5
そんなこと、周子ちゃんを見ていれば分かることだろうに。だって、周子ちゃんはいつも明るくて、やさしい。そこまで考えた私はふと、周子ちゃんのママは、あまり上手くやれなかったのかもしれない、と思い到った。こんなにきれいで、なにもかもに満ち足りた様子に見えるけれど、昔、それとも今もかもしれないけれど、周子ちゃんのママは、あまり上手くやれなかったのかもしれない。こんなにきれいだと、もしかしたら、普通のひとよりも、上手くやるのはずっと難しいのかもしれない。
「そろそろ周子、帰って来ると思うわ。」
二杯目の紅茶を飲み終えた頃、周子ちゃんのママが微笑んで言った。私はそれを聞いて咄嗟に、やわらかいソファから立ち上がっていた。
「私、もう帰らないと。」
唐突な言葉だったのに、周子ちゃんのママは驚いた様子も見せなかった。ただ、静かに微笑んだまま、そう、と囁くように言った。
「残念ね。周子、きっとがっかりするわ。」
「だから……だから、周子ちゃんには、私が来たこと、言わないでもらえませんか。」
なにが、だから、なのかよく分からない台詞を吐く私に、周子ちゃんのママは、いぶかしげな顔をすることもなく、表情をまるで変えず、ええ、いいわ、と頷いた。
周子ちゃんに、ここに来たことを知られたくなかった。周子ちゃんには、私がここに来た理由がばれてしまうのではないかと怖かった。私が自分自身で直視することすらできていない、理由が。
「……また来てもいいですか?」
声が、少し掠れた。娘の友達だから、来ないで、と直接には言われないにしても、これからは事前に連絡をしてね、とか、周子がいるときにね、とか、そんなふうに言われる可能性だってもちろん十分あって、私はそう言われることに、耐えられそうになかった。
周子ちゃんのママは、けれどそんなことは言わないでくれて、ええ。いつでも、とだけ言ってから、私を門の前まで見送ってくれた。
「上着を貸しましょうか?」
周子ちゃんのママが、すんなりと長い首で私の顔を覗き込み、私は身体を硬くしながら首を横に振った。周子ちゃんのママの上着。それを着て帰り、私の部屋に少しの間置いておける。それは甘美な響きではあったけれど、わずかでも、周子ちゃんに私の訪れが漏れるような危険を冒したくなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます