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それでいいと思っていた。満たされているとは言いがたい関係だったけれど、完全に満たされている人間なんて、この世に存在するだろうか。だから、私は全然それでいいと思っていた。時々込み上げてくる寂しさや虚しさには蓋をして、ひとりでちゃんとやっていける。
そんな考えを打ち破ったのは、突然の電話だった。相手は、妹。もう何年も会っていないどころか声を聞いてすらいなかった妹。彼女は中学卒業と同時に妊娠し、その子供の父親なのかどうかも分からない、高校を中退したばかりの土木作業員の男と駆け落ち同然に家を出ていた。それからもう、10年近くが経つ。そんな妹が急に、私のスマホを鳴らした。
『……お姉ちゃん?』
電話から流れてきた声が私を姉と呼ばなければ、それが妹の声だと気が付きもしなかったと思う。それくらい、妹の記憶は私の中で薄れていたし、そもそも同じ家に暮らしていた頃から、私と妹は別に仲がいいわけでもなかった。
ホテルからアパートの自分の部屋に戻り、化粧を落として、ベッドの上で、鬱々としてくる気を紛らわそうと雑誌をめくっていた私は、その手をぴたりと止めた。
「……沙里?」
『……うん。』
そこから言葉が出なかった。突然すぎたのだ。元気なの? とか、今どこにいるの? とか、いくつか言葉が頭の中に浮かんでは消えたけれど、私は別にそのどの問いにも、本気で興味はなかった。妹にも、そういう空気感は電話越しに伝わっていたのだと思う。妹もしばらく黙り込んでいた。
いきなり電話をかけてきて、黙り込んでいるって何事だろう。早く電話を切ってくれればいいのに。
私は、公衆電話からの着信なんかを、うっかりとってしまった自分にイラついた。普段なら、きちんと番号が表示されている着信以外をとったりはしない。ただ、今日は誰でもいいから相手をしてほしくて、その感情が、勝手に指を動かしたようだった。
指がうずうずした。電話を切ってしまいたくて。派手な金色に髪を染め、似合わない下手な化粧をしていた幼い妹の顔が思い出される。あの頃から私は、妹が疎ましかったのだ。単純に、学校にも行かず遊び歩いてばかりいる妹の存在は、私の人生にマイナスになると考えていた。妹が家を飛び出したときも、私は内心ではほっとしていたのだ。それは、妹にほとほと手を焼いていた両親もそうだっただろう。警察に届けを出しはしたけれど、特別にそこから妹を探すためのアクションがとられることはなかった。
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