呪殺物語〜呪われた愛〜

花魁童子

第1話 会いに行くよ、いつかその日に

「そこのお兄さん、今日は綺麗な月が見えていますね。どうですか、一緒に見ませんか?」

 その声は冷たい。肌に触れた瞬間凍り付くのではないかと心配になるほどだ。そして俺は自分のした行動に後悔を抱く。

  

  

 高校生になってもう半月は過ぎたころ、恋人はましてや、好きな人もいないため、放課後は勉強以外することがない。しかし、そんなにがり勉でもないからすぐ勉強をやめ放心状態へと移行する。学校生活に飽き飽きした。その発散として最近は心躍るようなことはないのかと毎日期待をする。だが、期待しても無駄なのだと一週間も満たないときに知る。その原因は自らが動かなければ何も起きることはない。だからこそなのか、俺は気の迷いで一人肝試しをすることにした。あいにく、入学してから半月経っても友達と言う人はできなかった。そのため、一人ぼっちと言うこと。

 俺が通っている学校の近くには墓地があり、昔から噂が存在する。

 その噂とは、夜な夜な月の綺麗な日に出向けば女性の霊が君を導く。

 要するに時は満月の夜。墓地に行けば女性が手招きしてくるらしい。

  

 そして部活にも入部してないから、一旦家に帰って軽い身支度を済ませて夜になるのを待つ。夕飯をたべてしまえば、両親は死んだように眠りにつく。だから夜出ても怒られることも見られることもない。そして家族が寝静まり無音で冷たい空間が家に充満する。

「早くお化けに会いたいな。」

 軽口を叩きながら念のため玄関の扉をできるだけ音立てずに開けた。夏なのになぜか冷たい風が俺にまとわりついて襲ってきた。

「うぅ、寒い。」

 俺の家から墓地まで大体二十分程度離れている。そのため、家を出て歩くと家々が綺麗に列をなしている。両親は近所付き合いをきちんと行っているからどこにどんな人が住んでいるのかが分かる。その知っている人ほとんどが俺のことを認知しているが、昔から病気を患っているから話しかけても返ってくるのはよそよそしい声と労いの言葉。それにはもううんざりしている。俺はもっと楽しく過ごしたい。

  

「あら、柚町さんちの…蛍くん、病気に負けないで生きてね!おばちゃんあなたの味方だから、困ったことがあったら言って。」

「……ありがとうございます。」

 近くに住んでいる思いやりがあって親切と有名な駄菓子屋の咲おばさん。一人でやりくりしていて「つぶれてないかな。」と同級生が話していて気になっていた人。

 咲おばさんは、そそくさと立ち去って行った。


 ──あぁマジで嫌。なんで病気という鎖に縛られないといけないんだ。


 俺だってもっと普通の生活を送りたい。

 …高校生になったら病気のことは隠そう。そうすれば気を使わせなくて済む。

 俺は長くないと悟っている。だから両親にも医者にも最後の最後まで学校生活を、普通の生活を送りたいと願った。

 だが、蛍は病気のせいでずっと病院に通っていたため、人間関係を築く方法もコミュニケーション能力も乏しい。だから、高校に入っても友達ができない。

  

  

 そういやなことを考えていると、目の前には墓地が見えてきた。

 少しずつ近づいてくる墓地と鼓動が激しい俺。若干、怖さよりも鼓動の方が早く、感覚では怖いと思うが緊張が大きく考えることがあまりできていない。

 できていても…。

 怖い。

 幽霊がいたらどうしよう。

 ほとんど単純な言葉しか考えられない。言い換えれば幼児化したような感じ。察するにそれほど、恐怖心を呼び起こす何かが墓地から漂ってきたのだろう。それか、ただただ蛍が怖がりだけなのか。どちらにせよ、精神は安定していない。

 しかし、好奇心を持った足が止まることを知らない。だから、何を考えてもすぐについてしまった。

「怖いけど、面白そうが勝っちゃう。」

 そう考えてしまうのも好奇心が大きいせいだろうな。


「俺、もう病気で長くは持ちません。だから誰でもいいから愛されたい。でも家族愛ではなく恋愛として。」

「そうなのですね…。」

  

 その後、お文さんは何も文句ひとつ言わず、素直に聞いてくれた。俺の病気について、余命について、いろいろと。

「ありがとう、お文さん。」

 自分のことを話しているせいで目からは涙が流れている。

 これも無意識に。

「なぜ、お礼を言うのですか?私はただ話を聞いただけです。」

 そう彼女は主張したが、俺にとっては聞いてくれるだけで嬉しい。適度に相槌を打ってくれるだけで嬉しい。人と話せるだけで嬉しい。

 まぁ、正確にはお文さん、幽霊なんだけどね…。

 それでも、いろいろな嬉しさのうえでこの感謝は成り立っている。

「聞いてくれるだけで嬉しいよ!ありがとうお文さん。」

 感謝を忘れてはいけない。

 病気が発覚してからは看護されるばかり、そこで気づいたことは人に助けられたら謝るのではなく、感謝をする。あまり、謝られていい思いをする人はいない。

「…私もこの体になってからは暇が多かったので、話せてうれしいです。ですが、あまり夜遅くに子どもが外に出歩くのは危ないですよ?」

 お文さんは、少しの沈黙の後、俺のことを考えて、多少厳しめに叱ってくれた。

  

 ──怒られたのって何年ぶりだろう。

 もう病気が発揮されてからは、後遺症がどうたらとか、精神に異常をきたすだとか、さんざん言われ続けて怒られることすらないに等しいくらいに減少した。昔なんて家族の暴力なんてざらだよ。その時はずっと痛みに耐えながら、毎晩毎晩、あの人たちに肌が変色するまで殴られて、痛いけど声に出せば殴られる、黙っていても殴られる。そこで知ったよ。

 ──あぁ、きっと大人になって社会を出たら今みたいな理不尽な都合が多くなるのかな。

 どう足掻いても逃れられない現実は残酷でとても冷たい。今日みたいに雨が降っているときのよう。

「ありがとう!」

 今度は悲しく言わず、元気いっぱいに悲しい気持ちをかき消す勢いで感謝を述べた。

  

 お文さんの注意もあってその日はそそくさと家に帰った。

 お文さん曰く、いつも昼夜問わずどこかにいるらしいので、そのままお文さんに別れを伝えてその場を去った。

 そして、そのまま何も起きず、就寝した。

 次の日は、少しどんよりとした気持ちになりつつ、学校に向かおうと心に決めた金曜日。

「ん~~。……眠い。」

 思い体と目を覚まそうと勢いをつけて起こした。朝と言うのは欲望と戦う時間でもある。人は娯楽を好む。娯楽を嫌いで行う者はいない。その欲に打ち勝ってこそ、本当の一日が始まる。今の蛍もそうだ。眠いという欲望に勝とうと決意して起きた。言葉で表すのは簡単だ。難しいのはそれを現実で行えるかどうか。これを聞く者のほとんどは「できるだろう。」と軽口を叩くはずだ。どれだけ欲望に勝てる者が強者なのか知らない人のようが多い。

「さて、飯でも食べるか。」

 部屋の扉を豪快に開けて、少し冷たく足の皮膚が寒いと物申す廊下と階段を通り過ぎ、お母さんが用意していてくれたラッピングされたさきほどの廊下と同じ冷たさを持つ食べ物を何も発さずに…いや、発することがない。と言ったほうが正しいだろう。だって蛍にとってはいつも通りの光景だから、何も言うことはない。

  

 寂しさゆえの沈黙なのか、はたまた、希望も絶望もなくなり、無に帰した沈黙なのか。

 それは、分からない。だがそれが現実だ。抗うことのできない現実。

 話す相手もいないから服を変え、元々用意しておいた学校かばんを片手に家を出発した。しかし、そこでは、さきほどの沈黙は感じられないことがあった。

  

「行ってきます!」

 蛍がドアを開けた瞬間と同時に、いつもの光景…が見られた。


 ──お前は出来損ないだ!

  

 元お父さんから、あの言葉を聞いてからどれくらいが経ったのだろう。もう頭の中で何度もリプレイされるせいで時間間隔さえ狂ってしまった。

 もう聞きたくない、言われたくないはずなのに思い出してしまう。なんでだろう…。嫌なはずなのに、思い出してしまう。俺は異常なのか?

 ──誰でもいいから、……俺の心の拠り所になってくれ。お願いだ………お文さん。

 なぜだろう。なぜ今、お文さんのことを考えたんだ。

 そうか、もしかしたら俺はお文さんが恋愛として好きなのだ。きっとそう。

  

 そう考えて前に目線を向けた。その先には、墓地だ。しかも、お文さんがいる墓地。

 多分、お文さんのことを考えたからかな。

「お文さんー!」

 大きな声でお文さんを呼ぶ。すると、墓地の奥に一人の美しい花柄の着物。しかし、その着物は主張が強いわけでもなく、いかにもお上品なお方が着るような着物。それを美しい女の方が着て、お墓参りの帰りなのか手桶を持ってこちらに歩み寄ってくる。

「どうしましたか?若いお兄さん。」

 その声は優しく耳になんの抵抗もなく通ってきた。

 俺はその声に見覚えがある。

「お文さん?」

 とっさに出た言葉は、昨日の彼女だ。外見は違うが、あの声、この雰囲気。まさしく彼女と同じ。別にそういった能力に長けているわけでも、備わっているわけでもない。でもどうしてか分かった。きっと、彼女が好きだから、昨夜もずっと考えていたから。頭の中にずっと残っている。

「あら、よく分かったわね。」

 分からないはずがない。こんなきれいな人は生きてきた人生でお文さん以外は見たことがない。見たとしても関わりがなくてすぐ忘れる。結局はそれっきりのことだったということ。でもお文さんは俺の話を飽きる素振り一つもしないで親身になって聞いてくれた。

 外見もそうだが、俺は多分そこに惚れたんだと思う。いや、惚れている。これは確実だ。

「残念です。あなたに驚いて欲しかったんですが…。」

 そういってクスクスと笑う。しかしその笑う顔は浴衣の袖辺りで防がれてしまった。内心、見られなくて落ち込んでいると彼女から問いかけられた。

「そういえば、今は朝ごろあなた…学校は?」

「……今日はいかない。お文さんと過ごしたい。」

「………そうですか。それなら一緒にいるか。私はいくらでも一緒にいられるし、昨日も言ったけど、いつでも来ていいよ。」

 沈黙で俺の気持ちを理解してくれたのかな……そう思えるほどお文さんは優しく俺のことを分かってくれる。

 年齢差の恋愛は有り得るらしいけど、見立てで言うとお文さんは昭和の方。だから、年齢差に着目すると自分でも驚きが隠せない。

 それでも驚きはするものの、お文さんだからという理由で年齢を考えない。というか、考えてもお文さんは幽霊。幽霊と人間が恋愛できるのかが分からない。


「では、まず…遅いかもですが、あなたのお名前を伺ってもいいですか?」

「俺の名前は、蛍。柚町蛍だよ。」

「なるほど。蛍くんですね。私は以前にも言いましたが、お文と言います。」

「改めてお文さん!宜しくお願い致します。」

「はい、こちらこそ。」

 互いに頭を下げる上には神々しい太陽がこちらを覗いている。太陽以上に蛍の頭は温かい。しかし、お文さんは雪のように冷たい肌。

 その肌が温まるのはいつ頃になるのかな。

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