第2話

 


 ボールが俺に回される。そのボールを相手が奪いに来るが、味方にパスして全速力で走り出す。

 そのパスしたボールは、すぐに俺に返されてゴールへ向かう。

 その際に相手ディフェンスが前から二人掛かりで止めに来るが、二人の間に出来た脚の隙間をチャンスと捉えてシュートを放った。

 ボールはディフェンス二人を通り抜けて、キーパーの手を掠める事なくゴールネットを揺らした。

「うおっしゃー!」

 点を決めて雄叫びをあげる俺に仲間達が駆け寄り、揉みくちゃにされる。

 最高に気持ちが良い。ゴールを決めた事も、仲間達に頼られる事も。

 そして何より。


 妄想が現実になった事が。



   *


 高校生サッカー全国大会準決勝の試合は、俺のゴール二点で勝った。相手にゴールされそうになったが、昨日までとは違う俺の脚力で追い付き一点も奪われていない。かなり距離があったのに、よく間に合ったなと自分でも感心する。

「よし、次は決勝だ! 全国制覇は目の前だぜ」

「ヤベー、緊張してきた。誰か胃薬ある? って思ったけどドーピングで引っ掛からねーよな?」

 試合後更衣室。

 男の汗臭い臭いが充満する中、チームメイト達は次の試合に向けて興奮気味に話している。

 その仲間達に、冷静になれと俺は笑顔のまま落ち着かせる。

「落ち着け。興奮するのは次勝ってからだ。そして、勝ったら監督が焼肉奢ってくれるってよ! 優勝して店潰すほど肉食おうぜお前等!」

 部屋の中心で叫んだ俺に、「「「うおおお! にーく! にーく!」」」と全員騒ぐ。監督に「うるせーぞお前等! あと、俺のお金の事も考えてね?」と怒られるまで。



 宿泊先のホテルへと帰るバス。

 車内最後列左の窓際に座る俺。仲間達と他愛もない会話をして笑い合う。本当に楽しい。

 今まで手に入れる事がないと思っていたこの喜びをくれた、「何か」には本当に感謝しないといけない。日本代表ではなく、高校生のサッカー部だったのは何で? と首を傾げたが。

 そう言えば「カラダチョウダイ」って言ってたけど、あいつ昨日までの俺の体なのか? あの体で何を……。

 そんな疑問が浮かぶ中バスは赤信号で停車し、俺はふと歩道の方に目を移す。すると、


「僕」がいた。


 学生服を着た「僕」は俺の方に気付かず、牛丼屋の袋とホールケーキが入ってそうな箱を持って歩いている。そして、パン屋のドアを開けて中に入って行くと同時にバスが動き出した。

 その光景を目にして、先刻の疑問の答えをこう結論付けた。


 なんだ。ただ、飯が食いたかっただけか。



   >>>


「僕」の体を手に入れた者は公園の東屋で購入した食べ物をテーブルに置いて美味しそうに口に運んでいた。

「人間の体、手に入れて良かった。美味しい食べ物こんなに味わえるし。一生この体手放さない」

 口にケーキのクリームを付けながら独り言を言うそれは、人間ではない。

 化け物しかいない世界。そこから訪れた化け物だ。

 そして、その化け物はこの世界で美味しい物を食べるのが本来の目的ではなく、この世界で一番知能のある生物がどういう存在か調べる為に派遣されたのである。この世界が、化け物が住みやすい環境かどうかの一環として。


 騙して、生物の体を奪う力を持った化け物のそれが。


「あの、ちょっと良いかな?」

 一人で食事を取る彼の元に、複数の青い服装の人物が話し掛ける。近くには、屋根にランプを回している車も停まっていた。

 化け物は「僕」に入っていた知識を使い、それが警察という人の安全を守る仕事の人間達だと理解した。

「はい? 何でしょうか?」

「いや、この公園で汚く食事をしている学生がいて、その……不快だって近所の方から連絡があってね」

 食事をしているだけで不快? 人間が食べている物を食べているだけなのに?

 理解不能な発言に、頭を悩ませる。この化け物がいた世界では、誰が何を食おうと気にも止めなかったのに。

 ……ここは化け物(自分達)には暮らし難い所なのか?

「あ、嫌な気持ちになったらごめんね? けど、連絡あったから対応しないといけなくて。だから、事情聴取させてもらってもいいかな? あ、これ警察手帳ね」

 その警察官の写真が入ったそれを見せられ、取り敢えず化け物は「あー、はい」と了承して聴取が始まる。

 その際、近くを通った小さい子達が言った声が、酷く響いた。

「地味そうでキモい高校生が警察に絡まれてる


 略して、地味キモいのが」


 化け物……正しくはこの体の外見に対しての言葉。

 この体の持ち主の感情だろうか? それを言うのやめてほしいや、僕のいない所で言ってほしいなどの辛そうな声が全身に駆け回る。

 ただ解るのは、嫌な気持ちになっている事だけ。

 ……もしかしてこの世界は、同じ生物同士でも外見に優劣を付けるのか? 優劣の基準は知らないけど、見た目で劣る方には何をしても良いのか? 酷い世界だ。

 なら、化け物自分達は? この世界の生物にとって、化け物は劣る方なら何をされるのか?

「うん? どうしたの? 寒い?」

 眼前の警察官達が心配そうに訊くが耳に入らず、化け物の身体が震え出す。

 自分達の本当の見た目のままこの世界に訪れれば、どんな酷い仕打ちを受けるのかと恐怖に怯える。

 ……。

 ……。

 いや、何かをされる前に、


 自分達が、先にやらなくては。



   >>>


 決勝戦。俺は仲間達と共にピッチに立つ。

 満員のお客さん。仲間達の声が掻き消されるんじゃないかと思うほど、大きな声援。

 緊張はしている。だが、不安はない。

 今の俺は、理想の身体を手に入れている。シュートもカッコ良く決められるし、負ける気もしない。

 お客さんの中には当然相手の応援もある。その応援団も、黙らせるくらい勝つ!

 その決意を胸にしたまま、試合開始のホイッスルが流れた。



 ピピピピピー! と審判が笛を吹き、俺に指を指す。そして、イエローカーを頭上に掲げた。

 ……おかしい。

「***(俺の名前)。緊張してんのか? スライディングで相手倒すとか。でも、まだイエロー一枚だ」

 仲間に背中を軽く叩かれる。その仲間の声は優しく、まだ俺に期待してるかのような笑顔を浮かべていた。

 でも、やっぱりおかしい。

 いつもの……。

 いつもの妄想でしていた格好いいプレイが、出来ない。

 ボールも奪われるし、走るスピードも遅い。体力も、まるで「僕」の時のような……。

「***!」

 名前を呼ばれ、俺にボールが回る。

 試合は前半三十分過ぎ。一点リードされている。

 それでも俺が何とかしてくれるだろうと、仲間達からの期待の目。客席から「いつもみたいにゴール決めて!」と俺の名前を呼ぶ多くの声援。

 ……こんなに応援されて、何を弱気になっているんだ俺。

 もう「僕」じゃない。

「俺」なんだ!

 皆の期待に応えるべく、俺はゴールへと……。

「⁉︎」

 刹那、ボールが目の前から消える。

 突然無くなったボールがどこに行ったのか見渡すと、相手チームの選手がドリブルして走っている。ボールは消えたのではなく、奪われたと気付くのが遅れた。

 このままではもう一点取られる恐れがあり、俺はボールを取り返そうと脚を動かす。

 しかし、やはり思うように走れない。距離がどんどん離される。

 どうなっているのか知らないが、絶対ゴールを防ぐ。

 絶対。

 絶対。

 絶対……。

 懸命に追い掛ける。フラフラと目眩にも耐えながら。

 だが、それが悪かった。

 視界が定まらない中、誰が周りにいるのか判らない。距離感も測れない。だから、


 ボールを持っていない相手選手に、後ろからぶつかって倒してしまった。


 この行為に審判が笛を吹き、結果的に試合が止まってゴールを奪われずに済んだ。

 だが、審判が俺に赤いカードを出したところで、意識が真っ暗になって倒れた。


   <>><><<><<>>


 瞼を開けると、目の前に食べ掛けのケーキや牛丼の容器が映る。しかし、食べた覚えはない。

 では誰のかと辺りを見渡すと、見覚えのある景色が映る。

 ローラーの滑り台、地面に埋めたバネで動く動物の形をした遊具。そして、東屋の椅子に座っている「僕」。子どもの頃からある公園だった。

 ……さっきまでのは夢だったの?


「そうだよ」


「⁉︎」

 突然の背後からの声に、立ち上がって勢いよく振り返る。

 すると、そこには男の警察官一人が立っていた。

 ……え? 僕、何かしたの?

 言葉にしてないはずなのに、警察官は首を横に振って口を開く。

「君がさっきまで見ていたのは夢。約束したよね? 君の体をもらう代わりに、理想の自分をあげるって」

 理想の……。! まさか、昨日の。

「うん。君が思ってる通りだよ。ぼくは騙して、体を奪う化け物だよ。今も、この警察官の体奪って使わせてもらってる」

 普通なら理解不能な発言。でも、ついさっきまで僕は理想の「俺」として過ごしていた。この人? 化け物? が言ってる事は本当なのかもしれない。

 だけど、そうだとしたらどうして僕を元に……。

「……怖くなった。この世界の生物達が」

「?」

「地味キモいって言われた時、すごく嫌な気持ちになった。君達は同じ種族でも優劣を付けて、劣る方には何をしても良い。どんな酷い事もしても良いんじゃないかって考えちゃって……。もしそうなら、僕が劣る方なら何かされるかもしれない。だから、何かされる前に


 近くにいた生物全部、食べ殺しちゃった」


 警察官の格好をしたそれの言葉に、改めて辺りに目をやる。

 確かに他の誰の姿も見えず、鳥も虫の声も一切しない。地面の芝生も、若干赤くなってる気もする。

 ……嘘じゃない。本当に食べたの?

 目の前のそれに、僕は怖くなった。自分も食べられるんじゃないかって。

 だけど、それよりも

「もう、あっちの世界にはいけないの?」

 思い描いていた妄想の世界。その世界に、ついさっきまで僕はいた。食べ殺されるよりも、そっちに戻れない方が……。

 しかし。僕のその問いに、それは「ごめん」と俯きながら言い、続けて「それでも良いよね?」と訊かれる。

 それに僕は


「あー、うん」


 元通りの、いつも通りの癖で返事をしてしまう。してしまった。

 どうして、そう答えてしまったんだろう。戻りたいのに。

 ……ううん。その疑問に対する答えは解ってる。

 雑な返事をする癖を直さなかったのが原因。直していればあっちの世界に戻してほしいと言えたし(戻しそうになかったけど)、地味キモいとか言われる事もなかったかもしれない。

 警察の格好をした何かは僕に近づいて両肩を掴み、口を大きく開ける。顎が外れ、口が裂けて血を噴き出しながら。

 ……ああ、そっか。目の前の何かに願えば良かったのは、


 今更気付いた本当の願い。それを口に出来ぬまま、僕は食べられた。

 理想の自分を優先して、今の自分を変えようとしなかった僕に逃げる権利はないと、死ぬ事を受け入れて。

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妄想優先 目取眞 智栄三 @39tomo

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