コインランドリー・コミュニケーション⑥
それから僕と田嶋はお互いタイミングが合えばコインランドリーで落ち合って話す仲になった。
お互い連絡先を交換しようなんて言わなかったから、コインランドリーに行って会えたらラッキー。会えない日は少し寂しい。そんな関係だった。
でも、そんなゆるい関係が、僕にはたまらなく心地よかった。
好きなものの話から始まり、最近読んだ面白かった本。彼の現場であった面白怖い話。
時間にしたらどれだけ長くても一時間程だったけれど、僕はその時間が楽しかった。
毎日学校とバイト先しか行き場所のなかった僕にとって、気が付けばコインランドリーは息抜きができる場所になっていたんだ。
季節はいつの間にか移ろい、春の甘い気配はいつの間にかなくなり、絶望するような茹だる暑さが続く夏がやって来ていた。
「なーんか最近の木戸さん、明るくなりましたよね」
「はあ?」
「ほら、口調もなんか荒いし」
夕方、やることがすっかりなくなっていた僕がタバコの補充をしていると、それをぼんやりと見ていた山田が、突然そんなことを言い出した。
「いやいや別に荒くはないでしょ」
「荒いですって。最初陰気過ぎて心配でしたもん。喋りかけても『はあ』とか『まあ』とかばっかりで会話にもなってませんでしたし」
「おいそれどう言う意味だ」
山田は返事の代わりに肩をすくめるだけで、それ以上何かを答えてくれることはない。全く失礼なやつだ。
でも、もしそう思って貰えるのだとしたら、それはきっと田嶋のおかげだろう。彼と話していくうちに鍛えられたのかもしれない。まあ、コミュニケーションを鍛えると言うのも変な話ではあるが。
「で、なんかありました? あっ、もしかして恋人ができたとか?」
「なわけあるか。そんなキラキラした学生生活はとっくに諦めてんの。てかそれセクハラに該当しない?」
「えー勿体なぁ。木戸さん磨けば光りそうだし頑張ってみましょーよ」
無視か。
「別にいいんだってそう言うの。てか僕にそんなことしてる余裕ないの」
「えー大学生ってみんな暇してるんじゃないんですか? ウチのお兄ちゃんとか毎日遊んでますよ」
「それはそれでどうなんだ……」
いや確かにそう言う学生がいるのは確かだ。それを否定するつもりもない。だが、自分みたいに学費も生活費も稼ぎながら大学に通っている身分では、遊ぶような時間がないわけで。
正直羨ましい気持ちは死ぬほどあるが、大学に通う条件が学費も生活費も自分で出すだったのだから仕方がないと諦めている部分もある。
「あーあ。なんか暇ですねぇ」
「まあこの時間だしね。そう言や山田さんの学校ってテストとかないの? 結構頻繁にシフト入ってるけど大丈夫?」
「あー別に大丈夫っすよ。こー見えて頭いいんで」
彼女はにやぁと笑うと何故か自信満々にピースしてくる。何だこいつ。
「あっそうだ聞いてくださいよ」
「聞くからそれ取って貰える?」
山田は心底めんどくさそうな顔をするも、素直に僕が指差したタバコの箱をいくつか手渡してくれる。素直なんだか素直じゃないんだか。
「最近友達に告られたんですよ」
「へー青春してんね。よかったじゃん」
「女の子に」
思わず手からタバコの箱がこぼれ落ちる。いや、別に多様性が叫ばれる時代だし、おかしなことではないんだけど、やっぱり驚きはする。
「あーもう何やってんですかー。しっかりしてくださいよ」
「いやいやいやいや」
「いやいやじゃないですって。まあ、別に同性に告られるのはいいんですけどね」
いいんかい。じゃあ何なんだ。
「なんか友達だと思ってた子に告られるとびっくりしちゃいません?」
「そういうもんなの?」
「そーいうもんです」
そうなのか。経験ないから分かんないけど。
「まあとにかくその子と付き合うことになったんですよ」
「それは……おめでとうなのか?」
「ありざます。で、ここからが問題なんですよ」
「問題?」
色恋沙汰から縁遠い自分からすれば、今の時点で問題しかないような気もするが、どうやらまだあるみたいだ。これは自分なんかが聞いて解決するもんなのだろうか。
「うちの彼女めっっっっちゃかわいいんですね。顔も性格も全てが完璧ってぐらいにやばいんですよ」
「……それはいいことじゃないの?」
「それはガチいいことなんですけど、なんか? 最近? ウチの彼女のこと好きだって言ってるやつらからめちゃくちゃ嫉妬されてんですよねー。嫌がらせとか受けちゃってて」
「え、それ大丈夫なやつ?」
「クッソだるいです」
全身から腹立つオーラ全開で言われても困る。
「お、おお……それで?」
「んで、殴っちゃったんですよ」
「殴った!?」
「はい、殴りました。腹立ったんで」
そんなあっけらかんと言っていい事なのか? 最近の子が全く分からない。いやまあ僕もつい数ヶ月前では高校生だったんだけども。
「そしたらなんかー。向こうの親が騒ぎ出しちゃって停学処分受けてるんすよ今」
「いやそれマジでやばいやつじゃない? てかそれここで働いて大丈夫なやつなの?」
「大丈夫じゃないですかね? まあ、バレたらバレたでそん時考えます」
これぼくが変なのか? あまりにもしれっとした顔で言われてしまい思わず困惑してしまう。
「んで、こっからが本題なんですけど」
「まだあるの……?」
正直ここまでで結構お腹いっぱいなんだが、どうやらまだ何かあるらしい。心が保つか心配になって来た。
「好きって何だと思います?」
「はい?」
「いやだから、好きって何だと思います?」
なんでちょっと怒ってるんだよ。
「それはちゃんと聞こえてたけど……僕に答えられると思う? 恋人いない歴が年齢なんだけど」
「いやあ、そこあんま関係なくないです? だって、恋人がいるいないに関わらず誰かを好きになる気持ちってあると思うんですよ」
「まあ……それはそうか」
「でしょ?」
だとしても、それが分かるかと言えば別な気がしないでもない。実際好きになった人なんていないわけだし。
「ちなみに山田さんの思う好きはなんなの?」
「んーそうですねぇ。なんか心にひびっと来るみたいな?」
「また曖昧な……」
「えっ直接的に言いましょうか? ヤりたいかどうかですかね」
「本当に直接的だねぇ!?」
危うく補充中のタバコを全部落とすところだった。そんな僕を見て、山田はケラケラと笑う。さっきの発言こそセクハラに該当しないだろうか。
「まあ、冗談はさておき。冗談ではないですけど」
「どっちだよ」
「うーん、真面目に答えると、一緒にいて楽しいとかは当たり前なんですよ。会えないと寂しかったり、早く会いたいと思ったりとかもウチからしたら当たり前と言うか。だから、ウチはふとした瞬間に一番最初に思い出すのが、ウチの中で好きって感覚に近いんじゃないかなって思うんですよね」
ふとした瞬間に思い出す人。その言葉を聞いて、僕の頭には突然田嶋の笑った顔が思い浮かんだ。それに引っ張られるように、彼の香水が香った気がした。
「あっ、やば。人来た」
彼女は「しゃっせー」と気怠げに言いながらレジへと向かってしまう。
僕には交流関係が少ないだけ。だから、ふとした瞬間に思い出すのが彼なだけ。
きっとそうだ。間違いない。
でも、本当にそうなのだろうか。
「はーあ。マジで接客ってダルいですよね」
「あ、あぁ……そうかもな」
山田は言いながらくあっと欠伸をすると、何かを思い出したかのように「あっ」と呟いた。
「そうだ。話変わるんですけど、洗濯機いりません? なんか一人暮らししてた親戚が実家に帰って来るとかで処分に困ってるらしいんですよ」
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