第17話 瑞穂お姉ちゃん

高校に入学してすぐの頃、俺はまだクラスに上手く慣れることもできなくて、昼休憩になると、よく校舎裏で一人で過ごしていた。

加奈が作ってくれた弁当を食べていると、校舎裏の花壇から「ニャーニャー」と子猫の声が聞こえてきたのだ。

気になって花壇の奥を覗くと、必死に鳴いている弱々しい子猫が一匹。

試しに弁当の卵焼きを地面に置いたけど、子猫は鼻を近づけただけで、一口齧るだけ。

俺を見上げて、また「ニャーニャー」と鳴いている。

対処に困った俺は、弁当を食べるのを途中で止めて、購買部へ牛乳を買いに行き、子猫に与えたんだよな。

それから子猫が気になり、加奈に頼んで焼き魚を毎日作ってもらって、子猫と一緒に校舎裏で弁当を食べるようになったんだ。

そういえば子猫と一緒に過ごすようになって一か月を過ぎた頃、子猫の姿が校舎裏からいなくなった。

あの時は探しても見つからず……そうか朝霧が子猫を家に連れて帰っていたんだな。


「ニャ~」

「ソウタ」


瑞穂お姉ちゃんが手を放すと、子猫はソファから飛び降り、トコトコと朝霧の足元へと歩いていく。

そして子猫を抱き上げ、朝霧は顔を綻ばせた。


ソウタと言われると、自分が呼ばれているようでドキドキする。


「私、着替えてくるね! お姉ちゃん、九条の相手をしてて」

「わかった。宗太、ソフィアに座って、私は飲み物を用意してこよう」


瑞穂お姉ちゃんは立ち上がり、ソファを指差して、ダイニングへと歩いていく。

指示通りにソファに座っていると、瑞穂お姉ちゃんが、エナドリと缶ビールを持ってきた。

ポイと俺にエナドリを投げ、隣に瑞穂お姉ちゃんがポンと座る。


「未成年だから、それでいいよね。エナドリ飲んで元気なって」

「……お姉さんはビールなんですか?」

「私は二十一だからいいの……ん~キンキンに冷えてる」


瑞穂お姉ちゃんはプルトップをプシュッと開け、グビッとビールを飲む。

めちゃ、美味しそうに飲むな。

性格もサバサバしていて、ちょっとカッコいい。


エナドリを飲んでいると、瑞穂お姉ちゃんが横目で見てきた。


「結奈とどこまで進んでるの? キスはぐらいはしてる?」

「ゲェホッ、ゲェホッ」

「まだなんだ、青いねー」

「いやいや、朝霧とは付き合っていませんから」


エナドリを噴き出し、俺は必死に否定する。

すると眉を上げ、瑞穂お姉ちゃんが顔を近づけてきた。


「あれ? 毎日、結奈から宗太のことを聞いてるぞ。まさか妹を弄んでいるんじゃ……」

「違いますよ、からかわれてるのは俺の方ですから」

「ん? 結奈がイタズラしてる? どんな?」

「二人で居残りでプリントをしていたら、体を近づけてきたり……教室の中で抱き着いてきたり……」


小さい声で説明すると、瑞穂お姉ちゃんはプッと笑う。

笑うと朝霧に似ているな。


「あのさ、皆の前で男子に抱き着くなんて、好きでもなければ結奈もそんな冒険をしないわよ。あの子、恰好はギャルだし、一見は遊んでいるように見えるけど、身持ちが固くて、中学の時から彼氏なんていないんだから」

「でも……学校では、色々な噂が飛び交っているというか……」

「そのことは知ってるわ。私も女子高生の時は、色々な女子から陰湿な噂をされたから。結奈って私に似て美少女でしょ。だから何もしていないのに、嫉妬されることが多いのよね」

「え? お姉さんもですか?」

「そう……私はこんな性格だから、未だに彼氏もできたことないわよ。言い寄ってくる男性は多いけどね」


瑞穂お姉ちゃんは、にやりと微笑む。

うわー、ちょっと大人の色気がしてドキドキする。


恥ずかしくなり顔を逸らすと、瑞穂お姉ちゃんはくすくすと笑い出した。


「結奈の話で想像していたより、宗太ってウブいんだね。結奈って美人だし可愛いでしょ。グイグイ迫られたなら、何も考えずに付き合っちゃえばよかったのに」

「理由もわからず、そんなことできませんよ」

「でも、今日、ここに来て、何となくわかったでしょ。結奈は高校一年の今頃かな。子猫のソウタを拾って家で飼うと言い出して、その頃から宗太のことを、ずっと片思いしていたんじゃないかな」

「……そうかもしれないですけど……」


俺と瑞穂お姉ちゃんが話していると、勢いよくドアが開き、肩出しニットに着替えた朝霧が現れた。


「お姉ちゃん、九条に勝手にバラさないで」

「あんたが恥ずかしがって話していなかったんでしょ。だから姉の私が代わって説明してあげたんじゃない」

「もう、すっごく恥ずかしい」


朝霧は頬を赤くして歩いてくると、俺の手からエナドリを奪い取り、唇を付ける。

……それ、俺が口を付けた飲み物……


そしてグビグビと飲み干した朝霧は、真剣な表情で俺を見つめる。


「私は九条のことがずっと好きだったの! 嘘じゃなから信じて!」


朝霧の突然の告白に、瑞穂お姉ちゃんは「おー」と呟き、小さく拍手をする。

想定外の出来事に脳内が真っ白になった俺は、呆然と朝霧を見つめるしかできなかった。

微妙な雰囲気の中、ソフィアの上にソウタが飛び乗ってくる。

 

「ニャー」

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隣の茶髪ギャルが気になる件について!! 潮ノ海月 @uminokazuki

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