート前におり、質問攻めにあう。

 また先日のことがバレてしまっている……どういうことだ?

 天野の仲間たちは全員、意識を失っていたはずだ。

 あの三人が話を漏らすわけがないし、エレナにはそんなことを話す相手もいない。

 

 今回の話の発信源を思案しながら、俺は深い嘆息をする。


「この世界でも有名人なんですね、フィル様って」


「有名じゃない。俺は無能な一般市民だからな」


「あははははは。フィル様が一般市民は無理がありすぎますよ~。この世界に生まれ落ちて、ジョークを覚えたんですか?」


 俺におぶられる形のままのエレナは、大声で笑い出す。

 これでも一般市民として生きてきたつもりだったのに……俺の平穏が崩れていく。


「とんでもない美人だ……その女性とはどういう関係ですか?」


「歳は離れているみたいですし、愛人でしょうか?」


「二人の関係を聞かせてもらえませんか!?」


「私たちは恋――んんん~」


 記者たちの質問に答えようとするエレナ。

 俺は咄嗟に彼女の口を押え、ビシャンと窓を閉めた。


「頼むから変なことを言わないでくれ」


「変なことじゃなくて私たちの関係を教えて差し上げようと思っただけです」


「それが変なことなんだよ。あいつらはどんなことでも面白おかしく言いふらすから、エレナとの関係のことは恋人として報道されるだろうな」


「それは願ったり叶ったりりです~」


 エレナはこの世界の常識を知らないようで、俺との噂が流れるのを楽しんでいるようだ。

 本当に面倒なことになってしまった。

 エレナがこの世界にいるのはいいが、これ以上トラブルは勘弁願いたい。


「エレナ。俺は出かける用事があるから家で大人しくしててくれ」


「えー、私も一緒に出かけます」


「そういうわけにはいかないんだよ。普通に仕事だから」


「仕事って……働かなければならないほど困窮してるんですか? フィル様がその気になれば、『精霊術』でいくらでも稼げそうな気がしますけど」


「それはしない。目立たないように生きると決めてるからな。でもそれも限界が近いのかもしれない。これまでうまくやってきたつもりだったのに、何でこうなった」


 完全に俺の人生設計が崩れ、落胆し肩を落とす。

 これからは何をするにも注目を浴びてしまい、自由に動き回ることができないだろう。

 

 二度も世界の中心人物として活動したので分かる。

 何も無いというのは自由だということが。

 何をするにも何も言われない、それがどれだけ素晴らしいことだったのか。


「はぁ……俺の平穏を返してほしい。何がいけなかったんだろう」


「フィル様という存在を、世界が放っておいてくれませんよ」


 頼むから放っておいてくれ世界。

 そう願うも全て後の祭り。

 俺は複雑な心境のまま着替えを始めるのであった。


 だがその前に背中からエレナに下りてもらうのに時間がかかるのであった。

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一度目の人生は魔王、二度目は勇者、三度目は平凡に生きたいおっさん、うっかり最強冒険者を倒し伝説へ~実力を隠して美女たちと冒険者生活をしていたが、次々と周囲にバレていく~ 大田 明 @224224ta

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