2日目の怒涛の夜から一転、とても穏やかな日々が続いた。

　

　相変わらず陛下とは別室で寝ている。食事の時もあまり目を合わせてくれないし、どうやら陛下に避けられている。

　これでは仲良くなるどころじゃない。いきなりグイグイいきすぎただろうか。引かれてしまっただろうか。

　サーラさんに相談すると、ノア様は何も心配しないでください、あとはこちらでけしかけます！　と、なんだか物騒なことを言われてしまった。

　ということで、現在私は陛下の望んだ通り、実質お飾りの妻状態となっている。確かに平穏に過ごせてはいるが、実に無念だ。

　　

　それになにより、「神からの贈り物」は暇である。元・社畜的には、何もしないという状態は耐え難い。

　なので引き続き、この世界の情報収集に努めることにした。王宮探検は飽きてきたので、お供の兵をつけてもらい、お忍びでラルサの街に出る許可を得た。

　王宮の中にいてはわからなかったが、半年にわたる防衛戦で、ラルサの町は疲弊していた。四肢をなくした人、痩せこけた人、道端で倒れ込む人……街にはそんな人が溢れている。何かできることはないかと手を出そうとしたが、一緒に来てくれたアーシャちゃんに無言で首を横に振られ、止められた。

　お忍びの「神からの贈り物」は、腹が立つほど無力であった。

　ひとつ意外だったのが、そんな状況でも、ラルサの人々からバビル王への憎しみの声が聞こえてこなかったことだ。ラビ陛下が街を破壊せず、攻略後速やかに人々に食糧を配給し、復興支援に着手したおかげだろうと思われるが……

　

「――陛下はなぜラルサの破壊行為を禁じたんですか？　なぜ敗者の国に寛大なのですか？」

　一緒に来てくれたシンさんという、30代くらいのバビルの役人さんに聞いてみる。シンさんはスラッと背が高く、スポーツマンのような爽やかな顔立ちで、とても好感が持てる男の人だ。

　シンさんは隣を歩きながら、辺りを見回して答える。

　

「ノア様、陛下はラルサを新たな拠点として活かすお考え。そのためダメージを最小限に抑える努力をされました。――我々の暮らすこの『二つの川の間の地』には、都市国家が点在し、常に覇権を争っています。我らがバビルも、ここラルサもそのひとつ。バビルとラルサは長年緊張関係にありましたが、ラビ陛下は神のご加護のもと、ついにこの町を手中に収めました」

「へぇ」

「ここラルサは歴史ある古い都市。この辺り一帯……南部地域の都市を多数、領土に組み込んでおります。つまりここラルサを飼い慣らすことは、すなわちこの南部地域全体を治めることにもなり、バビルにとって非常に有益なことなのです」

　シンさんは通りの商店でデーツを買って、私に渡してくれた。街はきちんと物流も整ってきているようだ。

　ありがたくそれを受け取って、一口頂く。

　もぐもぐ。おいしい。

「……なるほど。ここは要所なんですね。ここを押さえることで、一気に広範な領土を組み込むことができる」

　シンさんは嬉しそうに頷いた。

「そうです。陛下は巷（ちまた）では好戦的な王だと言われていますが、まったく逆です。陛下は無益な戦を避けています。陛下はとても優しい方なんですよ」

　

　そう言って、シンさんはニッコリ微笑んだ。

　そのスマイルに、思わずキュン。

　ここの世界に来てキャラの濃い男の人ばかり見てきたからか、爽やかシンさんの存在は癒しでしかなかった。

　ラビ陛下が黒豹、ムトが虎、ライルさんが白オオカミだとすると、シンさんは鹿。癒しだ……。

「シン様がラルサを導いてくだされば、我らバビルはより安泰ですね！」

　アーシャちゃんが嬉しそうに言う。

　私はガックリ、肩を落とす。

　

　……そう、私たちがもうすぐバビルに帰る一方、シンさんはここラルサに「総督」として残ることが決まっているのだ。

　私の癒し、あっさりさようなら……

　せめて残りの日々、この癒しの人から癒しをもらえるだけもらっておこうと思う。

　途中アーシャちゃんがソソソと抜けてしまったので、シンさんと二人駄弁りながら王宮に帰った。すると会議を終えた陛下にばったり出くわした。

「あ、陛下！　お疲れ様です！」

　膝を曲げて挨拶すると、なぜか陛下がムッとした。

　

「……シンと何してる？」

「街を案内してもらってました！」

「二人でか？」

「陛下、もちろん二人ではありません。アーシャ殿と警護の兵も連れていきました」

　シンさんが間髪いれずに答えると、陛下のしかめっつらが少し緩んだ。

「……そうか。ならいい」

「？　はーい。あ、そうだ陛下。今日こそは一緒に寝れますか？」

「ブッ」

　単刀直入に聞くと、陛下が吹き出した。

　シンさんは爽やかスマイルのまま固まった。

「お前な……そう言うことは……」

「いっぱい陛下とお話ししたいです！」

「いけない、謁見の時間だな。いかなくては」

　陛下は機械みたいな口調で答えて、目を泳がせて、早足でどっかにいってしまった。

　結局、夜はお話しできなかったし、相変わらず避けられている！！

◇◇◇◇◇◇

　――そんな日が続き、ついにラルサを出てバビルへと旅立つ日がやってきた。

　宮殿内は、早朝からあっちにいったりこっちにきたり。人々は慌ただしく帰りの準備をしている。

　私はポツン。王宮の広間の端、サーラさんたちのそばで邪魔にならないよう小さく座っていた。

「おー、嬢ちゃん。えらく小さくなってんなぁ」

「あ、ライルさん」

　長い白ローブをはためかせて、ライルさんが近づいてきた。

　最後の荷造りをしている女官さん達が、どことなく落ち着かない様子になる。

　……この人も美形だもんなぁ。神官だしなぁ。神官は非常に位の高い仕事だと聞いた。さぞかし女子に人気なんだろうなぁ。なんかチャラいし。

「嬢ちゃんは準備終わったのか？」

「準備するほど荷物がなくて。私の持ち物、ほぼ着ていた服と靴だけなのですぐ終わったんです。ライルさんは？　こんなところでフラフラして大丈夫なんですか？」

　ライルさんは深くため息をついて、私の目の前にヤンキー座りした。どこまでも神官らしくない人だ。

　

「……全然大丈夫じゃねぇ。あと1時間後にはここを出なきゃならねぇのに、神殿内の整理が終わらねぇ。仕方ねぇから諦めておっさんに任せてきた」

「おっさん？」

「バビルの神官長のことです。あの方をおっさん呼ばわりするなんて、しかもお仕事を押し付けてくるなんて！　ライル様、罰当たりですよ。陛下に言いつけますよ」

　サーラさん参戦。目は険しくライルさんを睨んでいるが、手はすごいスピードで、袋に何かを詰め続けている。

　そんなサーラさんを、ライルさんが頬杖をつきながら横目で見る。

「女官長殿、どうかご勘弁を。……お家柄もよく、仕事もできる美貌のサーラ様、どうかどうか陛下にはご内密に」

「なら早く神殿に戻ってください。仕事して」

「サーラは真面目すぎ！　あと既婚者なのも惜しいよなぁ」

「え！　サーラさんご結婚されていたんですか！？」

「えぇ、夫は書記官をやっております」

　突然の新情報にびっくり。サーラさんと知り合って一週間ほどたつが、夫がいる気配なんてちっとも感じ取れなかった。プライベートを仕事に持ち込まない、なんてシゴデキレディなんだ。

「嬢ちゃんはまだアウェル（サーラの夫）には会ったことなかったか。押収した土地の確認に駆り出されてたんだっけ？　これまた真面目な男でさぁ……夫婦揃って陛下のことが大好きなんだよ」

　呆れたようなライルさんに、サーラさんは身を乗り出して答える。

「当たり前でしょう！　バビルの民はみな陛下を愛して当然です。陛下は力強くカリスマ性があり、神に愛されしお方です。この不落と言われた城壁都市ラルサを打ち破り、神よりノア様を賜ったのが何よりの証拠！　あとはお世継ぎを待つのみです！！」

「……だってよ、嬢ちゃん」

「う、うーん……」

　苦笑いしながらふーっと息を吐き、ライルさんが立ち上がる。じゃあな嬢ちゃんまたあとで、なんて頭をポンポンして、ライルさんは広間を出て行った。

「……私、もう嬢ちゃんって歳じゃないんだけどなぁ」

「あら、ノア様っておいくつなんです？」

「24です。陛下と同じくらいですよね？」

「…………」

「……サーラさん？」

　サーラさんが絶句している。

　目を見開き、口をポカンとさせ、高速で動いていた手が固まっている。

「…………サーラさーん……？」

「……はっ！　す、すみません、ノア様、もう少しお若いかと思っていましたので……その……お体もまだ成長途中のようでしたから……あ、いや、その、伸び代がすごくあるという意味です！　そうだ！　お胸の成長を促すマッサージが上手な女官がいるんです。バビルに帰ったらすぐお呼びします！」

　サーラさんの必死な取り繕いに、思わず――

「…………私のは謙虚なだけ！！　ここの人たちがみんな発育よすぎるだけ！！」

　160センチBカップ、シャウトしました。

　

　まことに生きづらい世の中です。