第12話「リドラの暴走」

 グランド物流の失敗から二週間。リドラは、次の大型案件を探していた。

「サンライズ運輸……従業員三百名、全国に支社あり」

 彼は、リストを見つめていた。

「リドラ、ちょっといい?」

 ショーンが声をかけた。

「何だ?」

「今月の資金繰り、少し厳しい。新規採用、ちょっと待ってもらえない?」

「待てない。エンジニアをもう一人、雇う予定だ」

「でも、キャッシュフローが——」

「大丈夫だ。来月、大型案件を取る」

 リドラの目は、異様に鋭かった。

「……分かった」

 ショーンは、不安を感じながらも、引き下がった。

 翌日。リドラは、サンライズ運輸にアプローチした。

「弊社のシステムに、ご興味をお持ちいただき、ありがとうございます」

 電話口で、リドラは完璧な営業トークを展開した。

「実は、来週、決裁者会議があります。そこで、プレゼンしていただけませんか?」

「もちろんです!」

 リドラは、電話を切ると、すぐにアダムとショーンを呼んだ。

「サンライズ運輸、プレゼンのチャンスだ」

「いつ?」

「来週の木曜」

「早いな。準備、間に合うか?」

 アダムが懸念を示した。

「間に合わせる。徹夜してでも」

 リドラの迫力に、二人は押された。

 だが、その週の水曜、別のトラブルが発生した。

「アダム、大変です! ミッドシティのシステム、ダウンしました!」

 マヤが、慌てて報告した。

「何? すぐに対応する!」

 アダムは、サンライズのプレゼン準備を中断し、トラブル対応に追われた。

「リドラ、プレゼン、延期してもらえないか?」

 アダムが提案したが、リドラは首を横に振った。

「無理だ。向こうの都合で設定された日程だ。変更できない」

「でも、準備が——」

「お前は、トラブル対応に専念しろ。プレゼンは、俺とショーンでやる」

「それは無理だ! 技術的な質問に、お前たちだけじゃ答えられない!」

「何とかする!」

 リドラは、強引に押し切った。

 木曜日。リドラとショーンは、サンライズ運輸に向かった。アダムは、オフィスに残ってトラブル対応を続けた。

 プレゼンは、最初は順調だった。

「素晴らしい実績ですね」

 決裁者の一人が、感心した様子で言った。

「ありがとうございます」

 リドラが自信を持って答えた。

 だが、技術的な質問が飛んできた。

「既存システムとの連携は、どのように?」

「え、ええと……」

 リドラは、アダムがいないことを痛感した。

「ショーン、説明してくれ」

「僕も、詳しくは……」

 ショーンも、答えられなかった。

「分かりました。後日、技術担当から詳細をご説明します」

 リドラが、その場を取り繕った。

 だが、決裁者たちの表情は、明らかに冷めていた。

「では、契約条件について」

 リドラは、話を進めようとした。

「ちょっと待ってください」

 ショーンが、リドラを止めた。

「この条件、事前に相談されてませんよね?」

 ショーンが、リドラの提案書を見て、顔色を変えた。

「初期費用ゼロ、最初の半年は月額半額——これ、財務的にかなり厳しいです」

「後で話す」

 リドラが、小声で言った。

「いえ、今話さないと——」

「後で、って言ってるだろ!」

 リドラの声が、大きくなった。

 決裁者たちが、不快そうな表情を見せた。

「……すみません。社内で、調整が必要なようですね」

 決裁者の一人が、立ち上がった。

「また、ご連絡します」

 プレゼンは、中途半端に終わった。

 帰りの車の中、ショーンが爆発した。

「リドラ、何であんな条件、勝手に決めたの!」

「契約を取るためだ」

「でも、あの条件じゃ、利益が出ない! 赤字案件だよ!」

「後から、何とかする」

「何ともならないよ! 数字で見れば、明らかだ!」

「お前は、数字しか見てない!」

 リドラが怒鳴った。

「ビジネスは、リスクを取らなきゃ成長できないんだ!」

「無謀なリスクは、会社を潰すだけだよ!」

 二人の口論は、オフィスに戻っても続いた。

「アダム、お前からも言ってやれよ!」

 ショーンが、アダムに助けを求めた。

「……俺を、プレゼンから外したのは、リドラだろ」

 アダムが、冷たく言った。

「お前が、トラブル対応してたからだろ!」

「延期を頼んだのに、お前が拒否した」

「延期できなかったんだよ!」

「嘘つけ。お前が、焦ってただけだろ」

 アダムの言葉に、リドラは絶句した。

「……何だと?」

「お前、最近おかしいぞ。何を、そんなに焦ってる?」

「焦ってない!」

「焦ってるよ! 独断で動きすぎだ!」

 アダムも、リドラに詰め寄った。

「掟を、忘れたのか? 苦しいときは、共有するって」

「俺は苦しくない!」

「嘘だ!」

 ショーンが叫んだ。

「お前、絶対に何か抱えてる! 言ってよ、リドラ!」

 リドラは、二人を見た。

 そして、崩れるように椅子に座った。

「……俺だって、怖かった」

「え?」

「グランド物流を取れなかった。あの悔しさ、お前らには分からない」

 リドラの声が、震えていた。

「俺は、父親を超えなきゃいけない。でも、このままじゃ、一生超えられない。だから、焦ってた」

 その言葉に、二人は動揺した。

「リドラ……」

「ごめん。独断で動いて。お前らを、無視して」

 リドラが、頭を下げた。

「俺も、ごめん。お前の気持ち、分かろうとしなかった」

 アダムも謝った。

「僕も。リドラが、そんなに苦しんでるなんて、気づかなかった」

 ショーンが、リドラの肩を抱いた。

「でも、リドラ。お前は、もう十分すごいよ。二年で、ここまで会社を成長させた」

「まだ、足りない……」

「いつになったら、十分なんだ?」

 アダムが、優しく尋ねた。

「……分からない」

 リドラは、自分でも答えを見つけられなかった。

「じゃあ、一つ聞くけど」

 ショーンが言った。

「お前にとって、成功って何? 父親を超えること? それとも、俺たち三人で幸せになること?」

 その質問に、リドラは答えられなかった。

「両方だ……と言いたいけど、分からなくなってる」

「なら、もう一度、原点を思い出そう」

 アダムが提案した。

「俺たちが起業した理由。技術で世界を変える。三人で、支え合う。それが、俺たちの夢だったはずだ」

「……ああ」

 リドラは、涙を拭いた。

「ごめん。俺、見失ってた」

「いいよ。今、気づけたんだから」

 三人は、抱き合った。

「これからは、独断で動かない」

「ああ。三人で、決める」

「うん」

 翌日。リドラは、サンライズ運輸に電話をかけた。

「申し訳ございません。先日の提案、取り下げさせてください」

「え? どうして?」

「社内で再検討した結果、御社に十分なサービスを提供できないと判断しました」

「そうですか……残念です」

 電話を切ると、リドラは深く息を吐いた。

「これで、良かったのか?」

「ああ。無理な案件を取って、潰れるよりはいい」

 ショーンが答えた。

「次は、ちゃんと準備してから挑もう」

 アダムも頷いた。

 リドラは、二人を見て笑った。

「お前ら、ありがとうな」

「何を今更」

「僕たち、仲間でしょ」

 三人は、再び前を向いた。

 リドラの暴走は、止まった。

 掟が、彼を救った。

(第12話終わり)

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