第13話 新たな取り決め
「まあ、だいたい事情はわかりました。それで菜穂子はどうなの?」
菜穂子はしばらく俯いていたあと、パッと顔を上げて新一さんをジッとみる。新一さんもちょっと驚いた様な落ち着かない顔になりながら見つめ返す。そして、こちらを向くと、
「私は…」
と、ゆっくり話し始めた。
「私は、正直に言って、ここの暮らしは手放したくないと思ってる。こんな都会のど真ん中にタダで住めるなんてどんなに望んだって叶わない事だもん。近所に住んでいる人も職場の人も、津田沼とは全然人種が違う。あそこの事を悪くいうつもりはないけど、ここの人は着ているものも、持ち物も、食べるもの、話題も、話し方ですら全部違う。私はまだ違うかも知れないけど、でもこちら側の人間になりたい」
そこまで言うと目の前のお茶を一口飲んだ。
「そのためにはこんな事してたらダメだってわかってる」
菜穂子の言葉を不安そうに聞いていた新一さんは俯いて肩を震わせ始めた。
「こんな事しておきながら、そんな自分勝手なことを言って許してもらえるのかわからないけど…ウググッ」
菜穂子はまた涙目になる。
「で、でもね」
涙を拭い、声を絞り出す。
「で、でも、この人と一緒にいると、私は生きてる、っていう感じがしたの。それは嘘じゃない。誰かに必要とされていて、その人の役に立っているんだなっていう生きてる実感みたいなもの。自分がそれが欲しいなんて知らなかったけど、知ってしまったらもう手放したくないって思っちゃう。ここでの暮らしがなんなのよって。だから私、どうしたら良いかわからなくて…」
そこまで言うとテーブルに突っ伏して声を上げて泣き始めてしまった。いつのまにか新一さんも横に座り彼女の肩を抱いている。
それを見ながら、自分達のことを考えていた。俺たちも同じく生きているという感覚を味わい、相手の中に自分の存在意義を見て喜びを感じているのだ。奈緒の方を向くと彼女は目で同意の意思を示してくれている。
「新一さん、菜穂子、実は、我々もなんです」
「えっ!」
「どういうことですか?」
もうここまできたら素直に話すしかない。
「あ、いや、私と奈緒も同じような事になってまして…」
「え〜〜〜、うそ〜ん。先に言ってよ〜」
新一さんは一気にリラックスした表情に戻る。一方、硬い表情をくずさない菜穂子は
「いつから」
とこちらをまっすぐ見て訊いて来た。その質問に一瞬怯むが、奈緒が即座に
「そちらと同じ頃からです」
と答える。
「じゃあ、3ヶ月くらい前からか、なんだ〜」
「はい」
奈緒は新一さんからの確認にも間髪入れずに答える。
予想だにしていない展開だったが、図らずも利害が一致してしまい、そこからは、これからどうするか、という話になった。そして、以下を取り決めとして、ここでの生活を続ける事となった。
・婚姻関係は今のままとする
・就寝時は新しいペアとする。万が一、子ども達が母親を求めて寝室に来た時のために、男性側が部屋を変わる事とする。
・この4人以外の人たちには知らせない、知られない様にする。
・新たな子どもは作らない。避妊を確実に行う。
「では、そういうことで」
皆、安堵の顔で握手を交わす。
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