第11話 ハートの的をねらえ!

飛永ひえい高校弓道部の二年生、陽菜ひなあおいは、ライバル同士だ。

共に父親が弓道の大家で、幼い頃から、それぞれ弓術の英才教育を受けて育ち、今や高校女子弓道界の双璧そうへきとして、全国に名をせている。


クラスメイトでもある二人は、部活のみならず、なにかにつけ、ことごとく張り合った。

それが同時に、弓道部男子の主将・大翔ひろとに恋してしまったのだから、バチバチに火花を散らすどころではない。


「大翔君は、この陽菜がいただくわ。おとなしく身を引きなさい」

「バカなこと言わないで。彼は葵の運命の人なんだから」


「こうなったら、競射で勝負しましょう」

「望むところよ」


大好きな大翔を巡って、得意の弓で勝負することになった。


「少しでも、的の中心を逸れた方が、負けよ」

「もちろん、わかってるわ」


本来、弓道競技のルールでは、的面(直径三十六センチ)のどこを射抜いても的中となり、中心からの遠近は問わない。

ただし、名人である二人の〈当たり〉は、あくまでも的の中心のみ。


陽菜と葵は、射場に立って弓を構え、二十八メートル先に掛けた一つの的を狙って、交替で矢を放つ。


先に放った陽菜の甲矢はやが、的のど真ん中を見事に射抜くと、次に放った葵の甲矢が、今刺さったばかりの陽菜の矢筈に突き刺さる。

その葵の矢筈に今度は陽菜の乙矢おとやが、がっしと食い込むと、すかさず葵の乙矢が、また陽菜の矢筈にめり込んだ。


甲矢乙矢、二手四つ矢、両者の放つ矢は、常に的の中心をとらえ続け、コンマ1ミリさえ逸れる気配がない。

ついに刺さった矢が、的から一本の長い竿のように、連なってしまった。


「葵、いいかげんにしなさいよ」

「陽菜こそ、しぶといわね」


二人がにらみ合っていると、どこからともなく、腰の曲がった白ひげの老人が、杖をついて現れた。


「初めから見させてもらったが、なかなか面白い勝負じゃのう」

「あなたは?」と陽菜と葵が声を揃えて問う。

「わしは、通りがかりの年寄りじゃ。それより、恋をモノにするなら、この弓矢を使うがよい」

そう言って老人は、二人にそれぞれ一張ずつ、ピンク色の弓と矢を手渡した。


「〈恋の弓矢〉じゃ。これで胸を射抜かれた者は、矢を放った人間のことを、愛してやまなくなる」

「じゃ、これって、キューピットの弓矢なの?」と陽菜が驚く。

「確か、そういう都市伝説があったよね。まさか、本当だったなんて」と葵が興奮する。

「その矢は相手に当たった途端、消えるようにできておる。一本ずつしかないから、狙いは慎重にな、ほっほっほ」


「言われなくたって」

「そうよ。一本あれば、充分よ」

と二人が渡された弓矢に目をやって、再び顔を上げると、老人は忽然こつぜんと姿を消していた。

「あれ? おじいさんは、どこ?」


その日から、陽菜と葵は、〈恋の弓矢〉を手に、大翔の様子をうかがうようになった。

「葵より先に、大翔君の胸を射抜かないと」

「陽菜なんかに、先を越されてなるものですか」


しかしながら、大翔はイケメンだし、背も高くてかっこいいし、いつも周囲にだれかいて、校内ではなかなかチャンスがなかった。


「ストーカーみたいなこと、したくないけど……」

陽菜はライバルの葵に先を越されたくなくて、こっそり大翔の後をつけるなど、迷惑行為ギリギリのことを始めた。

その甲斐かいあって、彼の普段の行動を、いろいろと知ることができた。


大翔の家は、郊外にあり、最寄り駅から徒歩八分。

帰り道、電車を降りて駅を出ると、必ず途中にある自販機で、アップルジュースを買って、立ち飲みするのだ。


人通りのあまりない狭い道で、隠れるのにちょうどいい物陰もあって、狙うには絶好の場所だ。

このことを、たぶん葵は知らないだろうから、一歩先んじているわけだ。


「よし、ここで大翔君を待ち伏せしよう」


その日、葵は風邪で学校を休んでいた。

狙うなら、彼女のいない時が良いに決まっている。


「決行だ」


陽菜は、部活が終わると、さっさと着替えて、例の自販機の所へやって来た。

物陰にしばらく隠れていると、やがて大翔が歩いて来て、いつものように自販機の前で足を止め、アップルジュースを買って、立ったまま飲み始めた。


「今がチャンス」とばかり、陽菜は物陰から飛び出るや否や、電光石火の早業はやわざで、大翔の胸をめがけて矢を放った。

ところが、あろうことか、その瞬間に大翔が「あ、百円玉みっけー」と言って、しゃがんでしまったのだ。


放たれた矢は、大翔の上を通り越して飛んで行き、なんと、その先に突然現れた葵の胸に、グサッと突き刺さった。


「えっ、なんで葵が? あなた、風邪で休んでるんじゃなかったの!」と驚く陽菜に向かって葵は、

「抜け駆けは許さないわ。わたし、毎日あなたの跡をつけてたのよ」と言いつつ、痛そうに顔をゆがめて、右手で胸を押さえた。

葵の左手は、恋の弓を握っている。ただし、矢は既に発射されていた。


葵もまた、目にもとまらぬ速さで、矢を放っていたのだ。そして、その矢は、陽菜の胸に深々と突き刺さっており、鋭い痛みが生じていた。

つまり、両者が向かい合って放った矢が、中央の標的・大翔の頭上ですれ違い、お互いの胸を貫いたわけだ。


二人の矢は、まもなく消えて、体に何の傷も残らなかった。


しかし……


「ちょっと、葵。わたしたち、どうなるの? なんか胸がドキドキしてきたんだけど」と陽菜が、不安そうに言う。

「どうなるって……そんなこと、決まってるでしょ。こうなるのよ!」と葵が陽菜に、いきなり抱きついて、キスをした。


それ以来、陽菜と葵は、女の子同士なのに、お互いを深く愛し、求め合うようになってしまった。

想定外だったとはいえ、当然の結果だろう。

〈恋の弓矢〉の力は、極めて強力なのだから。

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