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ここに座ってらしてね。
周子ちゃんのママはそう言って、私をリビングに通した。そして、紅茶でも入れて来るわね、と、私を残して奥のドアから部屋を出ていく。
広い部屋だった。うちのリビングはテレビとがちゃがちゃした色々な荷物が置いてあるし、これまで行ったことのある友達の家もだいたいそんな感じだったけれど、この部屋は違った。テレビがなくて、その代わりに黒く光るピアノがある。ソファは黒地に落ち着いた感じの織り模様が入っていて、窓辺には硝子細工がいくつか飾られ、ローテーブルには白い花が活けてある。
なんだか、落ち着かないな。
私はそんなふうに思って、ソファに落ちつけた腰を半端に浮かせて室内を眺めまわしていた。この部屋には、生活感というものがまるでない。だから、空調で適温が保たれているのに、なんとなく寒いような感じがするのだろうか。
「どうぞ。」
周子ちゃんのママが戻ってきて、ローテーブルにティーカップを置いた。白い地に水色の花模様が描かれた、ごく薄い陶器のカップ。触るのが怖いくらい華奢で、それは周子ちゃんのママの雰囲気にも似ていた。
「周子、あと1時間くらいで帰って来ると思うのだけれど……。」
「……待っても、いいですか?」
「もちろん。周子、喜ぶわ。」
それから私は、周子ちゃんのママに訊かれるがままに、学校での周子ちゃんの様子を話した。仲のいいクラスメイトのこと、休み時間にはどんな話をしているのか、クラスメイトの評判がいい先生と悪い先生のこと。当然だけれど、私と周子ちゃんのママには、周子ちゃん以外に会話のネタがなかった。年齢がうんと離れているし、はじめて会うひとだし、ごく当たり前のことなのだけれど、私にはそれが悔しかった。もっと私が大人なら、と、そこまで考えて、その先が出てこなかった。出てこなかった、というのは正確ではないかもしれない。出てこなかったのではなく、出すのが怖かった。その先の言葉を。
「周子、上手くやってるのね。安心したわ。」
周子ちゃんのママは、心底ほっとしたように息をついて、すいっと紅茶を飲み干した。
私の知っている限り周子ちゃんは、なにもかも上手くやっていた。勉強も運動もできるし、部活に入らず、放課後の付き合いもあまりできないのに、友達だって多かった。
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