「蹂躙のこつ」編

こつ編① 観衆と敵

「見て見て、あの男子よ。この前副会長と一緒にお弁当を食べてたっていう」

「なんでも彼、去年の文化祭からずっーとストーカーしてたらしいわよ」

「うわなにそれ、キモーい!」


(…………)


 晴吉せいきち一紗かずさと昼食を共にしてから、早三日。

 一紗が御坊館学園ごぼうかんがくえんの生徒会副会長、かつその容姿と性格からくる高い人気も相まって、噂はすぐに広まった。


『どこの馬の骨かもわからない新入生が、俺(私)たちの先輩を盗りやがった!』


 当然、祝福などされるわけもなく、噂は嫉妬しっと憎悪ぞうおに満ち、あらぬ尾ひれがどんどんとついた。

 最寄駅から学校までの通学路は、晴吉にとってまさしく針のむしろだった。

 加えて彼が苦痛だったのは……


「副会長も副会長よ。なんであんな子に近づいたのかな?」

「どうせあれだろ、子犬か何かを世話してるつもりなんだろ?」

「ザ・お嬢様、って感じだよな。いい意味でも悪い意味でも」


(俺のせいで、御門先輩まで悪く言われてる……)


 自分だけが悪く言われるのなら、まだ耐えられた。

 けれども現実は、こんな自分に声をかけた一紗にまで憎悪の矛先が向かっている。


 確かに彼女は、祖父母の代からずっと学園の上位カーストに属してきた家系の末っ子で、少し世間とは感覚がずれているかもしれない。

 しかし少なくとも、あの中庭での彼女には、上に立つ者特有の傲慢ごうまんさは感じられなかった。

 それなのに彼らは……


(俺が先輩の気を引くようなことをしなければ、こんなことにはならなかったんだ)


 後悔が晴吉の頭に重くのしかかり、うな垂れさせる。

 次に一紗から声をかけられたりしたら、一体どんな顔をしたらいいのだろう。


 ……もとはと言えば、あのおみくじのせいだ。

 あんな不確かなものを引いて、四凶しきょうなんていう悪の化身と契約なんてしなければ、こんなことにはならなかった。


 弁当の件で助けてくれたてつも。今隣を歩いているこつも。

 柔和な態度で空気を和ませるとんも。なぜだか距離を置いてくるきょうも。


 どうせ自分たちよりも弱い自分を、もてあそんでたのしんでいるだけなんだ。

 だから——!

 晴吉が隣にいるこつを怒りに満ちた目で睨みつけようとした、そのときだった。


「——放っておけ。あんなもん、聞くだけ無駄だ」

「——えっ?」


 隣から発せられた意外な言葉に、目を見開く。

 戦いを好む(と聞いている)四凶、こつのことだから、


『いいのかよ、言われっぱなしで?』

『男なら、正面からぶつかっていけってんだ!』


 などと発破はっぱをかけ、喧嘩という名のを助長してくると思っていたのに。


「奴らは安全なとこから口出しするだけの、ただの観衆だ。はたから戦う気なんて毛ほどもない、クソみたいな連中だと思っときゃあいい」

「ク、クソみたいなって……」

「それ以外の呼び名があるのかよ、ええ?」


 胡乱に睨みつけてくる、切れ長の瞳。

 それに付随する長く赤いまつ毛に、晴吉の胸は急激に高鳴った。


 胸を高鳴らせたのは彼女の顔だけではない。

 スラリとしつつも筋肉質で、乾いた血で染まったような暗褐色あんかっしょくの肌。

 その端々に配された、炎のように赤く輝く長髪と爪。

 そんな見惚れる美貌を持ちながら、口からは汚い言葉の応酬ときた。


 美しさと荒々しさの——もし御門という存在がいなければ、晴吉はコロリと堕とされ、彼女の舎弟しゃてい、否眷属けんぞくの一人になっていたかもしれなかった。


「いいか小僧、お前が戦う相手は他にいる。それは誰だか、わかるか?」

「俺が戦うべき相手……あんな言葉だけの人たちじゃなく、もっと別の誰かってことですか?」


 顔色を窺うように見上げてくる晴吉に、てつは「そうだ」と短く答えた。


あの悪食てつが言ってたぞ、お前がにしたい女は、中々に美人らしいじゃねえか」

「え、ええ、まあ……」


 えへへ、と自分のことのように喜ぶ晴吉。

 てつはそんな彼のデレデレした様子に「惚けやがって」とイラつきながら後頭部を掻いた。


「だとすれば、お前みたいにその女に吸い寄せられる奴も多いってこった。その吸い寄せられた奴らがお前の敵だ」

「俺と同じように、先輩を好きだと思っている敵……恋敵こいがたきってやつですね?」

「知るかよ……そういやあの野郎、こうも言ってやがったな。お前とその女ととは生きている世界が違う、憧れは飯の肴にはならない、ってな」

「そ、そんなこと百も承知です! でも……」

「モノにしたい、か?」

「モノにしたい、っていうとはちょっと違いますけど! 俺はその、先輩のことをずっと近くで見ていたいっていうか……」

「見ていたい、か。でもよそれって……」


 支配したい——つまりはってことじゃあねえのか?


 愉しそうに、こつが歯を剥く。

 突然虚きょを突かれた晴吉は、その場で立ちすくんでしまった。

 自分の中にも、目の前の悪神と同じくがあったことに。

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