第12話 人差し指は愛の魔法

「どれにしようかな、神さまのいうとおり……コレだ」

こんなのお遊びだって、わかりきってるのは、周知の事実。

だけど、わたしは、ちがう。

必ず、当たるから。

自分の不思議な力に気づいたのは、小学三年の頃だったと思う。

夏祭りの夜店のくじ引きで、「神さまの……」ってやったら、面白いほど当たって、

「なんと、お嬢ちゃん。また、大当たりだよ。おめでとう!」

「ありがとう」

あんまりやると、お店の人に怪しまれるから、ほどほどにしたけどね。


この特殊な能力、もちろん、くじ引き以外の、あらゆる選択シーンに使った。

右手の人差し指が示す結果に、外れはなかった。

中三になった今も、そっとやっている〈神様のいうとおり〉は、わたしだけの秘密。


じゃ、試験なんて―――選択問題に限ってなら―――楽勝でしょ?

ところが、これが、そうはならない。

実はこの能力、夜にしか、発動しないらしい。

だから、家で問題集やると完璧なのに、翌日の模試は惨憺さんたんたるもの。

これじゃ、意味なくない?


「どっか、夜に入試やるとこって、ないかなあ」

「そんなのあるわけないでしょ。てか、なんで夜?」

と、わたしのボヤキに、すかさずツッコミを入れてくるのは、クラスメートで仲良しの明梨あかりだ。

昼休み、教室で机を合わせて、一緒にお昼を食べている時のことだった。


ヤバイ、ヤバイ。

特殊能力のこと、明梨にも言っていないし。

どうせ、人に知られたら、消えちゃうってパターンでしょう?

だれも知らない、知られちゃいけない。

ここは、笑ってごまかそう。


「うーん、夜の方が静かで、集中できるかなって、あははは……」

「ふーん、そうなの」

とりあえず、深く追及されずにすんで、ホッとした。


明梨はわたしの幼なじみ。

美人だし、賢いし、性格も良いし、名前の通りに明るいし。

なんでもそろっている、ステキな子。

それにひきかえ、わたしは、十人並みの容貌に、頭の出来も平凡、性格だって明るくない。

名前も景里かげりだなんて、笑っちゃう。


とにかく、全てにおいて、対照的なんだ……明梨とは。

まさに光と影。


そんなふうに長所オンパレードの明梨は、それをひけらかすでもなく、いつも自然体。

昼間、例の力が使えなくて、迷ってばかりのわたしに、より良い方を示してくれる。


「コロッケパンか、焼きそばパンか、どっちにしよう」

「焼きそばパンが、いいと思うよ」


「髪、上げた方が良いかな、それか、おろした方が似合うかな?」

「景里はおろした方が、かわいいよ」


明梨の選択に、間違いはない。常に正解。

昼間は、明梨の言うとおり、なのだ。


わたしには、明梨がとてもまぶしく映る。

それが、だんだん恋愛感情に変わっていったらしくて、

気づけば、「いつもそばにいたい」と、思うようになっていた。

光あるところに影があるように、彼女に寄り添っていたい。


告白はまだしていない。

勇気が出ないまま、もう季節は秋。

卒業まで半年切って、告白するのも、ちょっと。

離れ離れになるって、わかってるのに、こくれるわけない……


明梨は、バスで一時間の距離にある、他市の進学校Nを目指している。

対してわたしは、ほかのみんなと同じ、地元の高校に行くと思う。

明梨と同じ高校へ入るだけの学力が、ないのだから。

特殊能力は、夜のみ有効で、試験の役に立たない。


「わたしも、もっと勉強が出来たらなあ。N校へ行けるのに」

とある日、明梨の前でつい、こぼしてしまった。

すると明梨が、

「今からでも、遅くないよ。頑張って」

と言ってくれて、片手をすうっと上げたと思ったら―――

「一緒にN校、目指そう。景里なら大丈夫。受かる。受かるよ。景里は受かる、絶対に受かるからね、〈ドーン!〉」

いきなり、人差し指を、目の前につきつけてきたから、びっくりした。


「え、なに? それって、なにかのギャグ?」

「〈喪服福郎もふくふくろう〉よ」

「ひょっとして、またレトロなアニメ?」

「そうよ。〈笑う営業マン〉 悩みやストレスを抱えた人の前に現れて、『願いを叶えるけど、代償もある』ブラックユーモアのアニメよ。その決めゼリフが〈ドーン!〉なの。更に詳しく解説するとね……」

ああ、また始まっちゃった。熱く語り出すと止まらないんだから。


オタクを自認する明梨あかり

空気を読まずに、唐突に繰り出す意味不明のセリフや、フレーズ、アニメ語りが、令和の世代には、ほとんど理解不能だというのに。

彼女は一向にかまわないのだ。

中三なのに、中二が入ってる。

でもキラキラした目で、好きなことを語る明梨も好き。


思いは募るばかりで、どうしようもなくなって、ついに学校からの帰り道、

「好きなの。明梨、あなたが」

こくってしまった。

「私もよ。景里かげりのこと、ずっと好きだった」

「ほんと?」

「うん」

うれしかった。

しばらく見つめ合った後、お互いになにも言えなくて、ただ手を繋いで帰った。


告白して良かった。心は幸せでいっぱいだ。

となれば、ほとんど無理とあきらめていた、難関N校の受験。

(受けなきゃ……)

と思った。


(明梨と離れ離れになるなんて、イヤ)

99%まで無理でも、1%でも可能性があるなら、それにかけたい。


わたしは無我夢中で、受験勉強をがんばった。

(明梨と一緒に、N校に通うんだ)

その思いだけだった。


おかげで、実力は急激にアップした。

しかし現実は厳しい。

模試では、もう一息、合格ラインに届かない。

明梨も、しょっちゅう、わたしの家に来て、勉強に付き合ってくれてるのに。

心がえてしまいそう。


「ごめん、明梨。やっぱり、わたしムリかも」

と弱音を吐いてしまった。

「うーん、景里、まずまずの線いってるのに。さすが難関校ね。こうなったら、なりふりかまっていられないわ。私も全力で応援するから。使えるものは、全部使おう!」

「ありがとう。心強いよ」

「じゃ、全てを賭けた、必死のチャレンジの前に、まずは私たち、隠し事だけはやめよっか」

と明梨が言った。

「うん」


実はわたし……

実は私……


声がかぶった。

「先に言って」と明梨が譲ってくれて、

わたしは、〈神さまのいうとおり〉の能力を、明梨に打ち明けた。

なぜか明梨は、驚かなかった。それどころか、


「やっぱりね、私にも同じ力があるの。ただし使えるのは、明るい昼間だけ」

「え、そうなの?」

「そうよ。これまであなたに、いろいろとアドバイスしてきたのは……その力のおかげ。指差してるの、気づかなかった?」

「うん、ぜんぜん」

「にぶっ」

「もー、それ言う? でも、不思議ね。なんで、わたしたち二人だけに……」


「幼稚園の時、あなたの家族と、うちの家族と一緒に行った遊園地・桃山ももやまミンキーパーク。あそこの庭園に、妖精さんの像が並んでたのって、覚えてる?」

「なんとなく……」

「そのうちの一つに、右手の人差し指にヒビが入っていた。『おケガして痛いでしょう』って、景里が言って。それで絆創膏ばんそうこうを、一緒に貼ってあげたよね。うまく貼れなかったけど」

「うーん、そんなことがあったような」

ミンキーパークで明梨と遊んだのは覚えてるけど、ほかはぼんやり。




「あの後、もう一度、私、遊園地に行ったけど、その妖精はいくら探しても見つからなかった。あれは、本物の妖精だったんじゃないかって思ってる」

「あ、確かローカルな都市伝説で、ミンキーパークの庭園の、あちこちに置かれている妖精像のうち、一体だけ本物の妖精が化けてるって噂、あったよね?」

「ええ、まさにそれ」

「本当だったんだ」

「と思う。じゃなきゃ、この力、説明がつかないもの」


「だけど、根拠が……」

「調べたわ。古い文献から。妖精に関するすべてのことを。十九世紀のロマン主義時代の妖精文学から、二十世紀初頭のコナン・ドイルの著書、文化人類学、民俗学、文学研究、オカルト、古文書、ひいては懐かしのアニメに至るまで、多種多様な面から、文献を読みあさった。それでわかったことがあるの」

「で、それは?」

「妖精は自分を助けてくれた人間に、恩返しとして魔法の力を与えるってこと。江戸時代の古文書に、天から落ちてきた妖精を介抱した二人の村娘が、不思議な力を授かったという話があるわ。一人は昼間だけ、もう一人は夜だけ力が使えたと」


「じゃあ、わたしたちのも?」

「そうね。そして、その古文書には、ある儀式によって、昼夜関係なく、奇跡を行えるようになったと記されているの」

「ようは、わたしも、昼間に力を使えるようになるってこと?」

「そうよ。ただし、儀式が成功するには、一つだけ大切な条件があるわ」

「どんな?」

「愛よ。光と影の融合には、『真の愛』が不可欠なの」


「なら、問題ないって。やろっか」

「本当にいいの? 失敗したら、全てを失うわよ。人差し指の能力も、私たちの関係も全て。自信ある?」

「愚問ね。わたしが、どれだけ明梨のことが好きか、知ってるくせに……」

「ごめん。でも、うれしいな。それ聞いて、安心した。じゃ、さっそく始めよっか。さあ、景里、あなたの人差し指を、まっすぐ伸ばして」

「うん」

わたしは、右手の人差し指を、まっすぐに伸ばして、明梨の方に向けた。

明梨も自分の人差し指を、ゆっくりと、わたしの指の方に伸ばしてきた。


「さあ、景里。一緒に唱えるの。〈あなたを照らす光になる〉 I’ll be……」

「I’ll be……」


「——the light here.」

「——the light here.」


唱え終えて、お互いの指先が、そっと触れ合った瞬間、まばゆいばかりの光があふれ出た。


「ああっ! 目が、目がぁ……」


あまりのまぶしさに、一瞬、目がくらむ。と同時に、指先を伝って、体中にビリビリと激しい電流が、流れるような感覚があって、頭が真っ白になった。

ようやく、気を取り直した時、わたしは自分の中で、なにかが変わったのを感じた。


明梨が、喜びの声を上げた。

「素晴らしいわ! この光こそ、古文書にあった聖なる光! 『昼の光と夜の影、今ここに交わりて、指先に宿りし奇跡の力を織り成さん』 これで、おそらく、私もあなたも、昼夜問わず、力を使えるはずよ」

「じゃあ、試験も安心だね」

「あと一息の足りない点数、選択問題が全問正解なら、合格は間違いなしってこと」

「うん、明梨のおかげ。ありがとう!」


     ◇     ◇


新しい年になって、受験も終わって、すでに桜の咲く季節。

結果から言うと、わたし・景里は、晴れてN高に合格して、明梨と一緒に高校生活をスタートさせている。

入試に指の魔法は、使わなかった。

正攻法で勝負して、明梨と胸を張って愛し合おう、と思ったから。


真の愛は、誠実な心から生まれる。

それを実感して、試験には正々堂々と挑もう、と思った。


合格ライン突破の、原動力になったのは、

尽きることのない、明梨への純粋な愛。

それで、十分だった。


家から高校までは、バスで片道一時間、

通うのは大変だからって、寮に入ることになった。

もちろん、部屋は明梨と一緒、

二人だけの甘い時間を、存分に楽しんでいる。


今夜は、わたしが先に、彼女に触れる番。

右手の人差し指で、明梨の白くて滑らかな肌を、体のラインに沿って、優美になぞりつつ、

「どこが、いいの? 神さま・の・いう・とおり……ここでしょ?」

「そう、そこ……イイ」


お互いの最も感じるポイントが、手に取るようにわかる。

まさに、指先の奇跡のなせる業。

つまり愛を深め合うためだけに、能力を使うと決めたってわけ。

わたしたちは、これからもずっと相思相愛、

永遠に一緒なんだって、幸せをかみしめている♡

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