新しい生活、過ぎ去る生活
やっと荷解きが終わりました。3週間も前、11/1に引っ越したのに荷解きがほとんどできずにいました。広くなった部屋に気持ちが晴れやかになりつつ、後ろ髪を引かれるような気持ちも起きます。
3週間前、彼女との同棲が始まった日、父親が重篤な状態になりました。彼女の親御さんにも手伝ってもらって机を組み立て、雑貨を買い、夜ご飯を食べました。ずっと一緒に暮らしたいと話していた京都での生活が始まるのだと喜ぶのも束の間、兄から電話がかかってきました。
「父さんがもう危ない状態でさ、お話しとかも難しいけど、そんな父さんのことも見ておいたほうがいいと思う。できるなら東京で仕事させてもらいな。」
次の日、彼女と一緒に東京の実家に帰りました。ベッドの上で寝る父親は、既に意識がなくなっていました。身体は痩せ細り常に痙攣しています。時々動いては痛そうな顔をします。目が開いているのに焦点が合っていないことは分かりました。
ほんの少し前、10月半ばの時にも同じようになりましたが、1日で歩けるようになりました。その時も大阪に住んでいましたので、東京に帰省し、テレワークをさせてもらいました。私が実家についた時にはもう元気になっていましたから、なーんだと思いつつ、大阪で頑張って暮らしてることを伝えました。
昔、父さんが私に語ってくれたことがあります。
「俺はな、昔ダンサーを目指してた。でも、上手くいかず今は会社でエンジニアをやっている。俺の人生はなんだったんだ、俺のやりたいことってなんなんだ?って思って悩んだこともあった。」
「でもな、それでも、俺のいる部署、会社の中でこれだけは俺にしか出せない価値があるんだって、自負を持ちながら仕事をしてる。だからユウもな、何をやってもいい、何になってもいい。ただ、自分を表現できるようになりな。」
最後のチャンスかもしれないと思い、父さんが「自分を表現できるようになりな」と伝えてくれたお陰で会社でも「俺らしい仕事」をやろうと努力してるよと伝えました。父さんはいつもながら喜んでいそうな、照れてそうな、何も思ってなさそうな、少し苦しそうな顔をして、頷いてくれました。
この時、もっと話しておけばよかったと思います。父さんの顔色を伺わず、もっと自分の芯の部分で感謝してるんだと伝えればよかったです。父は喉の癌で声が出せなかったので、ずっとこちらが話してても声を出せないストレスが溜まるだろうと、変な気を使っていました。そんなこと思わず、思い切り話せばよかったです。いつかまた話すチャンスが来るだろうし、もっと自分の納得いく成果を出せた時に思い切り話そうなんて考えて、出し惜しみなんてしなければよかったです。
もう既に、私の言葉に反応もできなくなった父を前に泣きながら報告しました。
「父さん、おれ、結婚することにしたよ」
涙が止まりませんでした。なんで元気な時にこの報告をできなかったのでしょう。もう少しタイミングが違えばちゃんと話せたのに。痩せ細り痙攣し続ける父の手にそっと触れ、ただただ泣き続けました。
2日後、彼女は京都の新しい家に帰り、私はそのまま実家で暮らしました。1週間後、父は亡くなり、翌週は葬式などでバタバタとしました。たくさん泣いて、家族で初めて深夜を越えて話し続けました。自分でも思ってなかった程、父親の死を悲しみました。
自分で思ってる以上に自分のことは分からないものです。もうすぐ亡くなるだろうと覚悟していたのに、本当に息を引き取るまでこのまま生き続けてくれるものだと思っていました。今までちゃんと話せなかったけど、それも仕方のないことだと思っていました。父は家にいてもすぐ自分の部屋に入りますし、話すタイミングなんてどの道これからもないから大した事ないとも思っていました。今さら真剣に話すのも、父の死を手繰り寄せるようでやらないほうが良いと思っていました。
父が他界してようやく、私は自分の話を父に聞いてほしかったのだと気づきました。煙たがられたとしても、つまらないと思われても、父が何も言えなくても、話がしたいだけだったのだと気づきました。
枯れない涙を流しながら、私は一つ、私を多く知りました。
兄に実家のことは任せて、私は京都の家に帰ります。新しい生活が始まります。組み立てられなかった棚を組み立てます。転入届を出しに市役所にいきます。仕事が始まります。日々が過ぎます。父との生活が遠ざかります。父と一緒に過ごした生活が砂のように消えていきます。遠くに行かないでと大きな声を出したくなります。そばに来て話がしたいんだと伝えたくなります。
私が思ってる以上に、私は家族を大切にしているんだと実感した私は、これから家族になる女性に、あなたのお陰で幸せだと伝えました。
エッセイ @Chamisuke
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