ニジカレ
@sumihiko
第1話 誕プレ
10月。朝の教室。
「これ、すげえよ、澪‼ すごすぎる‼ ありえねえ‼」
スマホを手に、紗香はしゃがれた声で絶叫し続けた。
「マジ最高‼ 澪、サンキューな‼」
紗香は長身を折り曲げるような恰好で、目をスマホの画面にくぎ付けにしながら
何度も澪に礼を言う。
紗香の喜ぶ姿を見て、澪は照れくさそうに顔を赤らめた。
色白の澪の顔は、赤くなるとすぐわかる。
澪は気恥ずかしかったが、自分のあげた誕プレで友達が喜んでくれるのは嬉しい。
眼鏡の奥のつぶらな瞳は微笑んでいた。
背は小さく細身で弱々しくは見えるが、サラサラの黒髪で清潔感がある。
端正な小顔には知性が
入学後からこれまでの定期テストは全部、学年ベスト5に入っている。
この高校は、西東京で指折りの名門校の1つだ。
勉強、スポーツ両面に力を入れており、文武両道を高らかに
"
もともと勉強がよくできる澪は、難なく合格できた。
陰キャ…とまでは言わないが、何しろ存在が地味なのだ。
シャシャるところがまったくなく、嫌われもしない代わりに、華もない。
澪を消極的にしている理由はいくつかある…。
小・中学校の頃からハデではなかったし、そもそも臆病な性格だ。
運動部系ではないから、活発な印象も与えないし、実際スポーツは苦手。
それどころか見た目通り貧血気味で、
健康的なハツラツとした魅力とは程遠い。
でも…彼女を内向的にしている最大の理由は、彼女の趣味…。
「な~に? 何かあったの?」
騒ぎを聞きつけて、
澪のもう1人の親友。紗香と3人でクラスの仲良し
「紗香、朝からテンション高すぎ!」
「へへへ 見ろよ、来実」
自分のスマホを来実に向ける紗香。
小さめのポリュームで、もう一度 "誕プレ" を再生する。
「え…これって…」 しばし来実も、紗香のスマホの画面に
「澪がウチにくれた誕プレ」
「えっえっ? "澪が"って…? まさか…」
紗香が自慢げに
「ホントのホントに澪が…?」 来実がクリクリの目を見開いて、澪に尋ねた。
澪ははにかむように軽く
スマホに映っているのは、アニメの短い動画。
バレーボール部のユニフォーム姿の男女がいる。
しかもユニフォームは、男女それぞれこの高校のものだ。
「フワ…クウガ」 来実が
動画の中にいる、長身で短髪のイケメン。
男の名は「
男子バレー部のエースアタッカー…という設定。
爽やかなスポーツマンだが、それだけじゃない。
ニヒルな俺様キャラといった雰囲気も出している。
「あっそっか。この男が例の…?」
"クウガ" の名は、来実も嫌というほど聞かされていた。
「そ。ウチの愛する
「"
「"ニジカレ" じゃない! 本物の
「プッ、よく言うよ。こんな誕プレもらっておいてさ?」
「いいの! 誰が何と言おうと、クウガはウチの
「はいはい、わかりましたよ~!」
三次元に彼氏がいない紗香は、妄想の "
そのニジカレに自ら"不破 空牙" という名を付け、澪と来実に彼女の妄想劇を語っていた。
そこから今回のこの動画が生まれたというわけだ。
「てことはさ…」 話題は、動画の中の "女" の方に移る。
「ひょっとして、これ紗香?」
来実はわざと
「なんだよ! ひょっとしなくてもウチだよ!」
来実は澪に
「かなり盛ってない? 盛りすぎだよ、澪?」
どうやら動画の少女は紗香らしい。
確かに女子にしては背が高く、スポーティなショートヘアも紗香のものだ。
だが…
「紗香の目、こんなに大きいか?」
来実が容赦なく突っ込む。
実際の紗香は、切れ目だ。
目だけじゃない。他のパーツも、多少のデフォルメはある。
はっきり "美化" と言った方がいいか。
アニメ化してるのだから当然なのだが…。
牧 紗香はバリバリ運動部系…動画の通り、バレーボール部員。
この高校にもスポーツ推薦枠で入った。
キャラは、とにかくボーイッシュ。
アタッカーだけあって長身で、細身の男子みたいな体型。
左利きの紗香がライトポジションから繰り出すクロスは凄まじい。
言葉遣いもキャラ通り荒っぽく、男っぽい口調だ。
そんな紗香が今…動画の中で女の子になっている。
この信じられないくらい精巧なアニメ動画の製作者であるにもかかわらず、澪は鼻にかける様子をカケラも見せない。
弱々しい笑顔を浮かべながら、紗香と来実のじゃれ合いにも似たやりとりを横でただ黙って眺めている。
入学当初…
社交性に乏しい澪は、高校で友達ができるか不安で仕方なかった。
クラスに知り合いは1人もいない。
初めのうち孤独に過ごしていた澪だったが、あるきっかけで2人の親友ができた。
牧 紗香と辻村来実だ。
そのきっかけというのがアニメだった。
3人はともにいわゆる "二次オタ" で、その共通の趣味で意気投合したのだ。
澪は初めのうち、自分がアニオタであることを知られまいとしていた。
それこそが彼女を消極的にしていた最大の理由だったから…。
二次元オタクは今や珍しくはない。それはわかっていた。
それでも、体の弱い色白の地味子が "二次オタ" とわかれば、そういう子として見られるのは明らか。
その趣味を最初から前面に出す勇気は、澪にはなかった…。
ところがどうだ。逆に、その趣味が友達づくりのきっかけになってくれた。
まずは紗香と来実がアニメのネタで繋がり、2人が澪にアタリを付けた。
澪が美術部に入っていたからだ。
何とも安直な理由だが、同種の臭いを嗅ぎ分けたのかもしれない。
あけすけに "二次オタ" をさらけ出す2人に、澪も安心して乗っかることができた。
それ以来、3人は大の仲良しになった。キャラは三人三様だというのに…。
そして、10月に迎える紗香の誕生日…。
澪は一大決心をし、とびきりの誕プレをあげると紗香に約束した。
澪お手製の "ニジカレ" だ。
いくら技術が発達した現代とはいえ、アニメ動画を自分で創り出すというのは並大抵のことではない。
しかもだ…ただ単に創ったというだけじゃはない。
クオリティがハンパない。もはや素人の域を出ている。
尺こそ短いものの、質に関しては、世に広く出回っているアイドル物のアニメ作品にも引けを取らないほどだ。
画像の美しさ、キャラクターの動き…すべてにおいて素晴らしい。
まるで本物のプロの "仕事" だ。実は、その通りなのだが…。
でもいちばんすごいのは、
つまり、紗香が望むまさにそのものを、作品としてカタチにしているのだ。
どんな
しかも今回は、作品が世間全般を
そこを100%充足したところに、澪の "仕事" の真価があった。
動画はまず、クウガが他校との練習試合で活躍しているシーンから始まる。
1年生ながら、エースアタッカーとしてクウガが得点を取りまくり、試合に勝つ。
同じ体育館では、女子バレー部が練習をしている。
紗香も必死に練習している。…が、彼女には強力なライバルがいる。
"クウガ" と違い、こちらは実在の人物。
クラスは違うが、共にスポーツ推薦の2人は、入学前の春休みからバレー部の練習に参加している。
もともと
だが、決定的なのは、ポジションが
ライトのポジションを巡って、2人は現実に
プレイスタイルはまさに正反対…。
それに対し、千帆はプレイがクレバーだ。冷静に状況判断ができる器用さをもっている。…が、パワー不足なところが難点だ。
互いに一長一短の2人の争いは、まだ決着がついていない。
2年生にライトでパッとした選手がいないため、3年生引退後は、紗香と千帆が代わる代わる試合に出ている。
そんな状況を受けてのこの動画…澪はあえて、佐々本 千帆の名も出している。
練習後の紗香を、試合を終えたクウガが体育館の出口で待っている。
そして…
「千帆ごときに、何を手間取ってる?」クールな目つきのクウガがボソッと言う。
ハッとした表情でクウガを見つめる紗香。
「モタモタしてると、俺に置いてきぼりにされるぞ…紗香」
そう言って、クウガは紗香に背を向けて立ち去ろうとする。
紗香は唇を噛み締め、クウガの背中に言い放つ。
「負けない! ウチは絶対に負けない! 見てて、クウガ‼」
その言葉にクウガは歩みを止め、顔だけを紗香に向ける。
そして、ニヤッと笑みを浮かべ…
「それでこそ…俺の紗香だ。今の言葉、信じるぜ」
そう言い残して、再び紗香に背を向けて歩き去る…。
これが、澪の創った動画のストーリーだ。
見事だ…実によくできている。紗香のことを完全に理解している。
こう見えて、紗香は中身が "オトメ"…しかも、何気に "M" だ。
自分の一歩先を行く
「応援してるからガンバレ」ではなく、「グズグズしてると置いてくぞ」的な扱いをされたいのだ。
澪は紗香の普段の言動からその辺りのすべてを
現に、澪からの "誕プレ" をもらった紗香は、これ以上ないくらい満足している。
「いいなあ…紗香…」 ふと、来実が呟く。
「へへ、いいだろう?」
「クルミも欲しいなあ…」 ガマンできなくなって、来実が言う。
「はあ?」 紗香が呆れた表情を浮かべる。
「来実、おめえ、ちゃんと三次元に彼氏いるじゃんよ⁉」
そうなのだ。来実には、人間の彼氏がいる。
同じクラスにいる野球部の
夏休み前に彼からの告白を受け、来実はOKした。
3人の中で、来実だけが彼氏持ちなのだ。
「だってさ…」 リア充の来実が駄々をこねようとしている。
「これ、いいなあって…」 まるで幼稚園児のようだ。
でも、この来実はそういうのが反則技的に似合う。
辻村 来実 は、ひと言で表すと "ロリキャラ" だ。
澪と同じで色白だが、来実はちっちゃくてプニプニした感じ。
幼児的な可愛さがある。
一人っ子で甘えんぼ。
上目遣いでクリッとした目を相手を向ける仕草なんかもポイ。
一方で、自分の
そのぶん敵をつくりやすい。好き嫌いは二分するキャラだが、そっち系が好みの男子はたまらなく魅力を感じるだろう。
彼氏の彰翔もそこに沼った1人だ。
来実は運動音痴だが、音楽センスがよく、部活も吹奏楽部でフルート担当。
紗香と来実は、まさに正反対。言葉遣いがそれを象徴している。
紗香は乱暴な男言葉で、自分のことを "ウチ" と呼ぶ。
来実は 舌足らずな喋り方で、自分を "クルミ" と名前呼びする。
下手すると対立しかねない2人を、アニメという共通の趣味が
「よかったら…」 遠慮がちに、澪が口を開いた。
「来実にもあげようか? 誕生日、来月でしょ?」
来実の表情が明るくなった。「マジで、マジで⁉」
コクンと澪が
「ありがとう‼ 大好き、澪‼」 来実は澪に抱きついた。
「おいおい、何だよ、それ⁉」 紗香がおもしろくなさそうに顔を
「来実よぉ! おめえには彰翔がいるじゃんよ⁉」
「いいの‼ それとこれとは別なの‼」
「別じゃねえよ! あ~
「あっバカ、紗香! シーッシーッ!」 さすがに来実が慌てた。
「彰翔に聞こえちゃじゃんよ?」
「はあ? 聞こえちゃマズイんですかぁ、来実ちゃーん⁉」
紗香は、わざと彰翔に聞こえるように言ったに決まっている。
教室内の離れたところに、確かに 山下 彰翔 はいた。
男友達とジャレ合ってて聞こえないフリはしているが、実はさっきからずっとこっちを気にしてる。
この男、単純で分かりやすい。聞き耳を立ててるのがバレバレだ。
でも距離がありすぎて、詳しい話の内容は理解できていないようだが…。
紗香はまだ不満げな表情。
「チッ! ズルイよな、来実は…。三次元に彼氏いるくせによぉ、その上、"
そこで、紗香は何かを思い出したようで、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「違った… "
そう言って、紗香は教室の
今度は、来実が顔を
「ゲッ! マジやめて!」
"3番目の男" とは、教室の隅の席でひとり暗く座っている男子生徒…。
「オ・タ・ス・ケ」 完ぺき、紗香はからかっている。
「マジやめて!」
彼は、
"アオタダイスケ" を略して、みんなそう呼んでいる。
この男…見た目もオタク。中身もオタク。正真正銘、筋金入りのアニオタ。
小太りで、ずんぐりむっくり。眼鏡の奥のショボっとした目。
ベタベタした無造作な髪。やけにムチムチした
とにかく、負のオーラ満載だ。
加えて、コミュニケーション能力に難があり、誰とも交友関係を築けない。
男子などは、嫌うとかいじめるとかいう概念を通り越して、もはやネタにしてイジっている。
本人もその扱いがマンザラでもないようで、不気味な薄ら笑いを浮かべて受け応えている。
その "オタスケ" が、なぜ来実に繋がるかというと…
入学してひと月ほど経ったある日、男子たちがふざけ半分に、オタスケに好みの女の子を問い詰めた。
ろくに回答できないオタスケに、男子たちはクラスの女子の名を順に片っ端から挙げていったところ…ある子の名が出たところで、分かりやすく反応したそうだ。
それが、辻村 来実 だった…。
来実の名が聞いた途端、オタスケは薄ら笑いで頬を赤らめ、照れた様子だった。
それはもう疑う余地もないほどの分かりやすさだったらしい。
男子たちが追い打ちをかけて確認しても、否定しなかったそうだ。
まあ、不思議ではない…と、誰もが思っただろう。
ロリパワー全開の来実は、まさにオタスケのドストライク!
実際、それは当たっていた。
オタスケは断トツで、来実のことが好きだった。
ご指名を受けた来実は、いい迷惑。全身全霊で気味悪がった。
まだ彰翔と付き合う前のことだったが、相手が相手だ。
好かれたこと自体、屈辱以外の何物でもなかった。
だがそれ以来、事あるごとに紗香がそのネタでからかってくる。
"マジやめて" …これが来実の口癖になってしまった。
「マジやめて!」
「いいじゃんか? オタスケの家、金持ちだぜ」
オタスケの父親は整形外科医。自宅で開業医をしている。
実際、金持ちのお坊ちゃまだ。
「あいつ、一人っ子らしいぜ。一人っ子同士、相性ピッタリじゃんか?」
「マジやめて!」
「いいなあ、来実。財産、一人占めじゃん?」
「マジやめて!」
「それによぉ、アニオタ同士、趣味もバッチリ!」
オタスケのアニオタも周知の事実。
変な噂もある…。
「知ってっか? 青田家の "離れ" に地下室があって、オタスケ専用の "オタクルーム" になってるんだとよ。そこには女の子のフィギュアがいっぱいショーケースに飾られてるって話だぜ」
その情報に、来実はもちろん、澪も顔を
"アニオタ" の部分に関しては、澪も
…というのも、オタスケは澪と同じ美術部なのだ。
しかも、同じ "アニオタ" ときている。
どうも向こうは、澪のことを "同種" として
幸い…と言っては何だが、オタスケの好みは来実らしいから、澪への実害はないけれど、ああいう人間と同種扱いされるのは、さすがに澪も嫌だ。
「その…地下室の話って…ホントなの?」 澪が真顔で
「ああ。オタスケと同じ中学だったヤツが言ってんだから、事実だろ」
「ウウ…」 来実が身震いした。"地下室" なんて、
「来実も嫁に行ったら、
「マジやめて!」
「じゃあさ…」 澪はもう、来実の "誕プレ" のことを考えていた。
「来実の "ニジカレ"…どういうのがいいか、後で教えて?」
澪の創作活動には、"聞き取り調査" が不可欠だ。
「うん、わかった! わー 楽しみぃ!」
上機嫌の来実の横で、紗香は苦い表情。
「紗香のも…」 つい、澪が言ってしまう。
「よかったら、その続き、創ろうか?」
紗香の表情がパッと明るくなる。
「マジかよ⁉ ヤリィー‼」
勢いで約束してしまった澪だが、友達が喜んでくれるのは何より嬉しい。
ヤリガイがあるというものだ。
「でもよ…ホント、澪、すげえよなあ」 改めて、紗香が感心する。
「そうだよねえ。よくできるよね」 来実も同意する。
「まあ…ね」 澪は、半分うしろめたい気持ちで、2人の賞賛を受けた…。
ニジカレ @sumihiko
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