短編 小説 「明日のための 0.03」

仰波進

短編

松浦は、さわやかで笑顔が似合う大学生だ。


でも、誰も知らない秘密がある。


夜、家に帰る前、


ひとりで空き教室に寄る。


机に両ひじをついて、


スマホのメモを開いて


今日1日の “小さな行動” を書く。


今日は、駅で倒れた荷物を拾った。


昨日は、拾えるはずの落とし物を


見て見ぬふりをした。


別の日は、やってあげたいのに


勇気が出なかった。


感情の大小なんて、数字にすれば


0.03 だけしか動かない。


けれど、松浦は知っている。


その “0.03” が


明日の自分を作る。


誰かを助けた日は、


少しだけ背すじが伸びて家に帰れる。


逃げた日は、


風呂場の鏡の中で


自分の目がほんの少し弱く見える。


人は、ドラマみたいに


一晩で変わったりしない。


もっと遅くて、もっと静かだ。


ほんの 0.03。


でも、それは


ちゃんと未来に届く “変化” だ。


松浦はメモの最後に書いた。


小さくても、変われる。


明日を、今日より好きになれる。


そして教室を出て、


夜の道を歩く。


その足音は、誰にも聞こえないけれど――


確かに “明日に向かう足音” だった。

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