供述:不完全を求めて

天使猫茶/もぐてぃあす

欠落の礼賛

 私がまだ幼かったときにですね、大理石の彫像を見たんです。皆さんも知ってると思いますよ。美術の教科書で見たことないですか?

 両腕と頭のない、翼の生えた女神の像。サモトラケのニケ。

 私は、一目見ただけで彼女に心を奪われたんです。


 いまにも動き出しそうなその翼に。

 舳先に降り立ったその足に。

 風をはらんで肢体に纏わりつく服に。

 張り付いた服から感じられる柔らかな体に。

 体温まで伝わる生気に。

 そしてなにより、無くしてしまった両腕と頭に。


 不思議なものですね、確信してるんです。

 たとえいまここに腕と頭が揃った「完全な」ニケ像があったとしても、それよりも私は腕と頭を欠いた「不完全な」ニケ像を愛するだろう、と。


 ええ、だからでしょうね。私は、私だけのニケが欲しくなったんです。


 最初は粘土で作りました。次は木を彫りました。本物と同じように大理石を削ったこともあります。

 ですが、どれだけ似せようが満足できなかったんです。


 そうしているうちに私は気付きました。初めから腕と頭を付けないでいるのではダメなのだ、と。

 完成された腕と頭があり、それが失われるからこそ美しいのだ、と。


 だから私は腕と頭を作ろうとしました。ですがそれも出来なかったんです。

 私の頭には、あのニケがずっといるのです。不完全でありながら、完成されたニケが。

 そのニケを汚すような腕と頭を作ることが、どうしてもできなかったんです。


 ですから、はい。私は元々それらがついたものから外すことを思いつきました。

 ですがオモチャやほかの像を削るのではダメでした。でも最適な材料は、案外近くに、たくさんあったんですよね。

 石よりも温かくて、木よりも柔らかくて。白い光の下、鉄の匂いの中で材料に刃が入れるたび、世界は静かになりました。



 見目麗しい女性を多く狙った理由、ですか。

 あのニケですよ? その失われた頭は、美しいに決まっているじゃないですか。


 後悔はしていませんよ。反省も。

 私は私のニケに会いたかった、この気持ちに嘘はないのです。

 もしまた機会があれば、私は同じことをするでしょう。

 私のニケを探し続けるでしょう。

 ああ、でも、そうですね。材料を変えた最初の頃は粘土とも木とも大理石とも勝手が違っていて、多くを無駄にしてしまいました。そこは申し訳ないことをしたと思います。

 無駄というのは、罪悪ですから。


 なにか最後に、ですか?

 そうですね……前になにかで読みましたが、この国では絞首刑でしょう? 処刑の方法。

 それが残念でなりません。できればギロチンが良かった。

 頭だけでなく腕も切り落として。

 希望すれば処刑方法を変えてもらえたりって出来ないんですかね。


 そうすれば私もあの姿になれる。


 切り落とされた頭も、少しの間なら意識があると言うでしょう? その姿を、私自身の目で見ることができるはずです。

 カシャン、と刃が落ちる音を合図に。

 ひょっとしたらそこに、私が探し求めているニケを見つけることができるかもしれないじゃないですか。

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