ATONAL

渚慶

第1話


 それを目にしたのは、本当にたまたまだった。


 新学期が始まって1週間。3年生に上がり、みな抜けない休暇の疲れと新生活への思いを胸に、平和に過ごしていた。フィーネも例外ではない。


 国立ロードフォード魔法学園——約170年の歴史を誇る、国唯一の国立魔法学園である。4年制の学園では学年ごとにネクタイの色が変わり、4年生は創設者ロードフォード大魔法使いの愛用ペンダントと同じ紫を締める。難関を突破した魔法使いの卵たちは最高の教育と仲間に恵まれ、数々の名魔法使いを輩出してきた。


 ——そんな学園なのである。だから無駄な馬鹿騒ぎなどはせず、粛々と勉学に励む者ばかりだ。


 もちろん俺も規則を守るし、問題を起こした試しもない。だから油断していたのだろう。


 その日、図書館へ向かう途中、中庭の外壁近くにしゃがみこんでいるピンク髪の青年が目に入った。杖を構え、地面には粗末な魔法陣の魔力が漂っている。

 明らかな規則違反だが、面倒事はごめんだ。見なかったことにして歩き出そうとした瞬間——ボンッと爆発音。続いて青年の叫び声。


「なんだ今の音は!」


 そう叫びながらC棟渡り廊下から走ってきたのは、体育教師のドロシー先生。


 ドロシー先生はまず音の発生地にいる青年を見てから、俺を見て、また青年を見た。腕を組み、右足に体重を乗っけてため息を着く。


「状況を説明して貰おうか。アル・リリナイル」


 そう呼ばれた青年、リリナイルは、バツの悪そうな笑みを浮かべながら立ち上がり、先生の方へと振り返る。その手には、真っ黒に焦げたピザの箱が掲げられていた。


「はは……すみません」


 リリナイルは気まずそうにそう嘆き、右手で頭を搔く。


「ピ、ピザは悪くないんですよ」


 その発言に、ドロシー先生は口の端を強く噛み、眉間に皺を寄せる。カツカツとヒールの音を奏でながらリリナイルの前まで前のめりに歩き出す。


「何ふざけたこと言っているんだ!簡素な転移魔法陣を使いおって!お前は転校してきてからというもの、問題に問題を重ねて……ついにはピザを学園に持ち込もうとまで……呆れて夜も眠れない」


「それは大変だ。安眠用の魔法は得意ですよ、先生。治癒魔法の一環なので。良ければかけて差し上げましょうか?」


「バカモン!」


 バカを言ったリリナイルは、案の定バカだと言われながら、リリナイルの目の前までやってきたドロシー先生にゲンコツを食らわされ、蹲る。


「痛い!暴力教師!教育委員会に訴えてやる!」


「うるさい!お前は生徒指導室行きだ!そこの突っ立ってるフィーネ・ショーン!お前も来い!」


 急に名前を呼ばれ「は?」と間抜けな声を出してしまう。俺は現場にいただけで、何も干渉はしていない。無実を証明しようと声を上げるより前に、先生は杖を構えていた。


「とっとと生徒指導室に行きたまえ!」


 その瞬間、言いようもない浮遊感と、暗闇の中に突き落とされる。



 



 目が覚めると、強い光が目の前に広がり、反射的に瞼を閉じた。右手で光から目を遮り、ゆっくりと起き上がる。


 周りを見れば、そこは案の定生徒指導室だった。ドロシー先生に雑に投げ出された影響で、体の節々が痛む。軋む肩を手で押さえ、左を見れば、アル・リリナイルが無様に大の字で寝転がっていた。


 俺は忌々しげにそいつを眺めてから、立ち上がる。部屋には誰もいない。目の前には重厚感のある焦げ茶色の両袖デスクが一つ、その後ろには三つの窓があるが、カーテンで閉じられていた。右横には質の良さそうなソファが置いてあり、壁には絵画がいくつか飾られている。


 静寂としていた。リリナイルが起きる気配はない。試しに扉に手をかけてみたが、開く訳もなかった。内側から開けられないとなると、先生が施錠魔法でもかけたのだろう。ドアノブごと爆発……なんて訳にもいかない。


 俺は振り返り、今だ尚寝こけているリリナイルを足で蹴る。フガッと豚のような声を出したが、まだ起きない。秒針の音だけが規則的に鳴り響く。俺は舌打ちをして、もう一度リリナイルを軽く足で蹴った。


「おい、起きろよ。豚になるぞ」


「う〜ん、バッタのパセリはいらないよ……」


 一体どんな夢を見ているのだ。ふざけたことを抜かすリリナイルに俺は苛立ち、頭を抱え、もう一度扉の前に行く。


 杖をドアノブに構える。もしかしたら、解錠魔法でさっさとここから出てしまえるかと思ったのだ。元々俺は悪くないのだし、俺が居なくても問題は無いはずだ。問い詰められでもしたら適当な言い訳をしよう。


 解錠魔法は一年生の時に習った。習得は簡単だが、間違えると鍵穴ごと壊れてドアノブが使い物にならなくなる。なので意外とバレやすい魔法だ。慎重に杖の向きを整え、魔法を使おうとしたその時。


 ドアノブが捻られ、扉が開く。俺は咄嗟に杖をしまうが見られていただろう。目の前には、担任のリド先生が立っていた。黒いマッシュの髪に、くりくりとした大きな瞳。重たげな黒いローブを着ている。身長は俺の胸の高さ程しかなく、しかし幼げな少年の見た目からは想像できないくらい年配の先生だ。実年齢を知る者はいない。


「おやおや、ショーン。何をしようとしていたのかな?」


 俺は目を逸らし、「何も」と答える。説得力は無かっただろう。最悪の場面で出くわしてしまった。この教師、気配を消していた。学園でまでこの体裁じゃ、たまったもんじゃない。


 リド先生は気だるげに部屋の中へと入り、寝っ転がっているリリナイルを見て、くすりと微笑む。笑える要素はなかったと思うが。先生は何がおかしいのか、にこにこと笑ったまま扉の前に突っ立っている俺を見た。


「いやぁ、ドロシー先生に呼び出されたと思ったら、まさか君がここにいるとはね。明日はきっと学園長が校庭でブレイクダンスでもするだろうね。異常現象だ」


「学園長は踊れませんよ」


「ジョークだよ。ほらリリナイル、起きろ」


 そう言って先生は杖をリリナイルの頭上まで持っていく。すると杖の先端から小さな火花がバチバチと瞬き、呆気なく消える。先生が杖をしまえば、リリナイルがもぞもぞと起き上がって、目を擦りながら周りを見渡した。


「…………おはようございます」


「おはようリリナイル。なぜ自分がここにいるか、覚えているかな?」


「はぁ、確かピザを持ち出したのがバレて……」


 それで思い出したのか、リリナイルが慌てて身の回りを確認する。


「ピザがない!」


「ピザはあっちのショーンが食べたよ」


「ちょっと」


「ジョークだ」


 リド先生はまた楽しそうに笑って、高そうな机に躊躇なく腰掛ける。


「ピザはドロシー先生が処分したよ。リリナイル、学園にピザを持ち出そうとしたとはね。ドロシー先生が発狂しそうだったよ。あんまりからかわないであげてね」


 リド先生がそう言えば、リリナイルは反省したように「すみません」と謝る。「途中までは上手くいっていたんですよ」


 その言葉に俺は頭痛がしそうになる。「あの程度で?」と咄嗟に声に出してしまった。


 「あれで、上手くいっていたって思うのか?そんな訳ないだろ。あんな誰でも見つけられるような転送魔法陣、真面目に用意したのがアホらしい」


「なっ!酷いな君、初対面に向かって」


「うるさい。元はと言えばお前が馬鹿なことしでかすから無実の俺まで巻き込まれたんだ。正当な罰を与えられればいい」


「酷い!」


 リリナイルは両手を拳にしてブンブンと縦に振り、俺を責めたてる。だが何を言われたって痛くも痒くもない。こんなことに時間を使っている俺まで馬鹿みたいに思えてきたので、俺は魔法でリリナイルの口を閉じ、未だに傍観しているだけのリド先生へと向き直る。


「先生、俺は無実です。たまたまあの状態のリリナイルに出くわしただけで、俺はただ図書館に行きたかっただけなんです」


「うんうん。まぁそうだろうね。優等生の君がリリナイルに加担しているとは思えない」


 先生は腕を組み、首を縦に震る。勝った。これで俺はやっと解放される。時計を見れば、もう午後四時を指していた。確か図書館へと向かっていたのが午後三時半頃だ。既に三十分近くはは経っている。今日は放課後図書館で今後の授業の予習でもしてしまおうかと思っていたのに。だがまだ間に合う。計画は少し後ろ倒しになったが、今帰れれば問題は無いだろう。


 そう思ってリド先生を見れば、先生は腕を組んだまま、優しげに微笑んでいた。リリナイルは後ろでもごもごと何かを訴えている。先生は何かを探るような視線で俺を見つめた。


「帰る前に一つ聞いておきたいんだけど、君、リリナイルの魔法陣の存在にはすぐに気づいていたんだよね?」


「はい。不自然にしゃがみこんでいたので気になって見てみたら、下手くそな魔法陣が敷かれていました」


「その時点で、リリナイルが規則破りをしているのは見て取れたと」


「はぁ、まぁ、そうなりますね」


「ふむふむ。なるほどね……」


 先生はそう言ったっきり、右手を顎に添えて黙り込む。秒針の音を数えながら、一分、二分と、俺もリリナイルも黙り込んでいた。


 五分程しただろうか。やっと先生が口を開く。


「ショーン。君は学年一位の成績を誇る優等生だ。私も、君を担当するクラスを持って、君の日常生活を少し、見させて貰った」


 リド先生は腕を組み机に座り直し、つま先で木製の床を二回叩く。


「それでわかったんだが、君は少し、いやかなり周りに無頓着すぎる。クラスメイトに友人と呼べる人物はいるかい?私は君がグループワークなどの必要な活動以外で誰かと話しているところを見たことがない」


 それのどこに問題が?と思ったが、いつの間にか魔法を解いたリリナイルが手で口を隠しながら「ぼっちだ」と嘲笑った事により、つい舌打ちが漏れる。


「……すみません。つい………」


「いや、いいよ。続けてご覧」


 先生に促された俺は僅かに足幅を広げ、手を後ろで組み、姿勢を正す。


「はい。俺は学園生活において、無駄な人間関係は必要ないと考えています。現に、俺は問題なく過ごせている。必要なコミュニケーションは取れていますし、周りに迷惑もかけていない。それに、俺以外にも自ら一人を好む人間なんて、いくらでもいるでしょう。俺一人を問い詰めてもキリがないと思います」


 一息にそう捲し立てれば、リド先生は「それもそうなんだけどね」と悩ましげな声を上げた。


「ショーン。これは自論なんだけれど、このままじゃ孤立したまま社会に出る事になるよ」


「俺はそれでも構わないつもりですが」


「構うよ。魔法は、人と人を繋ぐものだ」


 そう言うと、リド先生は苦笑いをして「まぁ最後まで聞いてよ」と俺を制す。


「そうやって一人で生きていく人生も悪くないだろうね。そんな人世の中には沢山いる。だけど君は選択授業で精神魔法学を受講してしまった」


「はぁ」


 精神魔法学。その言葉を頭の中で反芻する。来週から始まる選択授業で俺が採った科目だ。毎年受講者が非常に少なく、人数が足りずに無くなる事もある。担当教師は、今目の前にいる。


 いや、だから何だ。今は関係ないだろう。


 俺は本来一番に怒られるはずのリリナイルが放ったらかしになっている事を不服に感じる。しかしリド先生が話を辞める気配なんてなく、零れそうになるため息を何とか飲み込む。自習時間がどんどん削られていく。


 ずっと立っているせいでくたびれてきた足を無視していると、何を感じ取ったのかリド先生が端に退かされていた二人用のソファを杖で指し、部屋中央、机の目の前まで移動させ、座るように促す。


 恐る恐るといった風に俺とリリナイルがソファに腰掛ければ、リド先生は足を組み、満足気に笑う。


「いいかい。これはありがたくも精神魔法学を受講してくれた二人に言えることだから、よく聞いておくんだよ」


 その言葉に、俺は耳を疑う。今先生は何と言った?精神魔法学を受講してくれた二人?それは、俺と、信じたくはないが、この横にいる男の事だろうか。


 絶望に近い感情を抱きながら左を見れば、リリナイルと目が合う。互いが互いを睨みながら、俺は選択を誤った事に対する後悔の念を抱いていた。こんな奴と授業が被るなんて。しかもよりによって精神魔法学。あんな人気の無い授業、今日偶然出会った奴が採っていたなんて誰が予想できただろうか。


 しかし先生は俺たちの様子なんて気にすることなく、話を続ける。


「精神魔法学とは、知っての通り人の精神に影響を与えるとても危険な魔法だ。それに、最悪自分の精神にも影響を与えかねない」


 先生の口は止まることなく話し続ける。年寄りの話は長いのだ。時計を見ると、針は午後四時十二分を示している。俺はこの話が後どのくらい続くのか計ることにした。


「精神魔法を使う上で大前提となる精神の扉。それを見つけるためには、己の内側、精神世界へと意識を研ぎ澄まさなければいけない。最も早くそこにたどり着くには、明確な自己理解度が問われるだろう。さぁ、君たちは本当の意味で自分の事を理解していると言えるかな?」


いきなり振られた質問に狼狽えていれば、リリナイルが元気良く「理解していないと思います」と答えた。


「僕は僕の本当の理想も、思いも信念も、胸の内にはありますがそれが正しいのかは分からないし、信じ続けていいのかも分かりません。ずっと霧がかっていて形を掴めずにいます。理解しようと思っても、それが論理からは逸脱していると感じています」


「うんうん、いいね。ショーンはどうかな?」


「……ハッキリとは分かりませんが、俺も、理解はできていない、と思います。ただ捉え方を変えるなら、俺は理解できていない自分を理解できています。逆に、理解出来ていると自認している人というのは、単なる錯覚であり、そちらの方が自分自身を理解していないのではないか、とも考えられます。なので、分かりません。どちらも理解できているかもしれないし、できていないかもしれない」


 あやふやな答えになってしまった自分を忸怩していると、リド先生は思いの外快活な声で「素晴らしい!」と拍手をした。


「二人の意見、どちらもすごく良かったよ。よく考えられているね」


 そう言って先生は腰掛けていた机から立ち上がり、俺たちの中央に立つ。時計を見れば、先程から約四分経過していた。


「二人はよく周りを見て、自分の内を見て過ごしているようだね。だけどそれだけじゃ本当に自分を理解することはできない。だからここでひとつ、大事なアドバイスを授けようじゃないか」


 そう言った先生の目つきが、真剣なものへと変わる。今までの緩く脳天気な雰囲気は消し去られ、小さな少年の姿からは想像もつかない威圧感が部屋中に充満する。部屋の明かりが揺らめき、あまりの圧に拳を握れば、リリナイルも息を呑んでいた。


「精神魔法を極めるために、己を理解する。だけど理解するには、自分で考えるよりも最も重要な事がある。それは他者と関わることだ。家族と、友人と、恋人と。時には赤の他人と関わり関係を深め、そうすることで人は他人を理解し、自分を理解していく」


 その言葉で、先生の言わんとしている事がわかった。つまり俺には、他者との関わりが足りないのだ。こんな状態が続けば、いつまでたっても精神魔法の基礎もできないと、先生は言いたいのだろう。

 

「ドロシー先生がショーンをここまで連れて来たのも、君がリリナイルの悪事を見て見ぬふりした事、そこが引っかかったからだろうね。傍観するのは決して悪いことじゃないけど、時には注意することも大事だし、見て見ぬふりは共犯にも繋がるよ」


 痛い所を突かれ、俺は黙り込む。先生の言っていることは最もで、ドロシー先生のやりようにも合点がいった。僅かな気恥しさから、下唇を噛み俯く。生徒指導室に運ばれるのなんて初めてだし、先生からこんな長々と説教されたのも初めてだ。屈辱的で悔しいが、今俺は言い返せる立場にいない。


 遠くからカラスの鳴く声が聞こえ、その鳴き声までなぜか俺を侮辱しているように感じ、ローブを強く握りしめる。


 黙り込む俺に対し先生は「そんなに落ち込むなよ」と笑ってみせる。あの威圧感はもう無くなっていた。


「ただまぁ、正直に言えば、私は君にすごく期待しているんだ。今までの成績を鑑みるに、その排他的で無頓着な性格をちょーっと直して人との関わりに対する重要性を覚えれば、君はすぐに精神魔法をマスターしてみせるだらう。というか、そうなって欲しいんだ。今後の未来の為にもね」


 そう言う先生は優しく微笑んだままで、俺は先生に期待されている事実に少し嬉しくなる。すると先生は人差し指を立て、ある提案を口にする。それが悪魔の提案だとも知らずに、俺は耳を傾けた。


「ということで、君たち二人はこれから同じ寮部屋ですごしてもらいます」


「…………え?」


 素っ頓狂な声を出せば横にいるリリナイルも驚いて見せた。あまりに急な提案に驚きを隠せない俺たちを他所に、先生は話し続ける。


「ショーンは今まで特待生として一人部屋が与えられていたけれど、それではいつまで経っても人との関わりの大切さを学ばないだろう。だからここは一発新しい事をしてみようって事で、学園長と話し合った結果、転校生のリリナイルがちょうど二人部屋を一人で使うとの事だったから、そこに君を割り当てたわけ」


 楽しそうに話す先生はまるでいたずらが成功した子供のような顔をしていて、その見た目にとてもお似合いである。ふざけるな!教育委員会に訴えてやる!いや、もしやこれも先生なりのジョークなのか?そう思ったが、先生の表情を見る限り、それはないだろう。本日二度目の絶望だ。


 隣のリリナイルも、「こんな仏頂面とは嫌だ」と申し立てている。聞き捨てならない発言だが俺も嫌だ。今直ぐに辞めるべきだ。そう訴えても、俺たちの声が届くはずもなく、先生は意に介さず二本目の指を立てる。


「そしてこれはリリナイル、君のためでもあるよ」


 急に名を挙げられ驚いたのか、リリナイルは間抜けな声で「僕?」と自分を指さす。


「そうだよ。君は友人を作ることに躊躇は無いようだけれど、ここに転校して来てからと言うもの、問題を起こして起こして起こしまくり、そして今日はなんだっけ?ピザを転送魔法陣で受け取ろうとした?君ここに来てまだ一週間だよね?ちょっとおいたが過ぎるんじゃないかな?」


 先生に黒い笑みを向けられ、流石に堪えたのかリリナイルは苦笑いでごめんなさいと謝る。騒がしい転校生が来たとは風の噂で聞いていたが、コイツだったのか。


「なのでショーン、君にはリリナイルの監視役になって欲しい。彼が何かよからぬ事をしようとしていたら、すかさず止めて欲しいんだ。流石に寮のプライベートにまで私たち教師は踏み込めないからね」


 先生はそう言いながら俺の肩に手を置く。第三の絶望だ。俺は、貧乏くじを引かされた。発狂しそうになる体を何とか治め、先生に訴えかける。


「待ってください先生。俺にこいつの監視が務まるとは思えません」


「優等生の君なら大丈夫だよ」


「いや、それって、もしこいつが問題を起こしたら、俺の責任にもなるんですよね?無理ですよ」


「大丈夫、そこら辺はちゃんと配慮するから。心配しなくていいよ」


「はぁ?」


 俺は呆れ返り、言葉を失い、ソファに俯く。俺が何をしたと言うのか。そんな、大罪を起こしたとは思えない。


「てことで二人、仲良く握手をして、今日から同室なんだから」


 先生はまるで事が丸く収まったとでも言いたげに無理やり俺たちの手を取り、握手を交わされ、部屋を追い出された。


 あまりの勢いに二人して呆然と締め出された扉を眺めていれば、なぜだか身体中の力が抜けていき、その場にしゃがみこんでしまう。


 頭を手で抱え、大きなため息を漏らせば、隣のアホもため息をついて、俺の横にしゃがみこむ。


「じゃあ、まぁよろしくね。フィーネ君。僕のことはアルって呼んでよ」


「気安く名前を呼ぶな」


「ああこりゃ無理だな」


 そんなこんなで、俺の最悪と呼べる日々が始まった。


 

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る