第8話

俺たちは、ドリンさんに紹介してもらったギルドの旧別館に案内された。

町のはずれにある、石造りの立派な建物だ。

確かに壁は古びているが、とても分厚くて、頑丈そうだった。

これなら、安心して暮らせそうだ。


「ここだ。中は、自由に使ってくれて構わん」


ドリンさんはそれだけ言うと、付け加えた。


「わしは仕事に戻る……。少し、休まねば……」


彼は、ふらふらした足取りでギルド本館の方へ帰っていった。

よほど疲れているみたいだ。

ギルドマスターの仕事は、きっと大変なんだろう。


俺は大きな木の扉を開けて、中に入ってみた。

中は広々としていて、少しほこりっぽい匂いがした。

でも、天井もすごく高い。

これなら、ルビやコロが思いっきり走り回っても大丈夫そうだ。


「おおー! すごいぞ! ここが今日から、俺たちの家だ!」


『わーい! ひろーい!』


『ここでかけっこできるね、ルビ!』


『ユウ、あっちに広いお庭があるよ!』


三匹はさっそく、探検を始めた。

コロとルビは、広いホールを嬉しそうに駆け回っている。

ぷるんは壁をぺたぺたと登って、高い窓から外を眺めていた。

中庭もあって、日当たりもいい。

これなら、ルビの体温調節にも良さそうだ。


「よし、まずは掃除だな。それから、買い出しに行かないと」


この子たちの寝床も、ちゃんと作ってやらないといけない。

それから、ご飯の材料も買わないと。

森で取った木の実も、もうすぐ無くなりそうだ。


「さて、どうしようか。俺が買い出しに行っている間、誰かがこの子たちを見ててくれると助かるんだが……」


俺がそう呟いていると、入り口のドアがノックされた。


「ユウ殿、いるか?」


ガレンさんとリーゼさんの声だ。

二人が、なぜかおずおずと中に入ってきた。

まだ、何か用事があったんだろうか。


「あ、ガレンさん、リーゼさん。ちょうどよかった。実は、ちょっとお願いがあるんですが」


「「(ビクッ!)」」


俺が声をかけると、二人は大げさに肩を震わせた。

そんなに驚かなくてもいいのに。


「あの、俺、これから町に買い出しに行こうと思うんです」

「この子たちのご飯とか、寝床の材料とかを買いに」

「それで、その間、この子たちのことを見ててもらえませんか?」

「つまり、子守りをお願いしたいんです」


「「……え?」」


二人は、信じられないという顔で俺を見た。

ガレンさんは、冷や汗をだらだらと流している。


「こ、この子たちの……子守りを……? お、俺たち二人だけで、か……?」


「はあ。やっぱり、無理ですか?」

「この子たち、ちゃんとお留守番できますよ。ほら、みんな、いい子にしてられるよな?」


俺が呼びかけると、三匹が駆け寄ってきた。


『『『はーい! いい子にしてるー!』』』


三匹が元気よく返事をする。


「ほらね。大丈夫ですって。お利口さんたちですから」

「あ、おやつの時間は三時です。この特製ペーストを、スプーンで一杯ずつあげてください」

「あと、コロは中庭でトイレをさせる必要が……」


俺が飼育マニュアルを説明しようとすると、ガレンさんが慌てて俺の言葉を遮った。


「ま、待て、待て! ユウ殿! 無理だ! 絶対に無理だ!」


「そ、そうです! 私たち二人では、この子たちの『遊び相手』にもなりません!」

「万が一、機嫌を損ねでもしたら……町が……」


リーゼさんも顔面蒼白で、首を激しく横に振っている。

うーん、困ったな。

そんなに嫌だろうか。

この子たちは、こんなに可愛いのに。


「……じゃあ、仕方ないですね。一緒に行きますか? 買い出し」


俺がそう提案すると、二人はさっきと打って変わって、激しく頷いた。


「行く! その方がいい! 町の安全のためにも、我々が同行する!」


ガレンさんが、なぜか力強く宣言した。

よく分からないが、荷物持ちを手伝ってくれるなら助かる。


「分かりました。じゃあ、みんな、お留守番頼むぞ」

「絶対に家を壊したり、火を噴いたりするなよ? 約束だぞ」


『はーい! ユウ、いってらっしゃーい!』


三匹のかわいい声に見送られ、俺はガレンさん、リーゼさんと一緒に、アリストンの市場へと向かった。

市場は活気があって、色々な店が並んでいた。

見たこともない野菜や果物が、山のように積まれている。

ここは、動物園の飼料倉庫より品揃えが豊富だ。


「すごいな……。活気がありますね」

「あの、すみません。この『ガラクの実』っていうのは、栄養ありますか?」


俺は果物屋の店主に尋ねた。

ごつごつした、石みたいな実だった。


「あ、お客さん。そいつは止しときな」

「ガラクの実は、石みたいに硬くて、とても食えたもんじゃないよ」

「オークとかが好んで食うらしいがね。人間には無理だ」


「へえ、オークが。でも、栄養はありそうですね」

俺は実を一つ手に取り、重さや匂いを確かめる。

「よし、これをください。たくさんお願いします」


「え? お客さん、本気かい?」


俺はガラクの実を、大きな袋に詰めてもらった。

コロなら、あのフォレストベアの爪を砕いた頭だ。

きっと、この実も噛み砕けるだろう。


「次は……あ、あれは『シビレ花』ですか?」

「以前、植物に聞いたら、蜜が甘いって言ってましたね」

「すみません、あれもください」


「は!? お、お客さん! シビレ花は猛毒だよ!」

「触っただけで、大人の男でも手が痺れるんだ!」


「え、そうなんですか? でも、甘いなら、ルビが喜ぶかもしれません」

「大丈夫です、毒抜きくらいは知ってますから」


俺は前世の知識を適当に思い出しながら答えた。

動物によっては、毒が効かないやつもいるしな。

ガレンさんとリーゼさんは、俺の後ろで何か小声で話している。


「おい、リーゼ……。あいつ、オーク用のエサと、猛毒の花を買ってるぞ……」


「ええ……。あれで、あの特製ペーストを作るというの……? 恐ろしい……」


次に、俺は寝具屋に向かった。

三匹には、快適な寝床を用意してあげたい。


「すみません。丈夫な布が欲しいんですが」

「できれば、燃えにくいやつがいいです」

「うちの子、ちょっと寝相が悪くて、熱を出すことがあるんで」


「熱を出す? ははあ。それなら、この『火トカゲの革』か、『石綿の布』だね」

「どっちも鍛冶屋が使うやつで、火には滅法強いよ」


「おお、素晴らしい! じゃあ、この石綿の布を三枚ください!」


俺が買い物を終える頃には、ガレンさんとリーゼさんの両手は、荷物でいっぱいになっていた。

彼らの顔は、市場に来た時よりも、青白くなっている気がする。


「ありがとうございます、二人とも。本当に助かりました」


「い、いや……。これも、ギルドマスターの命令だからな……」


ガレンさんが、乾いた声で答えた。

俺たちは大量の荷物を抱えて、ギルドの別館へと戻る。

これで、あの子たちに、もっと快適な環境を用意してやれる。

俺は飼育員として、やる気に満ちていた。

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