妄想優先
目取眞 智栄三
第1話
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「うおー! すげー!」
「ああ。まさか、あの距離からシュート決めるとか半端ねーな」
同じ青のユニホームを着たチームメイト達が、俺に駆け寄って賛辞の言葉を送る。相手のゴールキーパーも、あれは取れないと言わんばかりの苦笑いで拍手をしていた。
仲間や相手から褒められるのは嬉しい。だが、
「まだ試合中だぜ? 褒めるのは試合に勝ってからにしてくれよな?」
額の汗を袖で拭い、ゲームはまだ続いてるだろと笑みを浮かべて喝を入れる。その喝に「そうだな」とか「よし! やってやるぜ!」とか自陣のメンバー達が口にして試合に集中する。その試合結果は……。
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「日本、勝ってる?」
「え? あー、まだ同点」
不意のお父さんの声に僕は現実に戻され、テレビに映るスコアを伝える。小さな声で。
夜中。眠れずリビングのテレビを付けると、サッカー日本代表の親善試合がやっていて何となく観ていた。特別サッカーが好きだとかではなく、勝ったら良いなーと軽く思う程度。それくらいの興味しかなく、サッカーについては浅い知識しかない。
その知識の中、自分だったらこうしてゴールするとか妄想していた。出来もしないのに……あんな社交的な性格でもないくせに。
「そうなんだ。アルゼンチン相手に、後半も同点凄いな」
「あー、うん」
テキトーに返す僕。
お父さんが嫌いという訳じゃない。昔から、誰であれ雑な返事をしてしまう癖が付いてしまっているだけ。
この癖のせいで……。
「じゃあお父さん寝るから、結果明日教えてね?」
「あー、うん」
いつも通りの僕の返事を耳にすると、お父さんは自室へと戻って行った。
*
日本代表が、試合終了間際に連続で二点取られて負けてから二日後。僕は行きたくもない学校へ行き、図書室にいた。読書月間だとかでクラス毎に図書室で読書の授業で、今日は僕等のクラスの日だった。
「あの芸人の渾名、超面白かった。酷過ぎて」
「ねー」
静かに読書をする中、クラスの中心的な女子達の声が耳に入る。一応ヒソヒソ声のつもりだろうが、図書室の奥の席にいるのに出入り口付近の僕にも聞こえるほど声が通る。
その子達が話している内容は、昨日の夜中にやっていたテレビ番組だ。
毎回芸人さん(芸人さんじゃない人もたまにいる)が一つのテーマでトークする番組で、昨日は学生の時地味だった芸人。僕も観ていた。……自分と重なる所がたくさんあって、観るのを途中で止めたけど。
その番組の中で、芸人さん達が酷い渾名を付けられた過去の記憶を話す場面があった。今はその事について、喋っているようだ。
「あ、内のクラスで渾名付けるとしたら? 例えば」
その後に続く言葉は僕の名前で、女子の一人が口にする。
そして、ただでさえ標的にされて嫌なのに、別の女子がそう言った。
「地味キモい」
誰かがクスッと笑う。また一人笑う。
その言葉は静かな図書室全体に響き、おそらくこの部屋にいる全員が耳にしただろう。
僕は所々からの嘲笑いを避けるように、本に集中した。授業終了のチャイムが鳴るまで。
*
学校が終わり、一人で帰路に着く黄昏時。
今日も辛い一日だった。何か訊かれても「あー、うん」と愛想が無い返事ばかりしてしまうから、あんな風に言われるんだろう。暴力を振るわれないだけ、マシだけど。
「はぁ……」
街灯が点き始めた住宅街。人通りの少ないその通りに、ため息が風に流れて行く。僕が愛想良い性格なら、皆から嘲笑いされる事もなかったのかな。
「死のうかな」
「ジャア、ソノカラダチョウダイ?」
呟いた刹那、背後からガラガラと喉が壊れたような声が聞こえて振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。
気のせいかな? そう首を傾げたが、またその声がした。
「シヌンダロ? ソノカラダチョウダイ」
声はするが、姿は見えない。
あー、そっか。妄想のし過ぎで、幻聴がするようになっただけか。妄想のし過ぎは良くないな。
一人で微笑する。誰かいたら、気持ち悪いと嫌な顔をされていたかも。
でも、いいや。これから生きるのをやめるし、そう思われても……一人で幻聴と話しても。
「どうやって僕の体渡せば良い?」
存在しない幻聴に、本当に渡せるなんて考えてない。寧ろ、勝手に取ってくれ。
「アリガトウ。タスカル。カワリニ、ホシイモノ、アルカ?」
「欲しい物? それって何でも良いの?」
「モチロン。ナニがホシイ?」
幻聴の問いに、考える。これから死ぬと決めたのに、欲しい物なんて……。
……妄想の中の、理想の自分でも良いのかな?
「モチロン。ソレデモカマワナイ」
何も答えてないのに、返事を言われる。
やはり、幻聴なんだ。欲しかったこの願いが、叶う訳が……。
「ワカッタ。すぽーつバンノウデ、シャコウテキナニンゲンニサセル。カオモカエル」
そう言い終えると、その声は耳に入らなくなった。
一応、スマホのカメラで自分の顔を確認するが、いつもの覇気のない表情。
「やっぱり……幻聴じゃないか」
また息を吐き、僕は家へと歩き出す。
そして夕食を食べて、お風呂に入って、歯を磨いてベッドに入った。いざ死のうと思っても、怖くなって何も出来ずに。
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風景が見慣れない。どこだここ?
いつもと違う部屋の風景に、俺は首を傾げてトイレへと向かう。
その道中も知らない通路な筈なのに、まるで知っているかのように足が動く。
「***(俺の名前)。今日の試合もお前の活躍期待してるぞ?」
「ああ、お前がいれば決勝間違いなし。そんで優勝間違いなしだ!」
途中、青いサッカーのユニホームを着た同年代くらいの男子二人に話し掛けられる。俺はその二人を知らな……。
いや、知っている。これは
「***どした? いきなり走って?」
「ごめん、ちょっとトイレ。それと、今日も絶対勝つぞお前等!」
この状況を確かめる為に、トイレに向かおうとする。妄想でしか言わない言葉を、二人に吐いて。
背後から「「おう!」」と二人の返事を聞き、男子トイレに入って鏡を見る。すると、やはりそこには
妄想の中の、カッコイイ俺が映っていた。
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