第3話

「すれ違う想い」


【放課後・中庭】

春の風が、まだ少し冷たい。
校舎の影の下で、桜の花びらが一枚、ひらりと舞う。

ベンチに座る千紗は、膝の上のノートを見つめていた。
約束の時間までは、あと10分。

千紗(心の声)

「昨日、“明日一緒にたい焼き食べよう”って言ってくれた。
あの言葉、きっと本気だよね……?
ううん、信じたい。」

胸の中で、何度もその笑顔を思い出す。
高瀬が笑って言ったあの瞬間。
思い出すたびに、顔が熱くなる。

ふと、校門の方から男の子たちの声が聞こえてきた。
その中に聞き覚えのある声――高瀬の笑い声。


【校門前】

高瀬が友達数人と話している。
その中に、女子がひとり混じっていた。
短めの髪で明るく笑う、クラスの人気者・莉奈。

莉奈
「高瀬くん、このあと勉強会行くでしょ? 一緒に行こうよ!」

高瀬
「あー……どうしようかな、約束が……」

友達A
「え、誰と? もしかして昨日の子〜?」

莉奈(笑いながら)
「え〜! そうなの!? デート? やるじゃん高瀬くん!」

高瀬は苦笑いしながら手を振る。

高瀬
「違う違う、そんなんじゃないって。」

友達B
「じゃあいいじゃん、勉強会来いよ!」

高瀬は一瞬迷ってから――笑って頷いた。

高瀬
「……まあ、ちょっとだけなら。」


【中庭・同時刻】

千紗は、ベンチに座ったまま、
校門の方で話している高瀬たちの姿を見つけていた。
楽しそうな笑い声。隣で笑う莉奈。

その光景を見て、
千紗の胸に、チクリと痛みが走る。

千紗(心の声)

「……そっか。
やっぱり、あの約束は“気まぐれ”だったのかも。」

彼女はノートを閉じ、立ち上がる。
鞄の中には、
今日のために買った小さな袋——たい焼きが二つ。


【商店街・夕暮れ】

千紗がひとり歩く。
昨日よりも風が冷たい。

たい焼き屋の前を通り過ぎようとして、
足を止める。

たい焼き屋のおばちゃん
「あれ、千紗ちゃん。今日も来たのかい?」

千紗(微笑んで)
「ううん、今日は……通りかかっただけ。」

おばちゃん
「そうかい。……でも、顔がちょっと寂しそうだね。」

千紗は笑って首を振る。

千紗
「大丈夫です。
……たい焼き、もう持ってるから。」

小さく袋を見せる。
その中のたい焼きは、まだ温かかった。


【図書館前・夜】

一方その頃。
高瀬は、莉奈たちと机を囲んでいた。

莉奈
「ねぇねぇ、“たい焼きの子”って誰なの?」

高瀬(ペンを止めて)
「……千紗ちゃん。」

莉奈(にっこり)
「あー! あの静かな子? 本読んでる子だよね!」

高瀬(小さく笑って)
「うん。たい焼き落として、泣きそうになっててさ。
でも、あのときの顔、なんか……忘れられなくて。」

莉奈
「へぇ〜。いいじゃん、そういうの!」

高瀬(ふっと表情を曇らせて)
「……でも、今日は来てないんだ。
図書室でまた会えるかなって思ってたけど。」


【夜・帰り道】

千紗は一人、街灯の下を歩いていた。
手の中には、冷めかけたたい焼き。

千紗(心の声)

「あのとき、“誰かと食べた方がうまい”って言ってたのに。
今日は、ひとりで食べるんだね、私。」

彼女はたい焼きを小さくかじる。
少し冷めて、甘さがやけに寂しい。

遠くの街の明かりが滲んで見える。


【数日後・学校】

廊下で、偶然すれ違う二人。
高瀬が声をかけようとした瞬間、
千紗は小さく会釈して通り過ぎてしまう。

高瀬(戸惑って)
「あ……千紗ちゃん?」

千紗(心の声)

「話したら……泣いてしまいそうだから。」

すれ違う二人の距離。
廊下に、春風が吹き抜ける。


【昼・屋上】

高瀬がフェンス越しに空を見上げている。
友達が遠くから呼ぶ声も聞こえない。

手の中には、紙袋。
中には、たい焼きが二つ。

高瀬(小さく)
「……あの日、約束したのに。」

風が吹いて、桜の花びらが一枚、たい焼きの上に落ちる。


【放課後・図書室】

本棚の奥。
千紗がひとり、ノートを開いている。
ページの隅には、鉛筆で描かれたたい焼きの落書き。

モノローグ(千紗)

「すれ違っただけなのに、
こんなに胸が痛くなるなんて知らなかった。」

そのとき、ドアが静かに開く音。

カラン──

顔を上げると、そこに高瀬が立っていた。
手には、たい焼きの袋。

高瀬
「……これ、まだ“誰かと食べた方がうまい”って思ってるんだけど、
 一緒に食べてくれない?」

千紗の瞳が揺れる。
唇が、かすかに震える。

千紗(小さく笑って)
「……また、落としちゃうかも。」

高瀬(笑って)
「そのときは、また買いに行こう。」

二人の笑い声が、図書室の静寂に溶けていく。
夕陽が窓から差し込み、
机の上のたい焼きが金色に輝いた。


【エンディング・モノローグ】

千紗(心の声)

「たい焼きって、誰かと食べた方がうまい。
それを教えてくれたのは、あの日の偶然。
そして今——その偶然が、恋になっていく。」


——次回「春、ふたりの距離」につづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る