第11話「大型案件」
二年目の春。スリー・ブリッジは、着実に成長を続けていた。
「顧客が十五社になった」
ショーンが、月次報告をまとめていた。
「今月の売上は四百五十万ニール。年間換算で、五千万ニール超えるペースだ」
「順調だな」
リドラが満足そうに頷いた。
「でも、そろそろ大型案件が欲しいところだ」
その言葉を裏付けるように、翌日、大きな話が舞い込んできた。
「グランド物流から、問い合わせです」
エリカが、興奮気味に報告した。
「グランド物流? あの、全国展開してる?」
「はい。従業員五百名、トラック二百台以上。業界でもトップクラスです」
三人は、顔を見合わせた。
「これは……チャンスだ」
リドラの目が、輝いた。
翌週、三人はグランド物流の本社を訪れた。高層ビルの役員フロア。これまで訪れた顧客とは、明らかに規模が違う。
「お待ちしておりました」
応接室には、IT担当役員の神谷、物流統括部長の田中、そして調達部長の山崎が待っていた。
「では、御社のシステムについて、説明していただけますか」
神谷が、冷静な口調で促した。
リドラがプレゼンを始めた。十五社の実績、配送効率の改善データ、ROIの試算——これまでの集大成を、完璧に披露した。
だが、三人の表情は硬かった。
「なるほど。技術的には興味深い」
神谷が頷いた。
「ただし、懸念点がある」
「何でしょうか?」
「まず、規模。御社の実績は、すべて中小規模の運送会社。我々のような大規模オペレーションに対応できるのか?」
「対応可能です」
アダムが即答した。
「システムは、スケーラブルに設計されています。百台でも、千台でも——」
「理論上は、ですよね」
山崎が割り込んだ。
「実績がない。それが問題です」
「……確かに、大規模での実績はまだありません」
アダムが認めた。
「それに、サポート体制も不安だ」
田中が指摘した。
「御社は、社員が何名でしたっけ?」
「五名です」
ショーンが答えた。
「五名で、我々の二百台をサポートできるとは思えない」
三人の表情が、曇った。
「ちょっと待ってください」
リドラが食い下がった。
「確かに、今は五名です。でも、御社と契約できれば、体制を拡充します。十名、二十名と増やします」
「それは逆でしょう」
神谷が冷たく言った。
「体制を整えてから、提案に来るべきだ」
沈黙が流れた。
「……ご検討、ありがとうございました」
リドラが、深々と頭を下げた。
三人は、会議室を出た。
エレベーターの中、誰も何も言わなかった。
外に出ると、リドラが叫んだ。
「クソッ! チャンスだったのに!」
「仕方ない。相手の言う通りだ。俺たちには、まだ実績が足りない」
アダムが、冷静に分析した。
「でも、これは大きなチャンスだったんだよ!」
リドラが、アダムを睨んだ。
「お前、もっと強気に行けよ!『対応可能です』じゃなくて、『絶対にできます』って言えよ!」
「嘘は言えない」
「嘘じゃない! できるって信じることだ!」
「信じるだけじゃ、システムは動かない!」
二人の声が、路上に響いた。
「やめて、二人とも」
ショーンが割って入った。
「今は、冷静に——」
「ショーンは黙ってろ!」
リドラが、ショーンに当たった。
「お前は、ただ数字を見てるだけだろ! 営業の苦労、分かってない!」
「……っ」
ショーンは、言葉を失った。
その夜、三人は険悪な雰囲気のまま、オフィスに戻った。
マヤとエリカは、空気を読んで早めに帰った。
リドラは、一人でプレゼン資料を見直していた。何が足りなかったのか。どう言えば、良かったのか。
アダムは、システムの性能を再検証していた。本当に、大規模に対応できるのか。自信が揺らいでいた。
ショーンは、財務計画を練り直していた。大型案件を取るには、どれだけの投資が必要なのか。計算すればするほど、リスクの大きさに気づいた。
深夜、ショーンが口を開いた。
「ねえ、二人とも」
リドラとアダムが、顔を上げた。
「グランド物流の件、どう思う?」
「どうって……失敗だろ」
リドラが、苛立ちを隠さない。
「いや、そうじゃなくて。僕たち、本当にあの案件を取るべきだったのかな」
「何が言いたい?」
「だって、相手の言う通りだよ。僕たち、まだ大規模案件を受ける準備ができてない」
「準備なんて、やりながら整えるんだよ!」
リドラが反論した。
「でも、失敗したら? 会社が潰れるかもしれない」
「リスクを取らなきゃ、成長できない!」
「無謀なリスクは、ただの自殺行為だよ!」
ショーンも、珍しく強い口調で言い返した。
「お前、臆病すぎるんだよ!」
「リドラこそ、無鉄砲すぎる!」
二人が対立した。
「アダム、お前はどう思う?」
リドラが、アダムに振った。
「……俺は、技術的には可能だと思う。でも、リスクも大きい」
「どっちなんだよ!」
「だから、どっちでもある! 可能だけど、リスクもある!」
アダムも、苛立った。
「はっきりしろよ!」
「できないことを聞くな!」
三人の声が、オフィスに響いた。
そして、沈黙。
リドラが、椅子を蹴った。
「もういい。今日は、帰る」
「俺も」
「……うん」
三人は、それぞれの方向に去った。
翌日。三人は、お互いに目を合わせなかった。
マヤとエリカは、異変に気づいた。
「何かあったんですか?」
エリカが、ショーンに尋ねた。
「……ちょっとね」
「手伝えることがあれば、言ってください」
「ありがとう。でも、これは三人の問題だから」
ショーンは、無理に笑った。
三日後。ショーンは、ついに決意した。
「二人とも、話がある」
夕食後、彼が切り出した。
「何だ?」
「僕たち、掟を忘れてないか?」
その言葉に、リドラとアダムが固まった。
「グランド物流の件で、僕たち、お互いを責め合った。でも、本当は三人とも、不安だったんじゃない?」
ショーンの言葉に、二人は黙った。
「リドラは、大型案件を取れなかった自分を責めてる。アダムは、技術的な自信が揺らいでる。僕は、財務的なリスクが怖い」
「……そうかもな」
リドラが、小さく認めた。
「俺も、そうだ」
アダムも頷いた。
「じゃあ、掟を思い出そう。苦しいときは、共有する。お互いを責めるんじゃなくて、支え合う」
ショーンの言葉に、二人は顔を上げた。
「……悪かった」
リドラが、頭を下げた。
「俺も。お前らに、当たってしまった」
アダムも謝った。
「じゃあ、改めて話そう。グランド物流の件、僕たちはどうすべきだったのか」
三人は、深夜まで話し合った。
結論は、シンプルだった。
「今は、まだ早かった。でも、いつかは挑戦する」
「ああ。そのために、実績を積む。体制を整える」
「そして、準備ができたら、もう一度アプローチする」
三人は、前を向いた。
失敗は、彼らを傷つけた。
だが、掟が、彼らを再び結びつけた。
「ありがとう、ショーン」
リドラが、ショーンの肩を叩いた。
「お前がいなかったら、俺たち、本当にバラバラになってた」
「僕も、二人がいるから」
ショーンが微笑んだ。
翌朝。三人は、マヤとエリカに報告した。
「グランド物流の件は、見送る」
「でも、いつかは挑戦する。そのために、今は力を蓄える」
「分かりました」
「頑張りましょう」
五人は、再び一つになった。
だが、リドラの心の奥には、まだ焦りがあった。
父親を超える。
そのためには、もっともっと大きくならなければ。
その焦りは、消えなかった。
(第11話終わり)
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