第2話 最期の思い出
きっと、今は先生が俺の家族に連絡しているころだろうな。まぁあの親たちならごまかして俺を探そうとは考えないと思う。病気のこともそうだし、寿命のことも知っているから。
今のお父さんは優しい。
しかしどうしても好きにはなれない。俺とは正反対な性格をしているし、態度が嫌い。俺が提案しても否定だけで返してきて、挙句の果てに、あの人の提案を聞いても「自分で考えろ!」の一点張り。最近なんて部屋に引きこもってあの人と話さないようにしている。それでも、お母さんがその男を好きになって籍を入れたんだ。その恋愛自体は否定も文句も言わない。だけど、それ以外は別だ。どうしても否定する回数が多くて嫌になるし、話したくもない。あいつのどこを好きになったのかをマジで疑う。だけど、ずっと我慢していればいずれ、俺は死ぬ。それまでの辛抱だと考えれば楽な方。あと、あいつは元々妻がいたらしいが何か問題を起こして離婚したそうだ。そのせいで、その離婚相手が親権を手に入れた子、いわゆる他人になるのだが、その子と俺をいつも比べてくる。
俺は比べられるのは嫌。だって、どう足掻いてもその子と全く同じにもなれないし、近いものになっても俺は嬉しくない。お母さんもお母さんだ。元お父さんと別れを決意したのは良いことだ。でも見る目は無さすぎる。もっと真剣に考えるべきだ。いい仕事に就いて金は持っているようだが、お母さんはそこにしか目を向けていない。そんな信用できない者がお父さんなんて甚だ図々しい。別にお母さん思いとかそういうものではない。なぜなら、元お父さんが主に暴力を振っていたが、影ではお母さんも暴力を振っていた。だから、どちらかが親権を持っても最悪な人生にしかならなかった。元お父さんは酒癖が悪い。酒を飲んでは暴力、飲んでは暴力。それを繰り返す。
──いっそのこと死んでやろう。
なんて何度思ったことか。もう数えきれないほどは言ったはずだ。
でも、その勇気は起きなかった。死を恐れているんだ。どうしても心の欠片一つが思い通りにいかない。
そんな日々を過ごしていると、昨日のようにお文さん。そう俺の思い人が現れたのだ。幽霊だからとか関係ない。
お母さんの血が混じっているから、もしかしたらそういう運は悪いのかもしれない。でも、呪いでも愛でも何でもいい。心の拠り所として、愛を伝えることができる者として、お文さんとずっと一緒に居たい。なんならお文さんの呪いなら真っ向から受けられる自信がある。
「お文さん、美しいですね。」
「……へ?!き、急にどうしたのですか?」
慌てた拍子に掴んでいる傘をもっと強く握ったのが分かる。
本当にかわいい。照れ屋なのかな?
そう考えていると、
「あ、あの…蛍くん、私行ってみたいところがあります…。」
その照れた状態で提案を出してくれた。
「私、商店街というものに行ってみたいです!生前の記憶はないのですが、この前ここの近くで話していた方々の話を聞いて気になりました。」
照れ照れと話して、美しい人には似合わず、モジモジと恥ずかしがっている。
「いいよ!じゃぁ、行ってみるか!」
「はい!」
俺らは一緒に墓地に背を向けて、向かった。
「昔の商店街は知っていますけど、今の商店街は昔とあまり変わりませんね。」
「そうなんだ!最近は店も減ってきて、商店街もガラッと変わっているもんね。」
そうここ最近は少子化だの高齢化だの、いろいろな問題が重なったせいでこの国も苦労している。昔と今は随分と様変わりをした。
「あれ、蛍くん。この食べ物はなんですの?」
お文さんが不思議そうに見つめて指を差す方向には、コンビニで今だけ限定の肉まんがあった。
「あれはね、肉まんっている食べ物だね。俺も食べたことないからどういうものかは言えないけど。」
「では、私と一緒に食べますか?」
そう言って、懐から出したものは、布みたいな巻物。
その巻物から小判を一枚差し出してくれた。だけど…。
「お、お文さん。それ…。」
「お金ですよ?はいこれをどうぞ!」
何食わぬ顔で出してくるお文さん。でも、今の人はほとんど小判というものを見ないはず…。ましてや、触ったことも知っている人も減っていると思う。
「お文さん。それを一回。布の巻物に戻そうか。」
「布の巻物?……あ、お財布のことですか?」
お財布なの?!と考える暇がないほど俺はびっくりをしている。お文さんは、大人ということも知っている。なんなら、俺よりも確実に押上過ぎるくらいだ。
小判を平然と出せるというとは、それが普通の時代。どれだけ前のことなんだ。
頭が混乱して肉まんの騒ぎではない…が、今悩んでも仕方がない。そう解釈するよう、自分に暗示をかけた。
「お文さん、お金は俺が出すから安心して。」
「ですが…。」
「いいから!」
「はい…。」
強めに怒鳴るように言ってしまって、お文さんが縮こまってしまった。かわいいのだけど、さすがに小判を俺が出せば、いろんな視線で見られて変な出来事に遭遇するかも。それはなんとか避けたい。
「お金を出そうとしてくれてありがとう。でも気持ちだけ受け取っておくね。」
お文さんの顔は元の状態に戻って嬉しそうだった。
とりあえず仕切り直しで、コンビニの自動扉を通過する。そのとき、お文さんが通ろうと前に足を踏み出した瞬間、自動扉に浴衣が挟まりかけた…のか?でも幽霊だからそんなことがあるはずない。なので、すんなりと透けて通り抜けることができた。ほかに何か買いたいものがあるかを問いかけるも、「ないです。」と顔を横に振るだけだった。だから、もう肉まんだけ買ってしまおうとレジの列になす。
すると、横からあからさまな横入りを男二人組がしてきた。それにムカついていながらも、面倒ごとは避けたかったこともあり、黙って不満を抱えるのみ。しかし、その行動をお文さんは許さなかった。
「あなたさん、列はちゃんと並びましょう。並ばない方はどうぞ後ろにお並び下さい。」
優しく言い掛けるお文さんとは裏腹に、舐めた態度で、お文さんに盾突く者がいた。
「なに。おれずっとここにいたけど?」
言い張る言葉が頭にきたらしく、怒り気味にこう放った。
「いい加減にしなさい。次盾突くのであればあなたを呪いますよ?」
ニコニコと美しい顔とは違った恐怖の笑み。
その顔を見て男どもは怖さを覚え、まるで赤いリトマス試験紙がアルカリ性に反応して真っ青に変化させたみたいな顔がそこにあった。
可哀想だな。と思いつつも、自業自得だと考えるのが俺の本当の気持ちである。
そして、少し難はあったものの、無事に肉まんと俺が食べてみたかったと心躍らせていたピザまんを買った。
お文さん、幽霊だから肉まんをまず触れるのかな…と考えていたが、何も心配なく、肉まんをその細くて白いその冷たい腕が掴んだ。その掴んだ辺りだけは、温度が変わったのだと思う。
無心になって頬張るお文さんは、本当に子どものよう。
今の温度との差が激しくて湯気が際立っている。
「美味しい!こんな食べ物は生まれて初めて食べた!」
笑みを振りまいて喜んでいる。しかしその拍子に肉まんの油が?!
瞬間、綺麗な服についてしまった。俺は慌ててポケットからハンカチを取ってポンポンと油のついた箇所を優しく叩く。着いたところがちょうど膝立ちをする位置なため、婚約を求める格好と似てしまった。
「あ、あの…蛍くん……この体勢は…。」
お文さんが言い掛けたときに、周りの人がヒソヒソと話している。その光景、傍から見ると違和感でしかない。
「ご…ご、ごめんなさい!」
俺が謝ると「ふふ。」と声に出して微笑した。
そこもかわいく、癒しになる。
そう考えているうちに、お文さんは食べ終わって、次の店に行きたいと目で伝えていて少しソワソワしている。
その後は、いくつか食べ物を頬張って喜ぶお文さん。
俺のお金は無くなっていくが癒しは増えていっている。
「蛍くん、今日はありがとう。」
深々と頭を下げてくれたお文さんは美しさを崩さない。
「いえいえ、俺も一緒にいれてうれしかったよ!」
「それならよかったです。」
にこやかに笑うお文さん。
今、お文さんは何を考えているのだろう。人間でも幽霊でもそんなことを完全には知ることができないよね…。
蛍くん、あなたは私のことを愛しているのですね。では、私も愛するべきでしょうか。しかし私はこの姿になってから一度たりともきちんと愛したことはありません。愛したわけではないのですが、道端にいた野良猫を愛でる程度の愛を捧げました。でも、その捧げた愛をその猫ちゃんは察してくれずに、どこか遠くへ行ってしまったのです。あなたは私が愛してもどこにも行きませんか?
…私は行ってほしくありません。猫ちゃんと同様…とは少し違いますが、あなたと一緒にいれて、話してくれて本当に嬉しいのです。少し積極的に動いてくれたり、話すのが苦手な私を知って話し手に回ってくれたり、あなたは本当に優しいですね。
ありがとうございます。
今度からはしっかり愛します…。
お文はこう考えたが、その愛は愛としてなさなかった。それはお文が悪いのではなく、その姿だからこそ悪い。なぜなら、その愛をその姿のせいで呪いに変わったのだ。しかも、その呪いをお文は気づくことができなかった。あのようになるまでは……。
後日、蛍は墓地のある古く苔むした墓に背中を預けるようにして亡くなった。見つかったのは死後一か月だと推定された。大事のニュースにもならず、身内だけの葬儀を行った。
私はその葬式に参加した。いや、参加ではない。なぜなら私はもう死んでいるし、ただ蛍に会いたかっただけ。もしかしたら、蛍が幽霊として私の前に姿を現すのかもしれない。そう希望をもって葬式の会場である。蛍の実家にお邪魔した。周りの人間たちにはこの美しいが悲しみに満ち溢れた姿を目に拝むことさえできない。理由は、お文も、もう長くはない。幽霊になってどれほど経つのか。お文のことを覚えている人が誰もいなくなってしまった。だから、お文はこの世で忘れられた存在。幽霊というのはそういうもの。忘れ去られてしまったのなら、この世には存在できない。しかし、なぜ蛍の幽霊がいないのか、それはみな、どうせ死ぬのだろうと察し、考えないようにしていたためだ。死ぬことを分かっていながら、生きていられるよ。とポジティブな考え方を持った者がちょうどいなかったのだろう。
嘆かわしい。
人生は儚く、時に残酷だ。生まれずに死んでしまう者もいれば、生まれて何か重りを課せられる者もいる。
その可哀想な人生を支えていくのは一体誰だというのか。
これはもし神がいれば、神すらも分からない領域だろう。
呪殺物語〜呪われた愛〜 花魁童子 @yukari_hanada
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