幕間 報告会 ~戦(いくさ)の始まり~

 夢のような時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は午前二時。

 憧れの先輩『御門みかど 一紗かずさ』との会話を達成した晴吉の心は色めきだっていた。


 尤も、その会話のほとんどは一紗からの料理への感想で、晴吉はそれに「ありがとうございます」とか「そうなんですね」といった軽い相槌を打つだけだった。

 結局彼は、一紗から連絡先をもらうことも忘れ、昼休みと午後の授業の間、喜びを噛み締めるようにニヤニヤと眉を下げるばかり。


 これまで女子と本格的に会話すらしてこなかった彼には、ハードルが高すぎたといえばそうなのかもしれない——しかし、彼史上大きな一歩であることは確かだった。

 帰宅してベッドでぐっすり眠っている今も、時折「ふひひ」と妙な笑い声とともに涎を口の端から垂らしていた。

 昼の逢瀬を、夢の中で何度も反芻しているかのように。


 ——そんな幸せそうな彼の隣では、久方ぶりの「報告会」が行われていた。


「というわけで……僕ことてつが、契約者の信頼獲得一番乗りー!」


 パチパチパチと、てつの小さな拍手が漆黒の六畳間に反響する。

 それを聞いていた他の三匹の反応は、三者三様だった。


 晴吉の母、葛乃かずののよそ行き用のブラウスとロングスカートでその豊かな身体を包み込んだとんは、「よくやった」と賛辞を送り。

きょうは、晴吉から借りた長袖シャツの袖を口惜しそうに握り込みながら、じっと眠っている晴吉の方を睨みつけ。

そして葛乃のTシャツ、デニムをぱつぱつにしているこつは「ふん」と鼻を鳴らし、不機嫌に頬杖をついていた。


「やっぱり、『衣食住』のひとつを押さえたのは大きかったね! あとは相手が何を食べたがっているのか調べて、目の前にぶら下げてやればいいのさ!」

「食への知識に関して、てつに勝てるやつは神の中でもそういない。今回は一本取られたなあ」

「いやいや、みんなにだって幾らでもやりようはあるよ。もし僕に協力できることがあれば言って! なんて言ったって、一番乗りだからね!」

「うう……晴吉のやつ、みなと契約をしてやったのは誰だと思って……!」

「きゅう、そんな恨み節言ったって意味ないよ? あれ、今お前の「」を使えば、晴吉は絶好調から絶不調に落ちるかもね……ああ、怖い!」

「できればとっくにやってるわ! でも……」

「できない、みたいだね? 僕たちを姿にしちゃった契約だもん、儀式をしてくれたお前にはもっと影響が出てるんだろうなーとは思ってたさ」


 ご愁傷様、とてつがわざとらしく胸の前で手を合わせる。

 それにきゅうは、結んだ白髪を振り乱し、そっぽを向くことしかできなかった。

 すると……


「下らねえ……契約者からの信頼なんて、オレたちには必要ねえだろうが」


 デニムの膝をパンと叩きながら、こつが言った。

 その小気味のよい音に他三匹からは一挙に視線が集まり、眠っていた晴吉の眉もしかめられた。


「お前ら、オレたちの目的はなんだ? 思い込みの激しいこの小僧を利用して、世界にもう一度喧嘩を売ることだろう?」

「それはこつだけでしょ? 僕はただ……」

「この世のものを食い尽くしたい、だろ? そうなればどこかで必ず衝突あらそいが生まれる。それがオレたち同士でないことを祈ってるが、な」


 こつが口元から犬歯をニョキと剝き出しにして続けた。


「てつ、お前の策は確かによかった。けど、その策が後々どんな影響を及ぼすかまでは、わかってないみてえだな?」

「……なにそれ、負けたことへの腹いせ?」


 肩を竦めるてつに、こつはぴしゃりと「違う」と言ってみせる。

 そしてやおら立ち上がると、他三匹を睥睨してこう告げた。


「いいか、明日からはオレが小僧について行く。半分はてつ、お前の尻拭いのためだ、感謝しろよ? まあ……」


 ——オレにとっては、もう半分の方が重要なんだがな。


 カーテンの間から差す月明かりに照らされ、こつの赤髪と目が燃える火球のようにまたたいていた。

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