第9話
別館に戻ると、三匹はちゃんとおとなしく留守番をしていた。
家の中も、特に荒らされた様子はない。
ちゃんと、約束を守ってくれたようだ。
「よしよし、いい子にしてたな。偉いぞ、みんな」
俺が三匹の頭を順番に撫でてやると、みんな嬉しそうにすり寄ってきた。
コロは尻尾をちぎれそうに振っている。
ルビは俺の足に、体を擦り付けてきた。
ぷるんは頭の上で、嬉しそうに跳ねている。
さっソく、買ってきた石綿の布で、ふかふかの寝床を作ってやる。
中庭には、ルビが火を噴いても大丈夫なように、石で囲った安全な場所も作った。
これで、安心して火の練習もできるだろう。
「さあ、晩ごはんの時間だ」
「今日は新しい食材を使った、特製ペーストだぞ!」
俺は台所に立ち、さっき買ってきたガラクの実とシビレ花を使って、いつものペーストを作り始めた。
ガラクの実は、想像以上に硬かった。
石臼で思いっきり叩きつけると、なんとか砕くことができた。
シビレ花は、花びらに触れないよう、蜜だけを慎重に集める。
店主は毒があると言っていたが、蜜自体には問題ないようだった。
森の植物たちも、「甘いよー」としか言っていなかったしな。
「よし、できたぞ! 特製ガラクの実入り、シビレ花ソース添えだ!」
俺が新しいペーストを三匹の前に差し出すと、彼女たちはくんくんと匂いを嗅いだ。
初めての匂いに、少し戸惑っているようだ。
『わあ! なんか、いいにおい!』
『ちょっとピリピリする匂いがする!』
『はやくたべたい! ユウ!』
「はいはい、順番だぞ。慌てないで食べろよ」
俺がスプーンで一口ずつ与えると、三匹は夢中になって食べ始めた。
その食べっぷりは、見ていて気持ちがいい。
『んー! おいしい! このツブツブ、かみごたえがある!』
ルビが、ガラクの実をバリボリと音を立てて噛み砕いている。
さすが、トカゲの顎は丈夫だ。
栄養価も、きっと高いはずだ。
『なんか、舌がちょっとだけピリピリする! でも、それがいい!』
コロも嬉しそうだ。
尻尾を振りながら、夢中で食べている。
シビレ花の蜜は、彼女たちにとっては良いスパイスになったらしい。
『ぷるぷるでおいしー! いつもとちがう!』
ぷるんも満足げに体を揺らしている。
よかった。
新しいレシピも、どうやら大成功だ。
飼育員として、これ以上の喜びはない。
その様子を、なぜかまだ帰っていなかったガレンさんとリーゼさんが、部屋の隅から遠巻きに眺めていた。
二人は、壁に背中をくっつけて固まっている。
「……食べたぞ、リーゼ……。あの石ころと毒花を……」
「……石を砕いて、毒をスパイスにして……」
「私たち、いったい何を見せられてるの……」
二人の小さな呟きは、三匹の食事の音にかき消されて、俺には聞こえなかった。
三匹が満足したのを見届けて、俺は二人に向き直った。
「ガレンさん、リーゼさん。今日は本当にありがとうございました」
「荷物を持ってもらって、おかげで助かりました」
「あ、ああ……。どういたしまして……」
「じゃ、俺たちはギルドマスターに、今日の買い物の報告があるから……」
二人は、逃げるようにして別館から出て行った。
本当に、忙しい人たちだな。
次の日の朝。
俺たちが朝食を終えて、中庭で遊んでいると、ドリンさんがやって来た。
なんだか、すごく困った顔をしている。
目の下には、クマができているようだった。
「おはようございます、ドリンさん」
「どうしたんですか? そんなに顔色が悪いですけど」
「……ユウ殿。すまんが、ちと、頼みたいことがある」
「頼み事? 俺にできることなら、何でも言ってください」
「この家を貸してもらっているお礼も、したいですし」
俺がそう言うと、ドリンさんは少し言いにくそうに口を開いた。
その表情は、昨日よりもさらに疲れている。
「……実は、フォレストベアのことなんだ」
「フォレストベア!? あ、やっぱり! あの時の怪我で、何か!?」
俺は慌てた。
クマの爪を折ってしまったんだ。
きっと、化膿したりして、怒っているに違いない。
「いや、違う。怪我は……まあ、そうなんだが、問題はそこじゃないんだ」
「え? どういうことですか?」
ドリンさんは、深いため息をついた。
その溜息は、とても重かった。
「……そのクマが、昨日から、町の南側の街道に居座っているんだ」
「街道に、ですか?」
「ああ。ただ座り込んで、ずっと……泣いている」
「泣いてる!?」
俺は驚いて聞き返した。
クマが泣く?
動物園でも、そんな話は聞いたことがない。
「そうだ。自分の折れた爪を見つめて、一日中、しくしく、しくしくと泣き続けている」
「狩りもせん。何も食わん。ただ、ひたすら泣いてるそうだ」
「ええ……。それは、可哀想に……」
「可哀想なんだが、こっちも困ってるんだ!」
「Bランクの魔物が街道のど真ん中で泣いてみろ」
「商人たちが怖がって、誰も道を通れん」
「物流が、完全に止まって大騒ぎになっている」
確かに、それは大問題だ。
俺は事の重大さを、ようやく理解した。
「昨日、見かねた冒険者パーティが、追い払おうとしたんだが……」
「したんですが? 追い払えなかったんですか?」
「……クマがあまりにも悲しそうに泣くもんだから、冒険者たちのほうが気が滅入ってしまってな」
「『俺たち、なんて可哀想なことを……』とか言い出して、鬱になって帰ってきた」
「うわあ……」
それは、なんというか……。
すごい状況だ。
冒険者たちのメンタルも心配になる。
「わしも、あんなに情けなく泣く魔物は初めて見た……」
「だから、ユウ殿。頼む」
ドリンさんは、俺の肩をがっしりと掴んだ。
その手は、少し震えていた。
「原因は、あんたのところのコロ殿だ。どうにかしてくれんか?」
「……分かりました。ドリンさん。これは、俺の監督不行き届きです」
俺は真剣な顔で頷いた。
コロがやったことだ。
飼い主である俺が、責任を取らないといけない。
「コロ!」
俺が呼ぶと、コロが中庭からぴょこんと顔を出した。
口の周りに、朝ごはんのペーストがついている。
『なーにー、ユウ?』
「お前、クマさんの爪を折っただろ」
「そのクマさんが、今、道で泣いて困ってるそうだ」
『え!? 泣いてるの!?』
コロはびっくりした顔をした。
目を、大きく見開いている。
どうやら、罪悪感はあったらしい。
「そうだ。だから、今から二人で、クマさんに謝りに行くぞ」
「ちゃんと『ごめんなさい』するんだ。いいな?」
『う……うん……。わかった……。コロ、あやまる……』
コロは、しゅんとして耳を垂れた。
その姿は、反省しているように見える。
「よし、いい子だ。ドリンさん、行きましょう」
「そのクマさんのところへ、俺たちを案内してください」
「お、おお……。わかった」
「まさか、フェンリルが魔物に謝罪しに行く日が来るとはな……」
ドリンさんが、またよく分からないことを呟いている。
フェンリル?
まあいいか。
今は、クマさんへの謝罪が最優先だ。
俺はコロを抱き上げ、ドリンさんと一緒に、別館を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます