第8話「拡大の予感」

 ミッドシティの成功から一ヶ月。立花社長の紹介で、三つの運送会社と新規契約を結んだ。

「今月の売上、四百万ニールを超えたよ」

 ショーンが、嬉しそうに報告した。

「順調だな」

 リドラが頷いた。

「でも、問題もある」

 ショーンの表情が曇った。

「アダムが、ほとんど寝てない。顧客が増えるたびに、カスタマイズ作業とサポート対応に追われてる」

「……大丈夫だ」

 アダムが、目の下のクマを隠すように答えた。

「大丈夫じゃないよ。このままじゃ、体を壊す」

「でも、俺しかできない」

「だから、人を雇おう」

 ショーンが、強く主張した。

「ちょっと待て」

 リドラが口を挟んだ。

「今、人を雇うのは時期尚早だ。まだ売上が安定してない」

「でも、アダムが倒れたら、全部止まるよ」

「それは分かってる。でも——」

「リドラ、お前も無理してるだろ」

 アダムが、珍しく強い口調で言った。

「営業に、プレゼンに、顧客対応。全部一人でやってる。お前だって、限界だ」

「俺は大丈夫だ」

「嘘つくな。昨日、お前が寝ながら電話してるの、見たぞ」

 その言葉に、ショーンが噴き出した。

「ごめん……笑っちゃった」

 リドラも、苦笑いを浮かべた。

「バレてたか」

「バレバレだよ」

 三人は、久しぶりに笑った。

「じゃあ、真面目に話そう」

 ショーンが、財務資料を広げた。

「今の売上なら、二人は雇える。エンジニア一人と、営業アシスタント一人」

「でも、利益は?」

「ギリギリ。でも、人を雇わないと、これ以上成長できない」

 リドラは、腕を組んで考え込んだ。

「……分かった。採用活動を始めよう」

「本当?」

「ああ。でも、条件がある。俺たちの理念を理解してくれる人。金だけじゃなく、夢を共有できる人」

「賛成」

「僕も」

 三人は、採用の方針を決めた。

 翌日から、求人広告を出した。だが、反応は鈍かった。

「応募、三件か……」

 リドラが、溜息をついた。

「仕方ないよ。無名のスタートアップだし、給料も高くない」

 ショーンが慰めた。

「でも、この三人、全員不採用だ」

 アダムが、履歴書を見て首を横に振った。

「技術力が足りない」

「じゃあ、どうする?」

「もっと待つしかない」

 一週間後。四人目の応募があった。

 名前は、マヤ・フェルナンデス。二十三歳、情報工学を専攻したばかりの新卒だ。

「経験は?」

 面接で、アダムが尋ねた。

「大学のプロジェクトで、機械学習を使った配送最適化システムを開発しました」

「へえ。見せてもらえるか?」

 マヤは、ノートパソコンを開いた。そこには、洗練されたコードと、明瞭なドキュメントがあった。

「……すごいな」

 アダムが、思わず呟いた。

「なぜ、うちに? 大手に行けただろ」

 リドラが尋ねた。

「大手は、歯車になるだけです。私は、自分の技術で世界を変えたい。御社なら、それができると思いました」

 その目には、強い意志が宿っていた。

「採用だ」

 アダムが、即答した。

「ちょっと待て、他の二人も——」

「いや、彼女は本物だ。逃したくない」

 リドラとショーンは、顔を見合わせた。

「じゃあ、僕からも質問していい?」

 ショーンが、マヤに尋ねた。

「なぜ、配送最適化に興味を?」

「父が、トラック運転手でした。過労で倒れて、今も療養中です。だから、ドライバーの負担を減らしたい」

 その言葉に、三人は心を動かされた。

「……ようこそ、スリー・ブリッジへ」

 リドラが、手を差し出した。

 マヤは、その手を握った。

「よろしくお願いします」

 一方、営業アシスタントの採用は難航していた。

「応募者のレベルが低すぎる」

 リドラが、履歴書を投げ出した。

「君の基準が高すぎるんだよ」

 ショーンが諭した。

「基準を下げたら、意味がない」

「でも、このままじゃ——」

 その時、オフィスのドアがノックされた。

「すみません、求人を見て来ました」

 入ってきたのは、三十代半ばの女性だった。名前は、エリカ・ブラウン。

「遅刻してすみません。子供の保育園の送りが——」

「シングルマザー?」

 リドラが尋ねた。

「はい。だから、時短勤務を希望します」

「時短? うちは忙しいんだ。フルタイムじゃないと——」

「待って、リドラ」

 ショーンが制した。

「エリカさん、営業の経験は?」

「十年です。前職は、大手物流会社の営業部にいました」

「なぜ、辞めたんですか?」

「子供との時間を、優先したかったんです。でも、仕事も諦めたくない。だから、御社のような小さな会社で、柔軟に働きたいと思いました」

 リドラは、迷った。時短勤務は、理想ではない。だが、彼女の経験は魅力的だった。

「……一つ、条件がある」

「何でしょう?」

「時短でもいい。でも、成果は出してもらう。それができるか?」

「できます」

 エリカの目は、真剣だった。

「よし。採用だ」

 こうして、スリー・ブリッジは五人体制になった。

 翌週、マヤとエリカが初出社した。

「よろしくお願いします!」

 マヤは、エネルギッシュだった。

「よろしく」

 エリカは、落ち着いていた。

「じゃあ、それぞれの役割を説明する」

 リドラが、組織図を書いた。

「マヤは、アダムの下でシステム開発を担当。エリカは、俺の下で営業サポート。ショーンは、管理全般を統括」

「了解です」

「分かりました」

 だが、初日から問題が起きた。

「アダム、このコード、もっと効率的に書けますよ」

 マヤが、遠慮なく指摘した。

「……そうか?」

「はい。こうすれば、処理速度が二倍になります」

 アダムは、プライドを傷つけられた気がした。だが、彼女の提案は正しかった。

「……やってみてくれ」

 一方、エリカはリドラに提案した。

「リドラさん、営業のプロセス、もっと体系化しませんか? 今のやり方だと、属人的すぎます」

「属人的?」

「はい。あなたしかできない営業では、スケールしません」

 リドラも、複雑な気持ちになった。自分のやり方を否定された気がした。

 その夜、三人だけで集まった。

「新人、どう思う?」

 リドラが尋ねた。

「マヤは優秀だ。でも……ちょっと生意気かもな」

 アダムが苦笑した。

「エリカさんは、経験豊富だけど、僕らのやり方を変えようとしてる」

 ショーンが、懸念を示した。

「でも、それが成長のチャンスかもしれない」

 リドラが、前向きに捉えた。

「俺たち、今まで三人だけでやってきた。新しい視点を受け入れることも、大事だ」

「そうだな」

「うん」

 三人は、改めて決意した。

 翌日、リドラはマヤとエリカを呼んだ。

「二人に、お願いがある」

「何でしょう?」

「遠慮なく、意見を言ってくれ。俺たちのやり方を、どんどん改善してほしい」

「本当ですか?」

 マヤが目を輝かせた。

「ああ。ただし、一つだけ条件がある」

「何ですか?」

「俺たちの理念を、理解してくれ。技術で世界を変える。そして、三人で支え合う。それが、スリー・ブリッジの根幹だ」

「分かりました」

「了解です」

 こうして、五人のチームが動き出した。

 一ヶ月後。効果は目に見えて現れた。

 マヤの改善により、システムの処理速度が向上した。エリカの提案により、営業プロセスが標準化され、成約率が上がった。

「今月の売上、六百万ニールだ」

 ショーンが報告した。

「すごいね」

「ああ。人を雇って、正解だった」

 リドラが満足そうに頷いた。

 だが、アダムは複雑だった。

「なあ、俺たち、変わってきてないか?」

「どういう意味?」

「最初は、三人だけだった。全部、自分たちでやってた。でも、今は——」

「成長してるんだよ」

 ショーンが答えた。

「でも、三人の時間が減ってる」

 アダムの言葉に、リドラとショーンは黙った。

 確かに、最近は忙しくて、三人でゆっくり話す時間がなかった。

「……週に一度、三人だけで集まろう」

 リドラが提案した。

「掟を確認する時間を、作ろう」

「いいね」

「賛成」

 三人は、改めて絆を確認した。

 組織は大きくなっても、三人の絆は変わらない。

 それが、彼らの強さだった。

(第8話終わり)

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