ふつかめのよる ②

 何をやっているかと聞かれたら。


「白目です!」


「……白目……だな……」


「上手でしょ? 下瞼を思いっきり引っ張ると、こうやって綺麗な白目ができるんです」


「……あぁ……綺麗だ。綺麗な白目だ……」


 おそらくこれまでの人生で、こんなに至近距離で白目を披露される経験なんてなかっただろう陛下は、戸惑いすぎておかしくなったのか、逆に感心してくれた。


 ノア流・アイスブレイク、大成功です!


 狙い通り場も和んだ(?)ところで、白目を解除し、早速本題に入ってみる。

 

「陛下、聞きました。陛下が女性にトラウマをお持ちなこと」


 綺麗な眉間に皺が刻まれる。


「…………誰から聞いた?」


「サーラさんやムトからです。皆さん、陛下のことを心配していました。……昨日陛下が『私を愛することはない』と仰ったのも、女にトラウマがあるから、ですよね」


「…………」


「そこで私、考えました。どうしたら陛下と私、無理なく利害を一致させられるか。……陛下は私を利用したい。神から『贈り物』を賜ったと、神に愛されている王だと国中にアピールしたい。でも陛下は女がお嫌いだし、できれば私と触れ合いたくない。とはいえ不仲を疑われたくない。正直扱いが難しい。そうでしょ?」


「…………」


 陛下は険しい顔のまま無言。だが大筋は外れてはいなさそうだ。


「一方私は、突然この世界に身ひとつで来てしまって、行く当ても頼れる人もいない。ひとりでは生きていけない。でも陛下の妻でいればひとまず生活はできそう。だから私は陛下のそばにいたい。私たち、お互いを必要としているという点は一緒だと思うのです」


 陛下は少し顔を緩め、頷いた。


「それはそうだな。だからお前は黙ってお飾りの妻をしてくれればそれでいい」


「そんなつまんないのは嫌です! 仮面夫婦なんてつまんないです。最悪です。せっかくご縁があって夫婦になるんですよ。愛してくれなくてもいい。せめて友達くらいにはなりたいです!」


「友達……」


「はい! ですから」


 私は人差し指を立て、とある提案をしてみた。


「陛下、二人でいる時は私のこと、男だと思ってみてください」


「…………ん…………??」


 陛下が怪訝そうに、目を細めた。


「いいですか陛下!」


 大きな声で呼びかけると、陛下は肩をピクリとさせ、目を見開いた。


「私は今から陛下の男友達ですよ! ほら、格好も男みたいでしょ。はい、私は男! 妻は男! そう思ってください!」


「妻は男…………」


 陛下の目が、何を言い出すんだこいつは、と明確に言っている。


 でも負けない。


「ね、陛下、練習してみましょう! はい、私は男友達ですからね。いきますよ……!」


 私はうつ伏せに、枕を抱え……


「えー……ゴホン。……な、なぁラビー」


「……」


「女官の中で誰が一番タイプ?」


 修学旅行の夜的な会話を持ちかけてみた。


「……」

 

 陛下が真顔のまま固まっている。


 あれ。この世界には修学旅行ってないのかな。


 でも負けない。


「なぁラビも教えろよ。俺はさー、やっぱりサーラかな。推定Eカップはあるし、仕事できるいい女って感じだしよー。でもアーシャの子猫ちゃんみたいな雰囲気もいいよなー」


「お前はバカなのか……?」


 見れば陛下が、一周回って心配そうな顔になっていた。


「ば、バカじゃねーし! 男だし!」


「…………」


 さらにどんどん、なんだかものすごく残念なものを見る目になっている。


 でも負けない!

 

 ……いや、これはさすがに負ける……


「……やっぱりダメですかね……。昔、男だったらまあまあイケメンになりそうな顔だよねって言われたことがあって……胸も尻もないってムトにも言われたし、だから男役、いけるかなって……」


「いけねぇだろ……」


「髪を切ったらいいですかね? ちょっと切ってみようかな。陛下、お腰の短剣貸してください」


「貸すか! 落ち着け!」


「落ち着いてますよ!」

 

 この作戦はお気に召さなかったのだろうか。陛下はガバッと起き上がり、両手で頭を抱えはじめた。


「……お前がよくわからない……」


 陛下は 混乱 している!


「混乱させて……すみません。これでも、女嫌いの人と仲良くなれる方法を頑張って考えたんです。でも私の貧相な頭では、『女がダメなら男になればいいじゃない』作戦しか思いつかなくて……」

 

 肩をすくめると、顔を隠すたくましい腕の間から、上目遣いのエメラルドの瞳がのぞいていた。


 その瞳はどこか……怯えているように見えた。


「……あんなことを言われて……されて、俺と……仲良くなりたい? 怒らないのか? 怖くないのか?」

 

「正直ムカつきましたよ。でも夫婦になるんですよね? 私たち」


「表面上だけでいいと言っている」


「そんなの寂しいです。私、陛下といっぱい仲良くなりたいです!」


 そう答えると、陛下がまた固まった。


 口を半開きにし、エメラルドの目をまん丸にして。


「……」


 キョトンとしている。


 イケメンの全力のキョトン顔! これは貴重だ。


 なんだかおかしくて、思わず口が緩んでしまった。


「……ふふ。陛下、きれいな顔がちょっと間抜けなことになっています。かわいいです」

  

「あ?!……いや……んん……」


 陛下はなぜか目を高速で泳がせ始め、そしてぐるんと私に背を向けて、黙り込んでしまった。


「……陛下、どうしました?」

 

 あぐらをかいて座る、少し丸まった広い背中に声をかける。が、返事はない。


 仕方なく横から顔を覗き込むが、またふいっと顔を逸らされた。しつこく覗き込みやっと顔が見えたが、陛下の唇はへの字、眉はハの字、さらに面白い顔になっていた。


「陛下? ふふ、それはどういうお顔ですか?」


「……見るな」


「ん? ……照れてる? あ、それはもしや照れてます? もしかして、かわいいって言われて照れちゃいました?! やだ、かわいい〜!」


「う、うるさい!……風呂を浴びてくる!」


「あ……はい、行ってらっしゃい! お戻りになったら話の続きをしましょう! どうしたらうまく男友達になれるか、一緒に考えましょう!」


 寝台から転げるように降りた陛下は、振り返り、なぜかゼーハーゼーハー、息をあげていた。この人結構感情表現豊かなんだな、なんて思っていると。


「男友達にはならないし、俺は別の部屋で寝る!」


「え! なんで?!」


「いいから! お前はさっさと寝ろ!」


 そう吐き捨てて、陛下は部屋を大股で出て行ってしまった。


 残された私は、ポツン。


「……な……! 人が一生〜懸命考えてるっていうのに!」


 陛下って……ツンデレなのかな?!


 まったく、私の陛下はお取り扱いが難しい!

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