第9話「初めての社員」

 マヤとエリカが加わって一ヶ月。五人体制は、順調に見えた。

 だが、水面下では問題が発生していた。

「アダム、また深夜まで作業してたでしょ」

 朝、マヤがアダムを問い詰めた。

「ああ、ちょっとバグ修正を——」

「私に任せてくださいって言いましたよね。なんで一人でやるんですか」

「お前に負担をかけたくなくて」

「それ、逆に困ります。私、何のために雇われたんですか」

 マヤの声が、オフィスに響いた。

 アダムは、返す言葉を失った。彼女の言う通りだった。だが、人に任せることが怖かった。自分がやらなければ、という強迫観念があった。

「……ごめん。次からは、任せる」

「本当ですか?」

「ああ」

 一方、リドラも同じ問題を抱えていた。

「リドラさん、この顧客対応、私に任せていただけませんか?」

 エリカが、営業資料を持ってきた。

「いや、これは俺が——」

「あなた、昨日も徹夜でしたよね。このままじゃ、体を壊しますよ」

「大丈夫だ」

「大丈夫じゃありません」

 エリカは、リドラの目を見て言った。

「あなたは、リーダーです。全体を見る役割。個別の顧客対応は、私がやります」

 リドラは、プライドが傷ついた。だが、彼女の言葉は正しかった。

「……分かった。頼む」

 その夜、三人だけで集まった。

「人に任せるの、難しいな」

 アダムが呟いた。

「ああ。俺も同じだ」

 リドラが頷いた。

「でも、任せないと、組織は成長しない」

 ショーンが、二人を見た。

「二人とも、まだ『三人だけでやってた頃』の感覚から抜けきれてないんだよ」

「……そうかもな」

「じゃあ、どうすればいい?」

「信じることだよ。マヤとエリカを」

 ショーンの言葉に、二人は黙った。

 翌週、アダムは思い切って、マヤに大きな仕事を任せた。

「この新機能の開発、お前に任せる」

「本当ですか?」

「ああ。設計から実装まで、全部」

 マヤは、目を輝かせた。

「やります! 絶対に成功させます!」

 彼女は、猛烈なスピードで作業を進めた。アダムが一週間かかる仕事を、三日で終わらせた。

「できました! 確認してください!」

 アダムがコードを見ると、完璧だった。自分よりも、洗練されている。

「……すごいな」

「えへへ、頑張りました」

 マヤの笑顔を見て、アダムは思った。

 人に任せることは、弱さじゃない。信頼の証なんだ。

 リドラも、エリカに営業を任せ始めた。

「この案件、お前に任せる」

「分かりました。必ず契約取ってきます」

 エリカは、リドラとは違うアプローチで営業を進めた。丁寧なヒアリング、データに基づいた提案、粘り強いフォローアップ——。

 そして、契約を獲得した。

「やりました!」

 エリカが、嬉しそうに報告した。

「お前、すごいな」

 リドラは、素直に賞賛した。

「リドラさんから学んだことを、自分なりにアレンジしただけです」

「いや、お前は才能がある」

 リドラは、部下を持つことの喜びを、初めて感じた。

 だが、問題も発生した。

 ある日、マヤとエリカが対立した。

「エリカさん、この営業提案、技術的に無理です」

「でも、顧客はこれを求めてる」

「求められても、できないものはできません」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「最初から、できることとできないことを、ちゃんと伝えるべきです」

 二人の声が、徐々に大きくなった。

「ちょっと、二人とも」

 ショーンが仲裁に入ったが、止まらなかった。

「マヤは、技術のことしか考えてない!」

「エリカさんは、顧客に都合のいいことばかり言う!」

 その時、リドラが割って入った。

「やめろ、二人とも」

 彼の声は、いつになく厳しかった。

「オフィスで、感情的になるな。会議室で、冷静に話し合え」

 二人は、リドラの迫力に押された。

 会議室で、五人が集まった。

「まず、何が問題なのか、整理しよう」

 ショーンが、ホワイトボードに書き出した。

「営業が顧客に約束したことを、技術が実現できない。これが、根本的な問題だ」

「そうです」

 マヤが頷いた。

「でも、顧客の要望を聞かないと、契約が取れない」

 エリカも主張した。

「じゃあ、どうすればいい?」

 リドラが、二人に尋ねた。

 沈黙が流れた。

「……俺たちも、同じ問題を抱えてた」

 アダムが口を開いた。

「営業と技術の対立。お互いを理解してなかった」

「でも、乗り越えた」

 リドラが続けた。

「どうやって?」

 マヤが尋ねた。

「お互いの仕事を、理解しようとした。営業のプロセス、技術の制約——全部、共有した」

「だから、二人も同じことをしよう」

 ショーンが提案した。

「マヤは、営業に同行する。エリカさんは、開発を見学する」

「……分かりました」

「やってみます」

 翌週、マヤはエリカの営業に同行した。

「顧客って、こんなに無理なこと言うんですね」

「そうなの。でも、それを全部断ってたら、契約は取れない」

「じゃあ、どうするんですか?」

「できることと、できないことを、ちゃんと説明する。その上で、代替案を提示する」

 マヤは、営業の難しさを実感した。

 エリカは、アダムとマヤの開発作業を見学した。

「こんなに複雑なんですね」

「ああ。簡単そうに見えることも、裏では大変なんだ」

「分かりました。これからは、技術的な実現可能性を、ちゃんと確認してから提案します」

 エリカも、技術の難しさを理解した。

 一週間後、二人の関係は劇的に改善した。

「マヤ、この機能、実現できる?」

「三週間あれば。でも、こっちの代替案なら、一週間で」

「じゃあ、それで提案する」

 二人の連携が、スムーズになった。

 その変化を見て、リドラは思った。

 俺たちが乗り越えた問題を、彼女たちも乗り越えた。

 これが、組織の成長なんだ。

 ある夜、五人で食事に行った。

「乾杯!」

「チームの成長に!」

「これからも、よろしく!」

 グラスが触れ合う音が、心地よく響いた。

「なあ、マヤ、エリカ」

 リドラが、二人に尋ねた。

「スリー・ブリッジに入って、どう?」

「最高です。こんなに自分の意見を聞いてもらえる会社、初めてです」

 マヤが答えた。

「私も。子供がいても、ちゃんと評価してもらえる。感謝してます」

 エリカも微笑んだ。

「こっちこそ、感謝してる。二人のおかげで、俺たちは成長できた」

 リドラの言葉に、アダムとショーンも頷いた。

「でも、一つだけ聞いていいですか?」

 エリカが尋ねた。

「三人の絆って、何ですか? 何か、特別なものを感じるんです」

 リドラ、アダム、ショーンは顔を見合わせた。

「掟だよ」

 ショーンが答えた。

「掟?」

「苦しいときは、必ず三人で共有する。隠さない、逃げない。それが、俺たちの掟」

「素敵ですね」

 マヤが、憧れの目で見た。

「いつか、私たちも、そんな関係になりたいです」

「なれるさ。時間はかかるけど、一緒に働けば」

 リドラが笑った。

 その夜、三人だけで屋上に出た。

「組織が大きくなったな」

「ああ。もう、三人だけじゃない」

「でも、俺たちの絆は変わらない」

 三人は、夜空を見上げた。

「これからも、掟を守ろう」

「ああ」

「うん」

 五人体制の、新しいスリー・ブリッジ。

 困難は、まだまだ続く。

 だが、三人の絆があれば、乗り越えられる。

 彼らは、そう信じていた。

(第9話終わり)

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