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「ご主人になにか言われたら、私のせいにすればいいわ。無理に連れ出されたって。」
「そんなこと……。」
「でも、事実よ。」
綾女さんは可憐に微笑むと、深い緑色の門柱のある家の前で足を止めた。
「ここに住んでいるの。」
そう言って、綾女さんは私を家の中に招き入れた。招かれた先は、リビングではなくて、二階の寝室だった。私はそのことを疑問にも思わなかった。それが自然なことのような気さえしていた。そんなふうに、初対面のひとと関係を持つような、奔放な性生活を持ったことはこれまでなかったし、女性に性欲を覚えたこともなかったのに。
昼間だった。大きな窓には白いレースのカーテンが下りていて、カーテン越しの明るい春の日差しが白いシーツの上をちらちらと泳いでいた。ベッドはクイーンサイズだったけれど、私はそこに綾女さんの夫が寝ているところを想像できなかった。つい数時間前にはじめて目にした綾女さんの夫は、いかにも仕事ができそうな、スマートで、綾女さんの横に立っても見劣りがしない男のひとだったけれど、この寝室は、綾女さん一人の匂いだった。綾女さんには、娘さんがいる。私はそのことをパーティ会場で聞きかじっていたけれど、この部屋、というかこの家全体からは、子どもの匂いもしなかった。
ぼうっとベッドの傍らで突っ立っている私を見て、綾女さんは、きれいな弧を描く眉を少し寄せて微笑んだ。
「悪いことしてるみたいな気がするわね。」
私たちには、夫がいたし、子どももいた。そのことをお互い了承していた。けれど綾女さんの言う、”悪いこと”には、その事実が含まれてはいないようだった。ただ、頑是ない子どもみたいにぼうっとしている私を見て、彼女は笑ったのだ。
「……悪いこと……?」
「ええ。」
微笑んだまま、ベッドサイドのテーブルにシャンパングラスを置くと、屈託なく綾女さんは服を脱いだ。シャンパンベージュのシルクのワンピース。その下から現れたのは、シルクよりも艶のある真っ白い肌。その肌に窓からの陽光が反射して、私は目がくらみそうになったほどだった。あっさり下着姿になった綾女さんは、するりと私の隣までやってくると、流れるような仕草で私の垢抜けない紺色のワンピースの肩紐に、細く繊細な指をかけた。
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